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第二話 『嘘つきは泥棒になりましょう』

 とにかく、手に職をつけねばならない。さもなくば死ぬ。死ぬぞマジでこれ。

 人は一体何日間飯を食わなくても生きていけるのかの限界に挑戦している状態だぞこれ。腹が減った。脳内がその言葉に埋め尽くされている。俺はなんと華麗に食い逃げを行った6日前の昼から何も食っていないという悲惨な有様だった。

 蛇口を捻れば飲料水が出てくる日本と違ってマトモな水さえ手に入らない.

どうやら今の体はかなり強いらしく、多少泉の水なんかを飲んでも一応腹を下してはいないが……。


「飯が食いたい……」


 それに尽きる。非常事態だ。

 何故こんなことになっているのかというと、それは分かりきった話なのだ。


「金がない……畜生、どれもこれも神様のせいだ……」





 話は5日前に遡る。


 食い逃げ犯と化してしまった翌日、俺は当場の金を工面するために街を彷徨ってようやく見つけた冒険者ギルドに飛び込んだ。

 しかし、その結果と言えば……。


「すみません。ギルドは今新規の冒険者を募集していないんです」


「はあああ!?なんでですか!!」


 カウンターのお姉さんに話を聞こうとしたら、第一声がこれだった。


「そ、それは、魔王が討伐されましたのでもう必要ないと言いますか……この辺りにはモンスターもほとんどいないですし……」


「あ、そりゃそうですよねー……仰るとおりですねー……」


 反論の余地がなかった。

 むしろ今ギルドはこれから失業者となる可能性のある元冒険者たちをどうするかで手一杯だと言う。魔王討伐の思わぬ弊害というやつだろう。


「申し訳ありません。当ギルドに所属していた方への職業斡旋は今後行っていきますが、新規の方はちょっと……」


「……はい、分かりました」


 俺はトボトボとギルドを後にした。





「やってられるか……」


 広場のベンチで一人呻く。

 その後も必死で働き口を探したが、まるで見つからない。

 そもそも、この世界ではほとんどの職業がスキルに依っている。建設も料理も掃除も服飾もそうだ。それなのに俺は何一つ生活にお役立つスキルを持っていなかった。

 一人が持てるスキルの限界は20。俺はうち19を戦闘系に占拠されている。ラスト1つは『言語能力』だ。

 古いスキルを忘れて新しいものに変えればいいと思うかもしれない。当然それは可能だ。本来ならば。

 そう、本来ならば、だ。

 俺の戦闘系スキルは全て最上級のマスターランクに至っている。実はこのランクまで行った能力は、忘れさせることが出来なくなるのだ。

 普通、よほどの達人でも一生の内に習得できるマスターランクスキルが2つか3つらしいからこの仕様も問題ないのだが、俺にとっては死活問題である。どころか活路がない。死んだ問題だ。

 まさか『言語能力』を忘れるわけにも行かないしな。


「あのクソ神様め……こんな仕様聞いてねぇぞ」


 大体スキルの選定自体俺じゃなくてあの神様がやったし。ちっとはリスクマネジメントをしろよ。

 スキルなど関係のない職業といえば肉体労働や営業などがあるが、さっきの通り今は冒険者など失業率がバカ高い。

 就職氷河期であった。


「バカバカしい!なんで日本では引きこもってた俺が、異世界に来て就活しなきゃならんのだ!」


 さらに、俺だけギルドカードという履歴書がないと来たもんだ。警備員の仕事なんかはどうやらこれを重視するようで、面接にさえ至れない。というか他の仕事をしようとしても、バイトしたい?→失業者だろ?→元冒険者か?→ギルドカード見せての流れだ。

 俺はマジで強いのに、それを証明する手段がない。神様の作ったあの空間ではなんかステータス画面が出せたんだけど、ここでは無理。

 身体能力とか高いままだし、遠くの森に向けて使ってみたら魔法も使えたよ?……森が荒野と化してしまいましたけどね。申し訳ない。

 面接でイラッと来て空に向けて一発打ってみたら、危うく通報されかけた。何とか、俺が起こしたのではなく偶然起きた天変地異だと思ってもらうことで事なきを得たけど。何故官憲を呼ばれかけたかというと、どうやら火力の高いマスターランクの攻撃スキルはギルドに申請した冒険者じゃないと使用が禁止されているらしい。極稀に先天性で使える奴もいるから、スキルの所持自体は違法ではないみたいだが。

 その話を聞いた時は、そういう奴らがいるならギルドもしばらくすればカードの申請を再開してくれるはずじゃん、と思ったが。

 ただ問題は今である。未来はどうでもいい。今俺に職がなく金もないのが問題なのだった。


「本当に無理……空腹が……限界だ……」


 どうしたらいいんだよ、これ?

 詰んでないか?このゲームもう詰んでないか?

 これアレだわ、裏ワザでいきなりクリアしたせいでバグって通常プレイ出来なくなったセーブデータだわ。

 あーあ。もう死ぬわ俺。どうせ一回死んでるし。はい、終了です。

 まさに死んだ魚のような目をして……その目さえも俯いて地面に向けたまま、当てもなくふらふらと歩き出した俺の元に。

 ドン!

 パリン!


「ああぁぁ!!」


 軽い衝撃と、小気味良い破裂音と、甲高い悲鳴。

 明らかな厄介事ワンセットが飛び込んできた。


「う、うぅ……これ、大切なお母さんの形見なのに……」


 声の主は若かった。というよりも幼かったという方が正しいだろうか。

 顔を上げた先にいたのは、小動物のような見た目の黒髪ロリ。スカートではなくズボンを穿いていたが、綺麗に高い声だけでなく、顔からも女性……しかもかなり整った美少女だと分かる。

 ピンと右側だけ髪がハネているのは寝癖なのかわざとなのか判然としないが、愛らしく見えることだけは確かだ。

 そして、最も特徴的なのはその耳。

 ――猫耳であった。

 マジか。獣人少女だ。初めてこの異世界で人間以外を見た。ちょっと感動し……ていただろう、普段なら。

 今はどうもこうもない。目の前で泣いている女の子を見ても何も心が動かない。


「どうしよう……どうしよう……」


 その手には割れた懐中時計を大切そうに包み込んでいる。


「……お兄ちゃん、べんしょーして、くれる?」


 涙を浮かべながら俺に向かって言うその姿に。

 俺は。


「じゃあ俺の命で払いますねー」


「ええっ!?」


 全てがどうでも良くなっていた俺は、適当に答えた。






「美味い!いやぁこの世界の料理はやっぱり美味いなやたら!スキルで作ってるからか?」


「なんで私が……」


 数分後。俺は初対面のケモミミ少女に飯を奢ってもらっていた。


「助かった!マジで死ぬところだったんだぞ?」


「失敗した……高そうで変な服着てるから金持ちだと思ったのに……」


「服?」


「それ、綿でしょう?」


 少女は俺の部屋着……黒のジャージを指差した。


「いや多分ポリエステルだと思うぞ」


「ポリエ……何ですか?」


「伝わらないなら良いや」


「……あなた、今私にご飯をたかってるんですよ?その自覚あります?」


「それはマジで感謝してるって……美味い!」


 空腹は最高のスパイスとかよく言うけれど、今回はもう一つスパイスがある……そう、タダ飯である。人に奢ってもらう、これもまた究極のスパイス。


「はぁ……えーと、あなた名前はなんて言うんですか?あ、ちなみに私はフィーコって言います」


「適当な自己紹介しやがって、ラノベじゃあり得ないぞ。まぁいい、俺は悠人。一悠人にのまえゆうじんだ。よろしく、フィーコ」


「ユージン?変な名前ですね」


「自覚はあるよ。文句は親に言ってくれ」


 なんで悠人ゆうとにしといてくれなかったんだろうな。名字が珍しいからって名前まで無駄にヒネる必要はなかったのに。


「……言いませんよ。それで、ニノマエさんはなんで行き倒れてたんですか?」


「……職が見つからないからだ」


 悲しい事実を思い出してしまった。

 フォークを置いて水を一口飲む。


「元冒険者ですか?」


「むしろ未来の冒険者候補」


「いらないのでは?もう」


「だから職にあぶれたんだよ」


「あぁ、なるほど。なんとなく分かりました」


 これで通じちゃうのか。俺は酷すぎるとしても、俺みたいな境遇の奴が他にもいるってことなんだろうな。


「あーあ、しかしどうしたらいいんだ俺は?この磨き上げた最強のスキルも、最早使うだけで犯罪だしよ」


「犯罪ってことはないでしょう?マスターランクでもあるまいに」


「全部マスターなんだよ、19個」


「へ?」


 フィーコは唖然として口を開けたまま固まった。

 一瞬先に笑い出す未来が見えたので、手元のポテトを口にぶち込んでやる。


「あっはははっ……ごほっ!ごほっ!な、何するんですか!?」


「腹が立ったから」


「本当に自由ですねあなた!全部これ私のお金なんですけど!」


「だから食べさせてあげただろ?」


「だーもう!口ばっかり達者な人だなぁ!」


 キレて髪をワシャワシャとする。せっかく綺麗なのに勿体ない。あぁ、さっきのハネてた癖はオシャレというわけじゃなかったんだろうな、と一発で分かる行動だった。


「スキルの事なら本当だぞ。ギルドカードがないから証明できないけどな」


「あのですねぇ、マスターランクって普通大ベテランが1つ持てるか否かのスキルですよ?それを19個?もうちょっとマシな嘘はなかったんですか?」


「嘘だったら良かったのにな。他のスキルに変更できたらさ」


「いやいや、面倒くさいだけですよね?新しく頑張ってスキルを取るのが」


「確かに頑張るのは面倒くさいな」


 はっ。『頑張る』という言葉が嫌いすぎて思わず肯定してしまった。


「はぁ、そんな適当な……」


 当然フィーコは呆れている。いや、スキルの件はマジなんだが……いいかもう、どうせ信じてもらえないし。


「で、お前は?さっきのキャラはどうしたんだよ」


「あー、それはですねぇ……」


 フィーコは言い淀む。まぁなんとなく想像つくけど。


「お前、当たり屋だろ」


「当たり屋?」


「お、通じないのか。当たり屋ってのは自分から人にぶつかっといて金をせびる奴のことだ」


「なっ!ち、違いますよ!私はそんな犯罪者じゃありません!」


「嘘をつくな。お前は犯罪者の顔をしてる」


「犯罪者顔!?そんなとんでもない暴言は生まれて初めて言われましたよ!!」


「フン、生来的犯罪人説を知らんのか?犯罪者の顔には特徴があるんだよ」


「何それ!?知らないですけど!!」


 そりゃこの世界の話じゃないもの。昔のイタリアの人が唱えた説だもの。

 犯罪者の骨格には共通点があるという……まぁ現代じゃエセ科学な話だ。ちなみに、なぜ俺がこんなことを知っているかというと、さっきの暴言を親に吐かれたことがあるからです。あぁ、嫌なことを思い出した。


「お前はまぁー当たり屋顔だな」


 俺は適当に続ける。恩を仇で返す……という言葉が脳内に浮かんだが、バックスペースで消した。


「どんな顔ですかどんな!?初対面ですよね私たち!酷すぎません!?大体あなたの方が犯罪者顔してますから!!」


「ほう。どんな犯罪だ?」


「せ、性犯罪者!!」


 顔を真っ赤にして叫ぶフィーコ。

 ヤバい。ちょっと視線を集めている。ここは一旦落ち着いてもらったほうがいいだろう。


「……おい」


「ふぇ……?」


 俺は焦る黒髪ロリっ子の耳元で声を潜めてこう言った。

 耳といっても頭の上だ……ここでいいんだよな?これ、コスプレとかじゃないよな?


「悪かった。お前の顔は綺麗だよ。犯罪者顔なんかじゃない。そして俺も性犯罪者じゃない」


 食い逃げ犯ではあるんだけど、実は。


「そ、そうですよね。私こそ人を見た目で判断してしまいました。すみません……」


 良かった。耳の位置は合ってたみたいだ。本当に獣人なんだな。

 しかし、おいおい。それは俺のビジュアルが本当に強姦魔みたいってこと?なんだそれ、ちょっとイラッときたぞ。だったらこっちにも考えがある。

 俺は至近距離で囁くように続けて言った。


「……ただ、今から性犯罪者になることは出来る」


「みぎゃあー!!犯されるー!!」


 その絶叫は、店内中の窓を震わせたという。





 俺たちは店を追い出された。


 それどころか、危うく通報されるところだった。当然の帰結だった……俺、危うく通報されかけ過ぎじゃない?


「どっか行ってくださ……ああもう消えろ変態!」


 フィーコは俺と出会ったことが人生の汚点だったかのように、俺の存在ガン無視でどこかへ歩き始める。


「ま、待ってくれ頼む!悪かったって。当たり屋扱いしたことは謝るから!」


「そこじゃないです!私を弄ぼうとしたところです!」


「してないしてない。これマジ。俺はロリ属性ないから」


「ロリじゃないですから!私は成人女性ですから!」


「え……嘘?」


「今日一番の驚きをそこで使わないで下さい!」


 じっと目の前のフィーコを観察する。


「だってお前……身長150無いよな?」


「150って何ですか、そんなにあったら巨人じゃないですか」


「はぁ?……あ、単位が違うのか」


 ビックリした。そうだ、この世界は言葉こそ通じるものの異世界なんだった。金の単位も円じゃなかったし。


「……外国の出身なんですか?」


「んー、まぁそんなもんだな。ついでにもう一つ無知を晒すと、お前みたいなケモミミ種族の名前も分からない。教えてくれ」


「はぁ?それはあり得ないでしょう。いくら数が減っているからって……」


「いやこれマジ。獣人とかそんな感じ?」


「……知ってるじゃないですか」


「いや、これは予想だったというか。そうか、合ってるのか」


 獣人かぁ。やっぱりここ、異世界なんだな。

 改めて見ても、あの耳が体にちゃんと繋がってるようには見えない。猫耳メイド喫茶か何かの小道具に見えてしまう。

 ……と、俺が考え込んでいると、いつの間にかフィーコは逃げるようなスピードで歩き出していた。


「へぇ。答え合わせが出来て良かったですね。それじゃあさようなら」


「ちょ、マジで待って!俺ほんとヤバいんだって!職もねぇし明日からどうやって生きていけばいいんだよ!」


 ロリ(見た目)の腰にしがみつく。

 恥も外聞もなかった。金も職業もない人間にはそんなもの持ちようもないのである。


「は、離してください!知りませんよ!一食奢ってあげたでしょう!?」


「もう一食奢ってくれー!むしろもう一生養ってくれー!」


「意味分かんないですけど!どうして私が見ず知らずの人を養わなきゃならないんですか!?」


「じゃあ結婚してくれ」


「こんな最悪な形で、私の人生初プロポーズが奪われた!?」


「結婚すれば家族だぜ?病める時も貧しい時も助け合うものだろう?」


「なんで私が受けることが前提になってるんですか!どっか行って下さい!あなたのせいで、これから先私に求婚してくれる予定の素敵な人が二番手になってしまったんです!」


「結婚してくれ結婚してくれ結婚してくれ!」


「あぁ!?私のプロポーズ遍歴が汚されていく!」


 何故か俺は今日会ったばかりの女の子にひたすら結婚を申し込んでいた。

 いやぁ、異世界って何が起こるか分からないですね。


「分かりました!いくらかお金をあげますから!それで……」


「やりぃ」


 ちょろいぜ。この子は泣き落としに弱いと思ってたんだ。そもそも一食奢ってくれた時点でな。押せば金が出る。うん、ATMってやつだな。


「おい、あなた今……」


「ありがとう!君は命の恩人だ!」


「……もういいです。いくらですか?いくらで消えてくれますか乞食さん?」


「そうだなぁ」


 いくら貰えそうかな?この子実際お金持ちではないよな。俺から当たり屋で金取ろうとしてた訳だし。となると、そんなに大金をもらうのは流石にな……。


「いよし、じゃあベル銀貨で……おっと!」


「きゃっ!」


 俺が満面の笑みで招き猫のポーズを取っていたら、ぽすっと誰かが腰辺りにぶつかってきた。

 俺はこの世界に来てからやたらと人にぶつかられるな、何なんだ?


「……また当たり屋か?」


 下に向かって視線を移す。そこには黒い髪の女の子がいた。フィーコよりも更に小さい。元の世界で言えば小学校低学年ほどに見える。


「当たり?……と、とにかく違います!急いでるからすみま……わっ!」


 俺はその小さな子をつまんで持ち上げた。結構冗談みたいな構図だったが、今の俺は筋力のステが高いので割と楽勝でこれくらい出来てしまう。


「ちょ、離してください!」


 その子は普通の女の子だった。実際、見た目よりも痩せていない。きちんと飯を食べていることが分かる。ただ、少し薄汚れた服と。


「お前、そのバッグ自分のじゃないだろ」


 まるでちぐはぐに高級そうな鞄を持っていた。


「う、うるさい!どうしても必要なの!離して!来ちゃうから!」


 女の子はしきりに後ろを気にしている。

 耳を澄ませば、どうもこっちに向かってきている足音が……3つか?


「本当に……お願い……」


 こっちを見上げる表情が少しずつ単なる焦りから絶望に変わっていく。その目を見て、俺は……。





「ひったくりがここを通らなかった!?私のバッグを盗んでいったのよ!!」


 現れたのは、見るからに金だけはありそうな太ったオバサンだった。ここまで走ってきたのか息が大分上がっている。その後ろにはガードマンなのか、やたらと重そうな装備をまとった男が二人。街中でそんな格好をしていても良い事は何もない。恐らく、依頼主さんからの命令なのだろう。分厚くて強そうな装備以外認めてもらえなかったのか、可哀想に。

 依頼主――太ったオバサンは、俺が何も言わないのに痺れを切らしたのか、早口でまくし立ててくる。


「ちょっと!聞いてるの?ひったくりよ!」


「それは酷い。その人の特徴は?」


 俺は大袈裟なジェスチャーを入れながら会話に応じた。


「特徴ですって?鞄を持って逃げていたガキ、それ以外に必要!?」


「実はたった今、丁度ここに二人鞄を持って逃げていたガキが通りかかりまして。一人は奥の角を右に。もう一人は左に逃げていったのです」


「え?」


 フィーコが余計な口を開いたので、視線で黙らせる。幸いその声もこのやり取りもオバサンには聞こえていなかったようだ。


「な、なんですって!?……そうね、みすぼらしい服を着てたわね」


「どちらもみすぼらしい服装でしたね」


「あとは……女よ。多分」


「どちらも女の子でした」


「他に……他には……って、バカじゃないの!?アンタ達二人いるんだから手分けして探しなさいよ!」


「は、はい!」


「了解しました!」


 後ろで今まで置物のように固まっていた二人が主の命を受けて動き出す。


 ……バカはアンタだろ。ボディーガードが勝手にアンタの傍から離れられる訳ないじゃねぇか。それに……よし、もう少しいけるな。


「待ってください。この辺りは治安が悪いですよ?実際ご婦人はバッグを奪われてしまったじゃないですか」


「え?」


「一人になるのは危険では?どちらかの護衛は置いて行かれたほうが宜しいかと」


「た、確かにそうね……」


 真剣な表情で考え込むオバサン。5秒、10秒……流石にこんなものか。


「あるいは、左側を一人の護衛に探させて、ご婦人と護衛のお二人で右側を捜索なさっては如何でしょう」


 少し待ってから俺はアドバイスを差し上げる。


「それよ!貴方冴えてるわね!」


 いや、サルでも分かるぞこんなこと。


「で、では……私は左を」


「グダグダしてないで早く行きなさい!逃したらどうするの?私たちも行くわよ!」


「りょ、了解です!」


 オバサンは最後に俺の方へ振り返った。


「助かったわ。今は何も褒美をあげられないけど」


「いえ、お気になさらず。当然のことをしたまでです」


「人間が出来ているのね。このバカ二人とは違うわ。いつか会えたらその時に

は褒美をあげるわね」


「有難いです、機会があれば」


 俺は作り笑顔でクソババアを見送った。





「無事に逃げられたかな」


 俺は彼女を放り込んで逃がした廃屋の割れ窓を眺める。奥にある右の道でも左の道でもない。彼女は真横から逃げたのだ。


「よく咄嗟にあんなこと言い出せましたね」


「流石に俺もあの状況で押し問答に付き合ってくれるほどバカとは思わなかったんだけどな」


「どうしてあの子を逃がしてあげたんですか?」


「んあ?別に気まぐれだけど」


「でもあなたってクズだと思ってたのでビックリしました。むしろあの子を差し出す代わりに金を要求するとかしでかすのかと……」


「その手があったか!」


「先に言わなくて良かったです!」


「ま、つっても金は貰ったし」


「え?」


 俺は高そうな革の財布を取り出す。勿論俺のものではない。こんなものがあったら行き倒れちゃいないだろう。


「あ、あああー!いつ抜いたんですか!」


「分からなかったのか?まだまだだな、当たり屋娘。あの子は気付いてたぞ」


「だから当たり屋じゃ……って、気付いてた?あの子が?」


「あぁ。明らかに俺が財布を抜き取ったのを見て、首を縦に振った。つまり、あの子の目的はバッグの方にあって財布にはなかったんだよ」


「ど、どうしてそんなことが分かったんですか?」


「だって、コレ思いっきりバッグの口から見えてたんだぜ?金が要るんだったら財布抜いてバッグは捨てるだろ普通」


「確かにそうかもしれないですけど、そんな余裕なかったんじゃ?」


「逃げてたって言っても、結構距離突き放してたじゃん。すぐには来なかったじゃねぇか」


「そうですけど……でもそれだけじゃ全然断言できませんよね?」


「うん」


「ええ!?」


「まぁ、俺は最初いくらか金を抜いてそれで手打ちにしてやろうと思ってたんだ」


「そうなんですか?」


「あぁ。ところが、あの子は財布を取り出した俺を見て小さく頷いた……それはアンタにやるから、ってな」


 幼い子供とは言え、ひったくりをするような環境で育っているのだ。世渡りは上手くないとやっていけないのだろう。


「だからこれは契約だったんだよ。金は貰う。代わりに逃がしてやる。そういう契約」


「でも……どうしてあの子はバッグだけを?」


「さぁ、知らね。俺は金が儲かってラッキー以外今頭にない。夕飯何食おうかな?」


「適当な……」


「まぁ良いだろ。対等だから契約なんだしさ。助けるとか言い出したら対等じゃなくなるからな」


「え?」


 俺が何の気なしに言った台詞で、何故かフィーコは固まった。まるで脳が機能停止でもしたみたいに。


「お?どうしたんだ?」


「い、いえ……変なこと言うなって」


「そうか?だって『助けてやる』とかさ、上から目線だろそういうの。つまりそいつを見下してるってことだ」


「そう、ですね……って、あなたさっき私に泣きついてたじゃないですか!」


「俺が助けてもらうのはいいんだよ。ほら、お前に俺を見下して気持ち良くなる権利をやったんだ」


「全然!全然気持ち良くなんてなかったです!大体、ずっと偉そうだったし!」


「だって俺は偉いから」


「上から目線!!」


「特定の誰かを見下してるんじゃなくて、全人類より俺が上なんだからいいんだよ」


「良くありませんよ!」


「あれ?もしかして流石に理屈が厳しいか?俺、実はさっきからかなり適当に喋ってるんだけど」


「もう何なんですかあなた!」


 ぜぇぜぇと荒い息を吐くフィーコ。真っ赤な顔といい、中々エロくていい感じだ。


「はぁ……」


 疲れたのか、最後に彼女はひとつ溜息をついて。

 俺の目を見た。


「あなた、本当に嘘ばっかりですね……」


 そして、くすっと。

 優しく笑った。

 その表情に込められた感情を、読み取ることは出来なかった。


「分かりました。私があなたに就職先を紹介してあげます」


「ほ、本当か!?」


「えぇ。でもこれはとびっきりロクでもないジョブですよ?」


「ロクも何もねぇよ。こっちは6日何も食ってなかったんだぞ。ロクで飯が食えるのか?」


「じゃあ良いですよ、お教えしましょう……そうだ、こんな諺を知っていますか?」


 俺は異世界の諺も格言も当然知らない。そう口を開こうとして、思わず言葉に詰まってしまった。

 何故なら、目の前の彼女が。とても楽しそうに笑っていたからだ。

 今度の笑みは、とても分かりやすい笑みだった。そう、まるで……仲間を見つけた時みたいな。


「『嘘つきは泥棒になりましょう』……ようこそ、盗賊稼業へ」


 でもその諺は絶対に間違っているだろうと思った。

 ……あと、言われるまでもなく俺は既に食い逃げ犯なんだ、悪いけど。


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