第九話 『手の内(ワンペア)』
「オールイン?」
俺の言葉が引っかかったのか、おっさんは怪訝な声を出した。
「あぁ、こっちにはポーカーがないのか。いや、そもそもトランプがない……?」
うわ、余計に恥ずかしいぞこれ。
「何を言ってるのか分からんが、オールインは知ってるよ。アレだろう、なんだっけかな……とにかく、貴族の間で流行っているカードのお遊びの。そうだ、プレインだったか?役を作って戦う……みてぇなの。俺ぁ年だからやりたいとも思わんがね。アレの、手持ちの金を全部張るやつだろう?」
どうやら、類似のゲームはあるらしかった。と言っても、庶民の間に広まっているわけではないようだ。まぁそんなものか、向こうじゃ修学旅行の必需品ったって、多分こっちには修学旅行自体ないしな。学校だって行けるのは金持ちだけみたいだから。
「ま、そういうことだ」
こほん、と咳払いして羞恥心を噛み殺す。
平静を装うくらいしか今の俺には出来なかった。
「だから、全てって言われてもだな……」
ぐずぐずと文句を垂れるおっさん。まだ自分の『賭け金』が何なのか分かっていないらしい。
「ほら、ちょっと退いてろ」
だったら教えてやろう。
俺はおっさんを押し退けて少し洞窟の奥へ向かう。
あまり近くだと危険だろうからな……この辺でいいか。
俺は30メートルほど離れた場所に立ち、そこから更に遥か奥の方へと向けて。
「『高重力』」
無造作にスキルを発動させた。
ちなみに俺は重力操作系のスキルがかなり気に入っていた。理由は100%、厨二病だからである。
カッコ良くないか?これ。
ガララララララララ!!!!
俺が悦に入っている間にも、スキルの効果は発動している。
「あ……あぁ……」
おっさんが思わずといった風に声を漏らした。
そう、起こしたのは先程よりも明らかに大規模で無茶苦茶な崩落。俺たちが立っている場所からは遠くだが、目に見える洞窟の一部分を思いっきり崩してやった。
「こんなもんでいいか」
「な、何だ……お前さん……」
その目に浮かぶのは驚愕というよりも恐怖。
訳のわからない埒外の現象を引き起こした俺に対する畏れだ。
「これが俺のカードだ。見て分かったと思うが、俺にとっちゃここを脱出するなんて訳ない」
その目に満足して、俺は交渉を開始する。
そう、こういうのは自分のペースに呑んだ方の勝ちだ。
「あ、あぁ……そうみたいだな」
「しかし、俺はこの力を大っぴらにしたかなくてね。あと、犯罪の方も見逃して欲しい」
俺の言葉を聞いて、ただ忙しなく瞬きを繰り返していたおっさんの瞳に色が戻る。どうやらそれは呆れの色のようだった。
「あのなぁ、んな都合のいい話があるかよ、お前さん。さっきは逮捕しないとは言ったが、こんなの見せられたら別だ。やたらと力のある危険人物をそう簡単に手放しで放置できるわけないだろうが」
意外と肝が座ってるタイプだったか。
というより、俺の言葉を聞いて一周して冷静になるしかなくなったのかもしれない。
「じゃあ、死ぬか?」
俺は予定通りに言った。
「は?」
「黙ってくれないなら殺すと言ったんだ」
「ま、待て待て!極論を言い出すなよ!俺が戻らなかったら、アレだぞ。アレだ、上が動くぞ、うん」
頼りないことを言うオッサン。しかし、この頼りなさは演技臭いな。
「いやいや、どう考えたってこの崩落のせいってことになるだろ?幸い目撃者もいない」
「……おーぅ。そういう『賭け金』か」
その証拠に、やっぱり実は冷静なままだった。
「あぁ。お前、単独行動なんだろ?司法局の意向ではない。とすると、俺を追っていたことも上にはバレてないわけだから、平穏にこれから暮らせるね。さ、キッチリ選んでもらうぞ。黙って生きるか、死んで黙るか、だ」
「……思ったより実力主義者だね、どうも」
「だろ?だから、俺みたいな奴は放っておくほうがまだマシだと我ながら思うがね。捕まえようとしてどんな損害が出ても俺は知らんぞ」
「言ってくれる……」
オッサンは呟き、長考に入る。
何かと何かを脳内で天秤にかけているのだろう。
命と天秤にかける何かを持っている時点で、このオッサンは相当なものだと思うがね。
「答えは決まったか?」
しばらくして顔を上げたオッサンに問う。
「あぁ。なんて言うんだっけか?確か、乗っかる場合がコールで、降りる場合がフォールド……だったっけか?」
「正解。興味ない割に覚えてるじゃねぇか」
ていうか、そのゲームが何なのか知らんがマジでそっくりだなポーカーと。
「この遊びの賭博が今ちょっと問題になってて、上司が覚えておけだか何だか……まぁそれはいい。俺の答えの話だったな。そうさな、答えは……レイズ」
「……何だって?」
流石にそのフレーズは、俺の予想に存在していなかった。見れば、おっさんはニタニタとした趣味の悪い顔でこっちを観察している……してやったぜ、って顔だ。
そして更に、その舌鋒は止まるところを知らず。
「こっから外に出るのはいいが、せっかくだからもっと大きく行こうじゃねぇか。配られた手の内で最大限の勝負をしようぜ……俺とお前さんのワンペアでさ」
なんて続けやがったのだから、どうやら俺はまだ、このおっさんを見くびっていたようだった。
「……オーケー、おっさん、名前は?」
「ブレース。ブレース・アレクセンだ」
「そうか。俺はニノマエユージン。……それで、何か策が?」
名刺交換したからといって、いきなりコイツの口車に乗るほど俺はアホではない。
ただ話を聞いてやる、という意思表明だ。
契約を締結するかはこれからの交渉にかかっている。
「ヴァレルシュタインの側について、フルース家をハメる」
「ほう」
ブレースの提案は中々魅力的だった。
要約するとこうだ。
まず、ヴァレルシュタイン家は、この件について独断専行をしている。
つまり、司法局を動かしているのではなく、このおっさんに単独で捜査させているらしいのだ。
表向きは大事にしないため。
しかし、その実はフルース家の失脚を狙うためだとオッサンは読んでいる。
ヴァレルシュタインは俺たちが詐欺師だとほとんど確信していて、それを既にフルース家にリークしているというのだ。
であれば、俺とカレオの騙し合いなど丸っきり茶番の可能性が高い。
何故そんなことになっているのか。
カレオのガキが、俺たちの詐欺を乗っ取ろうとしているからに他ならない。
アイツは俺がやった詐欺の秀逸さに気付いた。だから俺をここで殺してしまい、俺がやっていた詐欺を引き継ごうという腹積もりなのだ。
だが、ヴァレルシュタインは一枚上手。おそらくはそこまで読んでリークしたのだとブレースは考えている。
要はおとり捜査みたいなものだ。カレオに詐欺を働かせて捕まえる。そういう政争に俺たちは巻き込まれたというわけだった。
こういう状況なら勝ち馬は明らかにヴァレルシュタインだ。俺たちがうまく生きて帰ればカレオをハメるのは造作もない。
「なるほど、大体分かった。ならいい手がある」
「ほぉう、聞かせてもらおうじゃねぇの」
腕組みをしたままにやりと頬を緩め、俺に続きを促すブレース。
「突然ですが問題です」
「は?」
俺は、そういう余裕ぶった態度で話を聞かれるのは好きじゃない。
だから、変化球を投げることにした。
「片面に何らかの数字が書かれ、裏面が真っ白か真っ黒のカードが『白』『2』『黒』『7』の四枚ある。ここで『片面が黒色ならば、そのカードの裏は偶数でなければならない』というルールが正しいことを証明するためには、どのカードとどのカードを裏返して確認すればいいと思う?」
「急に何なんだよ……まぁいいや。黒なら偶数?ってことは、黒いのと2をひっくり返せばいいんじゃねぇのか?『黒』のカードの裏に偶数が書いてあって、『2』のカードの裏が黒けりゃいいんだろう?」
渋々、しかし自信ありげにブレースは俺の質問に答えた。
その解答を聞いて俺は。
「くっくっく」
思わず笑ってしまった。あまりにも期待通りの誤答だ。
「何がおかしい」
「いや、ちょっとな。まぁ、そう考えるのが人情なんだよ。これはウェイソンの4枚カード問題って言うんだけどな」
「ウェイソン?」
「あー、架空の人物だとでも思ってくれ」
ちなみに、本当はこの問題は『偶数/奇数』ともう一つの条件はアルファベットの『母音/子音』なのだが、この世界で伝わるかわからなかったので改変した。
「あぁそう。で、答えはどうなんだよ?」
「それは今から説明する。フルース家を騙す方法と一緒にな。ま、何が言いたいかっていうとだ、人は見たいものだけ見るってことさ……正しいことしか確かめようとしないんだ」
俺は不敵に笑った。楽しくなってきたな。




