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第八話 『命賭け(オールイン)』

「……」


 メイドは見えない。

 ダンジョンの入口は閉ざされてしまった。この洞窟の中から外の景色を伺い知ることは不可能だ。


 何だこれ?


「…………は?」


 俺は取り残されている。

 出口のなくなった洞窟の中に。


 何だよこれは!!


「………………殺す」


 ブ・チ・殺・す!!


 殺す。その口を蝋で固め、その目を釘で抉り、その手を酸に漬け、その足を七つに切り刻み、その腹を真ん中から捌き、その全てを灰に返す。

 許さん。この俺のピュアな心を弄んだ代償は高く付くぞ、雌狐。

 泣いても叫んでも殺す。死んでも殺す。


「全世界のメイドに謝らせてから殺してやる!!」


 叫ぶ。叫ぶというのは魂の悲鳴。怒りという形ないものを固定化させるための儀式。


 あぁ、彼女には二つの罪がある。一つ目は俺の恋心をブチ壊したこと、二つ目はメイドという存在を冒涜したこと。

 絶対に許せん。必ず殺す。俺のこの手で殺してみせる。


 と、俺がよく声の響く洞窟の中で一人叛逆の狼煙を上げていたところに。


「……あー、取り込み中申し訳ないけどよ、少しいいか?」


 うらぶれた中年のおっさんが話しかけてきた。





 そのおっさんの第一印象は、典型的な冴えない中年だった。その服装は冒険者然としていたが、着られていることは一目で分かる。着慣れていないということだ。冒険者は、そんなにキッチリと服を着たりしない。自分ではだらしなく着崩しているつもりなのだろうが、まだまだ甘い。大体服自体が真新し過ぎる。


 俺はこの異常災害の中で突然姿を現したそんなおっさんに、一言。


「そうか、お前がいたんだったな」


 とだけ告げた。


 そう、以上の第一印象は、別に今抱いたものじゃない。地上にいた頃のもの。今がファーストコンタクトではあるが、ファーストインプレッションはもっと前だ。


「何だ、気付いてたのかよ」


 おっさんは大して驚いた様子もなく応える。


「バレバレだったぞ、大丈夫かよそんなので」


 俺の『気配感知』スキルを舐めてもらっちゃ困るね。


「尾行なんてのは司法局員の本来の仕事じゃねぇのよ」


 悪びれもせず言いやがったな、このおっさん。思ったよりも大物かもしれない。


「それで、どうする?」


 俺は辺りを見回す。どう見たって、俺が入って来た入り口以外に地上へ通じる道があるようには見えなかった。


「どうするってのは?まるでどうにか出来るみたいじゃねぇか、詐欺師」


 しかし落ち着いているなぁ。かなりの神経の図太さだ。


 ん?というか今、聞き捨てならないことを言ったな。


「どうにでも出来るね……それよりも、詐欺師ってのはどういう意味だ?」


「おいおい、尾けられといて自分に何の容疑もかかってませんみたいな態度は頂けないねぇ」


 おっさんはズッとこちらに向けて近付いて来た。正直、この状況でなお主導権を取りに来る姿勢にますます感服する。すげぇな、コイツ。

 ならば俺も、平静を装って答えよう。良いだろう、お前と俺は対等に立った。

 ……むしろ、俺はさっきブチギレてるのを見られてるんだけど。


「そっちこそ、たった今知った舞台裏を訳知り顔で語るのは頂けないね。俺に踊らされてた内の一人の癖に」


「ほぉ」


 俺の言葉を聞いて、おっさんは目を細めた。恐らく、さっきの俺と同じことを考えているのだろう。


「いや、俺がシナリオを書いていたというのは言い過ぎか。何せ俺も踊らされてた訳だからな。俺たちは負け組同盟だ」


「……そのシナリオとやらがどんなもんか言ってみな、ガキ」


「お前は別にダスキリアの詐欺師を捕まえようとして動いていたんじゃないんだろ?お前が本当に欲しかったのは、グニエスタ公国の裏情報だ。つまり、お前は俺が書いた嘘の手紙をどっかの貴族から受け取り、それを信じて指定の日時に張り込んでいた。そこで現れた俺を尾行することにしたわけだ」


 俺はあの日、別に正統派メイドを見て即座に一目惚れして単独行動を始めたわけではない。妙な視線を感じて、ソイツを釣り出してやろうと思ったから一人で別行動をしたのだ。

 そもそも、俺が出した三枚目の手紙があるのだから、あの場に誰か来ること自体を不審に思ったというのもあるが。


「んで、誰がシナリオを書いてるってことになんだよ」


「その貴族だろ。ソイツは俺の出した手紙に疑いを持ったが、ただそれだけでは済まさなかった。それを『詐欺だということを知らせず』に、そのまま真実であるかのようにして司法局にチクりやがったんだ」


 これは敵ながら天晴の妙手だった。

 本当に公国の隠し子とやらが現れた場合、司法局に対して大恩を売りつけることに成功する。詐欺師が現れた場合、自己が引っかからずに済んだ上、予想とは違うことになったという体になるものの、逮捕へ尽力したという点では悪くない。降って湧いたにしては上々の利があると言える。少なくとも、詐欺であると言って司法局員に逮捕を求めたのに、公国の隠し子が現れてしまったパターンよりはかなり立場がマシだ。微妙なのは何も起こらなかったというパターンだが、この場合その時に初めて気付いたという風に詐欺であったのではないかと言い出す。すると、相手が張り込みに気付き犯行を中止したのではないか?という帰結になり、司法局に失態を擦り付けられる。更に、同様の手紙を他の貴族にも出していたことにまで頭が回っていたとすると、公国バージョンなら裏資金の独占を狙った貴族の失脚を、詐欺バージョンなら救ってやったことに対する恩を獲得できる。

 どう転んでもマイナスにならない。正に完璧な一手だと言えた。ここまでのカウンターが打てる貴族がいるとは、俺だって思っていなかった。


「司法局がアンタの書いたあの嘘臭い手紙を何の疑いもなく信じてたとでも?自惚れるなよ、詐欺師」


「別に信じる信じないなんて関係ないだろ。さる貴族が白だと言ったんだ。灰色だって白と言うしかない。明確に黒いならともかくな」


 とはいえ、本当に信じていたという可能性も十分にあると俺は踏んでいる。この世界は詐欺が発達してないからな。


「……大したガキだな。ダスキリアなんかで詐欺師をさせておくには惜しい。けどな、俺がアンタをたった今放置しておく理由にゃまるでなってねぇぜ?」


「ダスキリアの犯罪者なんて捕まえたくないだろ?……お互い、さ」


 ダスキリアは王都から吐き出された膿が行き着く場所だ。治安を改善してしまえば、王都は無菌室じゃいられない。『掃き溜め』もないのに弾き出された者達は、復讐のために再び王都へ向かうことになるだろう。言うなれば、ダスキリアと王都は共依存の関係にある。現行犯でもないのにうっかり逮捕しようものなら、煩雑な手続きでも踏まなきゃならないことは容易に想像できた。


「……ますます惜しい野郎だ。お前さん、名前は?」


 ようやく、おっさんは俺から顔を離し、ボリボリと頭を掻いた。二人称が変化している、本気で俺をガキではなく対等に扱うことに決めたのか。


「それを言って、お前が俺を後で逮捕しないって保証がどこにあんだよ」


「逆だ、逆。逮捕しないために名前が欲しいんじゃねぇか。うっかり令状が出されても知らねぇぞ?」


「それは困るな。けど、お前だけ何も賭けないってのはギャンブルとしちゃ成り立たないだろ」


「あぁ?何を賭けろって言うんだよ」


 とぼけたように手のひらを上に向けて肩をすくめる。何も持っていませんよアピールか。おいおい、そんなわけないだろ。何も持ってない人間なんていないじゃねぇか……生ある限り。


「命賭け(オールイン)、してもらうぞ」


 我ながら、これは少し格好つけすぎたな、と思った。

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