第七話 『あはっ』
何とか詐欺は上手く行ったようだった。
翌日、シーズの呼び出しに応じてクレイスの街を訪れると、フルース家は金を出してくれることに決めたと伝えられた。
しかし、一つ条件があるらしい。
「その……ご当主様、ではないのですが……」
シーズは待ち合わせ場所に来て早々、躊躇いがちに切り出した。
「分かってる。カレオ様だろう?何か仰ってたのか?」
「はい。実は、このダンジョン……『嘆きの祠』の最奥にあると言われている、とある花を取ってきて頂きたいのです」
「はぁ?なんだそりゃ?交渉と何か関係が?」
ダンジョンだとか花だとか、思ってもいなかった言葉に戸惑いを隠せない。
「実はフルース家の奥様……つまりカレオ様の母上は病で臥せっていらっしゃるのですが、その病を『治癒』するためには特殊な材料が必要なのです」
「それがその花だって?」
「はい。『ユートリア』という薄い桃色の花です。『嘆きの祠』の最奥以外には咲かないと言われています」
んなもんを取って来いって?俺に?
ふぅん、なるほど。まだ疑いは晴れないが、そこまで出来たら誠意を買ってやろうってわけか?
……正直怪しい。怪しいが、俺にとってそんなダンジョンなんて遠足みたいなものだ。行ってもいいだろう。
「まぁいいよ。じゃあ今から行くか」
「今から!?そ、そんな急に……準備をなさらなくても大丈夫なのですか?」
「食料だけ集めてくりゃ行けるだろう。何階層なんだ?」
「20はあると言われています」
「ほう、それなりのダンジョンだな。余裕だけどな」
「ほ、本当ですか?」
「俺は強いんだよ。問題ない」
ダンジョンには何度か潜ったことがある。スキルは当然バカ威力のせいで使えたものではないが、ステゴリ押しで十分だ。単純なダメージなら『治療』もできるし。
ま、サクッと取ってきてやる。安いもんだ。
そこは意外と小さな入り口の洞窟だった。人二人分ほどだろうか、20階層あるにしては狭い。
「んじゃ、行くか」
もっとも、仮にどんなダンジョンだったとして、俺に出来ないとも思えない。軽いノリで行こう。
俺は一人で意気揚々と洞窟に踏み込む。シーズはメイドだしついては来ないだろう。一度屋敷に帰って待っているらしい。彼女はここでお見送りしてくれ……る?
「それでは…………逝ってらっしゃいませ」
「あ?」
豪音。俺の耳に届いたのは、世界そのものを飲み込むような崩落の音だった。
洞窟の中は音が響くということもあったのだろうが、そうだとしても恐ろしいほどの音量。
振り返る。まずは反射的に首だけで。そして、そこで起こっていることを確認してからは体ごと。
爆薬のようなものが炸裂したのか、入り口付近の壁が岩石と化して落ちてくる。降ってくる。
何かが崩れるシーンというのは、生理的な嫌悪を抱かせる。何故ならば、そこには死のイメージが付き纏うからだ。これは洞窟という存在の死。それを俺はただ呆然と見つめている。
ガララララララララ!!
そして俺が入って来た入り口が死んでいく。誰も入れないよう、誰も出さないよう。
スローモーションに見える世界の中で、安全圏からこっちを見つめている瞳がある。
あぁ、これは一目で分かるほどに人為的な。作為的な。
誰かが作り上げた崩壊。
「さようなら……来世でもお元気で」
彼女は言う。まっすぐに俺を見つめて。
この崩落に一切の動揺をすることなく。
「テメ……ふざけ……!」
俺の悲痛な糾弾よりも先んじて。
「あ、そうでした。お風呂の時、隠していたつもりだったのかもしれないですけど、普通に見えていましたよ?貴方様の大事なところ……」
そのメイドは。
「ちっちゃくて可愛かったです、あはっ」
嘲笑った。心底楽しそうに。愉しそうに。
そして視界は瓦礫に閉ざされた。




