第六話 『似た者同士、同士討ち(スペードのエースとハートのエース)』
「ただいま……」
夜の帳が落ちてから随分経つ。馬鹿騒ぎも終わって、客もゆっくりと飲み始める時間帯。
例によっていつもの酒場、せっかく風呂に入ったのにまるでリラックス出来ず疲れきった状態の俺はトボトボと女二人に声をかけた。
「何?どうしたの?」
「なんでもねぇよ……」
「あ、そう。こっちも一日何も無かったわ。引っかかってくれたのはフルース家だけみたいね」
ローラとフィーコは、詐欺の続きで誰か来ないかを見張ってもらっていたのだが、誰も来なかったらしい……まぁ。
「分かりきってたけどな、そんなの」
「え?」
疑問符を浮かべるローラを置いて、俺は辺りの席を見渡す……居た。
目を合わせたらその男二人は妙に意気込んだ様子でこっちに近づいて来た。
「ユージンちゃん!」
「ちゃん付けするな、クソオカマ」
そう、その二人とは……カマホモズだ。
「んもう、今日もつれないわねぇ」
「うるせぇ。で、収穫はあったか?」
「ダメだね。ユージンの頼みだからと目を皿のようにして見ていたにもかかわらず、それらしい人間は誰も現れなかったよ」
「チッ、そうか」
カマホモズの言葉に気落ちするというほどのことはない。まぁそんなものだろう、この詐欺は。失敗前提だ。
「ねぇ、ユージン?それでその、お礼の方を……」
「……あー、そうね」
俺は無造作に自分の髪の毛を二本毟り取り、変態二人に差し出した。
「ひゃっほう!!」
「これは……興奮するね」
……マジで大丈夫か?コイツらの頭?
秘密を厳守してくれそうだという点からこの二人を選んだのだが、要求された報酬が意味不明過ぎて多大に後悔することになった。
交渉の基本は等価交換といえど、その価は人それぞれなのだから文句がある訳ではないけど……純粋に気持ち悪い。助けて。何だよ髪の毛って。何に使うんだよ。俺ですら普通に好きな女の子の髪の毛なんて欲しくな……まぁ貰えるなら貰うかもしれない。あくまでも貰えるならね?
「はぁ……もういいだろ?消えてくれ」
「そうね、私たちはこれから用事があるし」
「用事が出来たしね」
「だからホモエルフ!お前は一言多いんだよ!オブラートに包め!」
笑いながら……というか、ニヤけながら去っていくカマホモズに向けて恒例の中指立て。なんで視界から消えてくれるのに不快感が残るんだよ、化物共め。
「……どういうこと?」
俺と奴らの会話の意味が分からなかったのか、ローラがこめかみを押さえながら尋ねてくる。
「えーと、そうだな……」
俺は現状を説明してやることにした。
「つまりこういうこと?ニノマエがまず手紙を出して」
「ああ」
俺は神妙に頷く。
「その後フィーコが二回目の手紙で集合場所を修正して利益を一人で奪おうとして」
「はい」
フィーコは真剣に答える。
「そして更にニノマエがもう一度三回目の手紙を出してまたしても場所を変更、自分だけ金を稼ごうとしたら、どうやら不審がらせてしまったのかターゲットがほとんど来なくなった上に、唯一現れたフルース家もメイドを寄越して様子見という手段になってしまったようだと」
「そういうことになるな」
……。
「バカかアンタらは!なんで仲間内で足を引っ張り合う必要があるの!」
「仲間の足こそ引っ張りたいだろ?知りもしない奴を蹴落としても気持ち良くない」
「ですね。それに、私はこう思ったんですよ……」
「分かるぞ。多分俺も同じことを思っていた……」
「「コイツには負けないだろ」でしょう」
お互いを指差して言った。
「いや絶対おかしい!大体いつも一緒にいるんだからどっちの金かなんてそんなに関係ないじゃん!」
「あるある。俺がフィーコに金を貸し付けるんだぞ?最高じゃないか」
「私が貸す予定だったんです。利息トイチで」
「悪徳酒屋かよ」
「あなたに言われたくありません」
「どっちもどっちだよ!」
混乱状態にさせてしまったようで、ローラは髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き回す。
整えられていた綺麗な金髪がボサボサになってしまった。
「落ち着けローラ。こんなのいつものことだ」
「いつもの……私が加入する前から、ずっとこんなことを?」
「うん。切磋琢磨ってやつだな」
「絶対違う!さっき蹴落とすとか言ってたし!」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。このやり方で今まで何とかなってきましたし。ねぇ、いつも私からお金を借りてばかりのユージン?」
「ふざけんな。先月はお前俺に相当な借金があったろうが」
「ありましたっけ?忘れましたね」
「このアマ……」
自分に都合の悪い記憶は全てぶっ飛ぶというお気楽な脳をしていらっしゃるな。まるで俺みたいじゃねぇか。
「いや……本当にわからない……私がおかしいの?」
おっと、ウチの常識人さんが自分の常識を疑い始めてるな。可哀想に。絶対おかしいのは俺たちだと思う。
「とにかく今回は残念ながら限りなく同士討ち、共倒れに近い感じになってしまったな」
「まぁいいじゃないですか。フルース家の方は順調なんでしょう?」
「あぁ。恐らく次で金を出して貰えるだろう。そうだ、そうなったらしばらくダスキリアとはお別れだな」
「え?どうして?」
素の調子でローラが問いかけてくる。
「だって貴族からの詐欺だぞ?この国にいたら捕まるっての。高飛び安定だよ」
国外に逃げてしまえばそうそう捕まらないと思う。地球でさえ国際司法の連携は中々取れていなかったのだ。この異世界でも同様だろう。
「そう、なんだ……」
ローラは少し悲哀を滲ませたような声音でポツリと呟く。
「なんだ?愛着が湧いてたのか?大していなかっただろうに」
「いや……って、ここの世界を教えてくれるって言い出したのはニノマエじゃん!」
「まぁそうだけど、こうなった以上別にいいだろ。てか、この街の人間カスばっかりだし。むしろ一刻も早く出て行きたい」
「言ってることが日によって違いすぎる!」
「そりゃ日が違うんだから当然だろう」
「人生が場当たり的過ぎるわよ……」
「その瞬間瞬間を大切に生きてるんだよ」
「ああ言えばこう言う……」
ありがとう。俺は日本でニートしてた時から、というか子供の頃からずっとそのお言葉を何度も頂戴してきた男だよ。
「とにかく、今こんな話をしてても取らぬ狸の皮算用だ。まずはフルース家から金を毟り取ることを考えよう」
「うん……あれ?そもそも、なんでフルース家は最初の集合場所にやってきたの?後の手紙で訂正されたんじゃ?」
「あぁ、それがどうもあの家には二枚目以降は届いてないみたいなんだよ。手違いがあったんだろうな。それとなく確かめてみたが、そんな情報は全然出てこなかった」
「ふぅん」
正直、その点はよく分からない。だが一応今のところこちらのペースなはずだ。後はまぁ何とかなるだろう。多分。
「任せとけよ。余裕だって」
俺は言った。自信満々に。後で考えてみれば、愚の骨頂としか言いようがないほどにバカだった。




