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幕間三 『一匹出たら百匹出ると言われているアイツ』

 家族とは一体なんだろう。

 ブレース・アレクセンがこの命題にぶち当たったのは二度目のことだった。

 一度目は結婚をする前日。そして二度目が今日……離婚をした翌日だ。


「なんでこんな日まで働かなきゃならんのだ、なぁ?」


「知りませんよ。いえ、同情はしますけど、持ち場に帰っていただきたいです」


「つれねぇこと言うなよ、暇だろ?」


「確かに司法局に裏門から攻めてこようなんていう輩はいないと思いますが、度々ここに来ては僕と世間話するのはやめてください。僕は一応、ここの警備が仕事なのです。それがこうしてお喋りをしているのが上にバレたら、給料減額されちゃうかもしれないじゃないですか」


 ブレースは仕事がない時、よく裏手に出ては煙草を吹かし、吸い終わっても部下が呼んでも仕事ができても戻らないという悪い癖があった。

 そのことを見越してか、警備員の青年は一刻も早くこの場からブレースを追い返そうとするが、そんな思惑はどこ吹く風、ブレースは二本目の煙草に火をつける。


「家族ってのは何なのかって俺は不思議に思うんだよ。だってよ、血が繋がってるわけでもねぇ、結婚だ何だって言ったって、紙切れ一枚役所に届ければハイお終いってなもんだ。なぁ、家族ってなんだ?」


 くだを巻いて質問をまくし立てるブレース。しかし青年はそれに答えず、逆に質問を返した。


「……ブレースさん、飲んでます?」


「飲んでるよ、勿論。人間は水分がなきゃ生きていけないからなぁ」


「はぁ、失礼しま……酒臭っ!本当に飲んでるじゃないですか!煙草の臭いでも消せないほど酒臭いですって!仕事になるんですかこれで!」


 青年はブレースの口元に顔を近付けて、いつも一本で帰るこの男が二本目を吸い始めた理由を知る。消したかったのだ、アルコール臭を。


「いいんだよ、仕事なんて適当で。いいか、お前も気を付けろよ。仕事なんて真面目にやってたらカミさんに逃げられるぞ。女ってのはまるで分からん。全然分からんね。俺達とは違う生き物なんだろうなぁ……」


 ブレースは肩を抱こうとするも、青年は典型的とも言える酔っぱらいの絡み手を鬱陶しそうに払った。


「なんか、今の流れで僕を同一に括って欲しくないなぁ……まぁ、アレですよ。一生懸命仕事をしている夫を放り出すなんて、その場合は女の方に見る目が無かったってだけじゃないですか?」


「お前さん……」


 離婚翌日の男に対する慰めとしては直接的過ぎて誰も言わないようなことを平然と言ってのけた青年に、ブレースは一瞬たじろぐ。

 しかし、この男のこういうところがブレースは気に入っていた。元々、司法局内部の権力争いやおべっかを使った出世競争とは無縁の男。こんなタイプの方が遥かに付き合いやすい。


「さ、つまりは仕事を一生懸命やって下さいって話です」


「そういうことかよ!一瞬良い奴だと思ったのにお前さんは!そうまでして俺に仕事をさせても、お前さんの給料が上がるわけでもねぇのに!」


「ブレースさんの給料は下がるかもしれませんよ?クレイス司法局の責任者なんですよね、一応は。何か重要な案件が舞い込んで来たらどうするんです?」


「一応じゃねぇよ、れっきとした本物の責任者だっつの。でもよぉ、こんな不幸の絶頂にいる男の元にそんな案件なんざ来やしねぇって」


「さぁそれはどうでしょう?不幸っていうのは、一匹出たら百匹出ると言いますし」


「それはあの黒い虫だろうが!」


 と、ブレースが息を荒くして反論した矢先。


「ブレース局長!」


 感話器の番を任せておいた若い局員が大声で叫びながら裏口のドアを勢い良く開いた。


「……何だよ?」


 嫌な予感を押し殺して尋ねれば。


「それが……ヴァレルシュタイン家から、局長に繋ぐようにと……」


「ヴァレルシュタインだぁ?」


 予想だにしないビッグネームの襲来に、ブレースは一瞬で酒が抜けるのを感じる羽目になった。


「……二匹目」


 青年はボソッと不吉な言葉を呟き。


「お前さん!大貴族に滅多なことを言うな!俺じゃなきゃクビ飛んでてもおかしくないんだからな!」


 ツバを飛ばして喚き、ブレースは自室へ走り出す。

 頼むから二匹目の厄介事であってくれるなと、ひたすらに強く祈りながら。

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