幕間一 『果てしなく永い物語の終わり』
「勝ったんだ……」
勇者ギルフォードは噛み締めるように呟いた。
目の前に倒れ伏すは、かつて魔王と呼ばれていた化物。
……明日からは、そう呼ばれなくなる亡骸。
「僕は、勝ったんだ!!」
叫び声は魔王城の最上階、天蓋を越えてどこまでも響く。
「ギルフォードさん!!」
「勇者様!!」
その大音声を合図に遅れて魔王の元に辿り着いたギルフォードのパーティーの仲間たちも、その光景を目にすると。
「やった……やったんだ!!!!」
「俺たちは魔王を倒したんだ!!!!」
「人間はもう……自由だ!!!!」
各々が、いっそ狂乱と呼んでいいほどに次々と叫び始めた。
「ギルフォード」
大騒ぎの中ギルフォードにそう声をかけたのは、彼と最も長く旅を共にした男。
「僕は……成し遂げたよ、グレイル」
もう一度、今度は親友の前で、真に世界を救う勇者となった男は言葉を紡いだ。
「あぁ。お前は最高だ」
「彼女に……」
「ん?」
そこでギルフォードは少し、照れくさそうに頬を掻きながら。
「フレアに、報告しなくちゃな」
「おいおい、そんなに焦るなって!王女様はもうお前の妻になるんだろう?」
「そうだな。約束をしているんだった。僕が魔王を倒したら、結婚しようと」
「全く、妬ける話だぜ。お前のことが好きなのは王女様だけじゃないってのによ」
「それは……理解しているつもりだ」
「ならいいさ」
「グレイル、僕は……」
「その先は無しだ」
躊躇いがちな言葉を、グレイルはすぐに遮った。
いつかそういう未来があるとしても、今はまだ駄目だ。それは、自分にとってもシュリエにとっても不幸なことだと、グレイルは信じていた。
「……そうか」
ギルフォードは結局言いかけた台詞を飲み込んだ。幼馴染であるグレイルもシュリエも、彼にとって大切な友人だったからだ。
「とにかく行こうぜ。街に帰ろう。栄光がお前を待ってるぞ、勇者様」
「やめてくれ。君にそう呼ばれると、背筋がざわつくんだ」
「ハハッ、酷いな」
「そうだな」
そこでギルフォードは少し俯いて、声のトーンを落とした。
暗く、昏く、儚く。誰に聞かせるでもなく、誰にも聞こえないように。
「……僕は本当に、酷い奴だ」
闇に溶けた呟きを、拾う者はその場にいなかった。