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第三話 『笑顔(ブラフ)』

 そのメイドはきょろきょろと周りを見回ししていた。俺たちの手紙には、場所と時間は指定してあったもののこちらの人相は書いていない。この場にいる誰が自分の探している相手なのか分からないのだろう。


「おい、お前か」


 俺はそんなメイドに背後から不意打ち気味に声をかけた。


「は、はい!」


 彼女はビクッと一瞬小動物のように肩を震わせたが、すぐに持ち直して使用人らしい態度に戻る。


「私はフルース家の使いとして参りました、シーズと申します」


 丁寧なお辞儀だった。お辞儀と言っても単に頭を下げるという意味ではない。スカートを両手で持ち上げて片足を引く、カーテシーと呼ばれる挨拶だ。メイドの嗜みの一つと言える。これは……いや、やめておこう。今は会話中だ。余計なことを考えるのは良くない。


「あの、失礼ですが貴方様は……」


 どう見ても公国の王家の者には見えない、素性の怪しい人間に話し掛けられたからか、彼女はわずかに警戒を滲ませた声で俺に尋ねる。

 彼女が姿勢を正した瞬間、ふわりと花のような香りが漂う。この世界には風呂の文化が根付いていて、あのダスキリアにさえ銭湯がある。使用人とはいえ貴族に仕えるのなら当然風呂には入っているのだろうが、香まで使っているのか。

 俺はその女性らしさに少したじろぎながら、努めていつもと同じ調子で言う。


「お前と同じ使いの者だよ。かの公国のとある人物のな。ま、下っ端だ」


「そうで御座いますか……ふふっ」


 すると何故か、彼女は笑った。それは優しい笑顔だった。メイドというよりは、単なる少女のような。


「何がおかしいんだ?」


「いえ。この姿を見て私と同じだと仰るということは、召使いなので御座いましょう?それなのに、堂々とした態度でいらっしゃるので、羨ましく思いまして」


「あぁ?」


 喧嘩売ってるのか?俺の態度がデカイって?


「お気に障ったなら謝罪致します。ですが、どうしてもこれだけは言わせて頂けませんか?……貴方の自信溢れる態度、私にはとても好ましく映る、と」


「……褒めても交渉の条件が緩くなることはないぞ」


「いえ、滅相もない。私はただの連絡役。とても交渉などという大任を任される立場には御座いません。貴方様がもしそこまでの権限をお持ちなら、私は先程からとんでもない失礼を働いていたことになってしまうのですが……」


「……俺もねぇよ」


「そうですか、良かったです!……あ、いえ!これは決して貴方様の身分が低くて良かったという意味では!……あ、その!身分が低いなどと!いえ、これも違うのです!私は……」


 急におどおどと落ち着きなく否定し始める。しかしその様子でさえ、一定の気品を崩すことはなかった。わざと、というよりは、染み付いているように感じる。


「あぁ、いいよ。何となく分かった」


 俺はその職業病を見て悪い気はしなかったが、だからこそこれ以上見ていたくはなかった。交渉相手に弱みを見せることなどあってはならない。


「そうですか……寛大なお方なのですね」


 すると彼女は安心したように佇まいを正して言った。

 寛大だって?俺が?


「俺が寛大だって言うなら、そのへんの井戸だって海と同じくらい広いことになる」


「ふふっ。面白いことを仰るんですね……あぁ、やっぱり」


「あ?」


「やっぱり、それでも。私は今こうして貴方様と対等にお話出来ていることを嬉しく思います。勿論、メイドとして主にお仕えすることに誇りを持っているつもりですし、私の主を尊敬する気持ちは誰に劣るとも思いません。しかし、こうして誰かと笑って会話するということは、もう随分と久しぶりな気がします……楽しい、と感じることも」


 何だよ、それ。同情でも引くつもりか?いや、違う。コイツは今、本当に楽しそうに笑った。俺をどうこうという話じゃなく、自分が本当に楽しいから笑ったんだ。その程度の観察眼なら俺にだってある。だけど生憎俺は、俺は……。


「……なら、様付けはしなくていい」


 俺は、まるで5秒前には意図していなかった言葉を口に出していた。


「え?」


「対等なんだろ?それに、メイドが主以外に安々と敬意を表するのを俺は良しとしないね」


「……左様ですか。では、お名前を伺っても宜しいですか?」


「ニノマエ」


「ニノマエ、様ですね……あっ、違いました!ニノマエさ、んです!」


「もういいよ、好きに呼べ」


「では、ニノマエ……さんで」


「あぁ。よろしくな、シーズ」


 この時の俺は、一瞬だけ。

 詐欺のことを忘れていた。

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