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第二話 『メイド講座』

「……アンタって、本当に何者なワケ?」


 ダスキリアの隣町、クレイス。ここは王都の隣町だけあって治安の悪くない至って正常な街だ。舗装された石の道路というだけで明らかに土と水溜りに溢れたあの街とは違う。建物も廃墟なんて見渡す限りありゃしない。窓の割れていない、普通の家や店がそこにはある。街往く人の服装も、ボロ布のような服を着ている人間はいない。ある程度整った……少なくとも洗濯は怠っていないであろう服が最低ライン。もっと上を見ればベルトを締めてたりネクタイを結んでたりする奴までいる。


「何者って何だよ」


 俺たちはそんな普通の街に郵便を出しに来ていた。何故ならダスキリアには手紙なんぞ出す役場がなかったからである。しかし、マトモに手紙を出せる人間もフィーコしかいなかった。故に俺とローラは役所の前で二人駄弁る羽目になっている。


「普通にあんな手紙思い付かないでしょ」


「お前、俺が異世界人だって知ってるだろ。あれは異世界にあった有名な詐欺なの」


「だとしても、文面をスラスラ考えつくのがおかしいって言ってるの!」


 酒場で適当に考えた文面は、悪くなかったのでほぼ修正無しでそのまま使うことになった。まさかナイジェリアにするわけにはいかなかったので、国の名前をこの世界のものにしたり、銀行がなかったので両替をダシに使ったりと多少のアレンジはしたものの、基本はテンプレなんだけどな。


「分かったよ。そこまで言うなら好きに崇めていいよ。神のように」


「いやそこまでは言ってない!」


「ピーチクパーチク……分かってるんだろうな、俺が本気出せばお前なんて速攻消し済みだからな」


「それは……知ってるけど」


「けど何だよ」


 俺が問うと、ローラはちらちらとこっちを見たり自分のスカートを見たりを繰り返す。なんだ、その態度?トイレか?


「トイレか?」


「違う!」


 また口に出していた。どうも俺は思考がダダ漏れな時があって困る。

 一人反省していると、ローラは挙動不審をやめて、深々と溜息をついていた。


「……ハァ。なんで私はこんな奴を」


「おっと何だ!?その続きは何だ?俺がどうなんだ?ん?」


「そこは聞き逃す流れでしょ!?」


「俺は地獄耳なんだ。さぁデカい声で言ってみろ!」


「こんな奴、ぶっ殺してやりたい!!」


「街中で殺人宣言は感心しないよ。ここはダスキリアじゃないんだから」


 ローラの絶叫を、いつの間にか帰ってきていたフィーコがたしなめた。いや、嘘をついた。この女はだいぶ前からいたのだが、成り行きが面白そうだったからか『気配遮断』していた。大概、性格の悪い猫耳だ。


「はっ……!」


 時既に遅しだ。圧倒的にいつものパターンだった。しかしいつもより悪いのは、通報まで視野に入れた一般人の方々がヒソヒソと話し合っていることだった。うん、良い街だな。


「それじゃ、帰りましょうか。『ダスキリア』に」


 わざとギャラリーに聞こえるよう大きい声で言うフィーコ。その台詞の中のとある固有名詞が出た瞬間、周囲が水を打ったように静まった。そして感じるのは関わり合いになりたくないオーラ。


「……おい、悪くない策だけど、指定した場所もここなんだからな?また来るんだからな?」


「その時は多少変装するから大丈夫でしょう?」


 度胸のある女だ。





「さて、そろそろ2軒目の時間ですね」


 詐欺オフ会の当日、俺たち3人は物陰から指定場所を観察していた。ちなみに、指定時間は送った手紙毎に少しずつズラしてある。メールのやり取りならこんな面倒なことは必要ないのだが、実際に会うならバッティングは避けなくてはならない。まさかダスキリアの住所に返信してくれとも言えないし、会うほかなかったのだ。


「1軒目は空振ったからな……大物だったんだが」


「そりゃそうでしょ!ヴァレルシュタイン家に詐欺を仕掛けたこと自体がビックリよ!」


 そう、1軒目とは何を隠そういけ好かない勇者の家だった。正確に言えばあの勇者は当主ではなく跡取り息子のはずだから、手紙を読んだのは当主の方だろうが。まぁよく考えて見ればあれだけの切れ者の父親だ、あんな与太話をあっさり信じるほどバカではなかったのも頷ける。


「次は……フルース家ですね。宝石商なんかで有名です」


 フィーコが懐から持参したメモを取り出し、それを見ながら言った。


「宝石!つまりは金持ちだろ?」


「えぇ。ヴァレルシュタインやスルエリアの家にこそ及ばないものの、資産ではかなりの有力貴族です。何でもまだ若い跡取りが天才児だとかで……」


「そんな通り一遍のプロフィールはどうでもいい。問題は金を持ってるか否か。それだけだ……お?」



 俺が目線をフィーコのメモから待ち合わせ場所であるクレイスで有名な時計台に移すと、そこにやって来たのはなんと女の子だった。いや、ただの女の子ではない。

 メイドだった。完璧にメイドだった。ではここで一つ、メイド講座をしておこう。まずあの子をご覧頂きたい。


 そうそれは二〇世紀後半から台頭し始めた萌え文化における男性の支配欲及び性的欲求の捌け口としてのメイドとは異なる。メイド喫茶なる訳の分からないサービス産業の中で徐々に過激さを増していった露出すればいいんだろうこれがオタクは好きなんだろうという主張が透けて見える偽物のメイドとは違う。いや正直に言えば俺は偽物は偽物で嫌いではなかった。調子に乗りすぎて服が透けてきたり頭に猫耳を付け始めたりしなければそれはそれで好きだった。しかし今俺は考えを改めた。大いに改めた。あんなものはゴミだった。結局コスプレイヤーだった。内側からオタクを見下した何か凄く不愉快なモノが滲んでいた。

 今目の前にいるメイドは違った。本物だ。黒いドレスに白いエプロンという所謂基本のメイド服。勿論変にミニスカートになっている訳もなくロングスカートだ。しかし俺はこれだけで本物だ何だと言っているわけではない。元来黒白のエプロンドレスというのは『午後用』のメイド服であり『午前用』である掃除等の職務をこなす際に着用されたメイド服はブルーやグレー果てはピンクのような色の付いた安いプリント生地で作られているものがスタンダードだった。その意味では昨今のメイド文化におけるカラフルなメイド服もある意味では間違いではない。まぁ厳密に言えば午後用のデザインでパステルカラーなのはおかしい訳だがそれは置いておこう。俺が今感心したのは別の部分である。頭だ。つまり帽子だ。キャップを被っていたのである。カチューシャではない。フリル付きカチューシャではない!大体メイドは使用人だぞ!そんなオシャレをして良い訳ないだろ!いいか!一九世紀イギリスにおいてはメイドは白のストッキングを穿くだけでクビになったんだぞ!地味な黒ストが絶対のルールだったんだ!良く言えば自由悪く言えば下品なフレンチメイドならばともかくイギリスではあり得ない。使用人の中で目立つことが許されるのなんてそれが正に仕事である宮廷使用人の道化クラウンくらいのものだ。メイドとは影の存在。付き従う存在である。それが何だ?可愛くフリフリしてんじゃねぇぞ。ヴィクトリアンメイドならモブキャップだ。これは作業中に髪の毛が落ちないようにするという立派な意味がある。言わば手術室の帽子と同じ役割だ。確かにカチューシャでも髪が邪魔にならないよう止めておくことは可能。しかし真にその役割を追求するならキャップだろう?俺はこの一点を見ただけで彼女の本物の忠誠心を確信した。

 ただし一つ物申したい部分がないではない。それはエプロンだ。何故なら本物のメイドは外出時にはエプロンを外すべきだからである。先述のようにメイド服というのは従者服だ。であれば個人で外出する際にわざわざエプロンまで付けるべきではない。無意味に自らが従者であるアピールをする必要はないからだ。効用の面から言っても外で家事をするわけでもあるまいにエプロンを付ける理由がない。汚すことになるだけだ。更に言えばメイドという職業は本人にどれほどの誇りがあろうと世間的に見れば召使い。一目でそれと分かる格好で外出するなど得がない。むしろそれは恥ですらある。

 と言っても今に限った話をすればこれには理由があるのだろう。それは彼女が俺たちの手紙を受けて現れた使いの者であるのなら従者であることは分かりやすい方が良い。つまり彼女は恥を忍んで完璧なメイド服でこの場にやって来たということであり俺はそれに感銘を受けた。


 つまり。


「俺はあの子のところに行く。お前らはここで次のターゲットが来ないか見張っていてくれ」


 男には行かねばならない時があるということだ。

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