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プロローグ 『お値段交渉失敗談』

「はぁ?……今なんて言った?」


 俺は今、あり得ない言葉を聞いたような気がする。そう、俺がある時はこの世で最も好きで、またある時にはこの世で最も嫌いな言葉だ。


「だから、金銭は出せない。0円だ」


 ――0円。買う時は最高で、売る時は最悪の言葉。


「ま、待て待て!おかしいだろう!王家の秘宝だろ?しかも何か特殊な能力もあるんだろ?俺がお前に譲らずこのまま持っててもいいってのかよ!」


 『ウロボロスの指輪』。俺が必死こいて……ってほどでもないが、何日か潰して手に入れた金の元。

 王家であれば確実に買い取らざるを得ないと踏んでいたからこそ強奪してきたのだが、それが……0円?ロハ?タダ働き?骨折り損のくたびれ儲け?ふざけんな!

 そうだよ、よく話を聞かなかったが、これを最初に皇女様から奪ったあの二人は魔族だった。もしかするとアレじゃないか?魔王の復活とか可能な感じなんじゃないか?ほら、絶対に危ないものだろ!

 俺は割と核心を突いて攻めたつもりだったのだが……。


「構わないよ」


 その男――ギルフォードの貼り付けたような笑顔の仮面を剥がすことには成功しなかった。


「嘘つけ!この場でぶっ壊しても良いんだぞこっちは!」


「それには及ばないさ。その指輪はもう壊れている」


「……何?」


 予想外の発言に、俺は思わず指輪をまじまじと見つめる。

 ……なんというか、普通だ。大した価値があるようには見えない。思えば最初から……ん?待てよ。最初にこれを見た時は確か、路地裏でダラスが指に嵌めていたあの時だ。あの時に俺は確かこう思った――『高級そうだ』と。

 けれど今、その高級感さえ感じ取れない。まさか、これって……。


「壊したの、俺?」


「君は水系統のスキルの上位ランク保持者かい?」


 ギルフォードは、お行儀悪く質問に質問を返してくる。

 水系統?そりゃ勿論だが……え?まさか、これ。この指輪って……聖水で壊れるのか!?なんだそれ、魔族の道具か何かか!?

 ……ダメだ、これは。ここは隠し通す以外にない。


「俺は弱小の盗賊だよ。スキルなんて大したものを持っちゃない」


「そうか、なら良いのだが」


 特に動じた様子もなく頷くギルフォード。クソ、織り込み済みってわけか。

 正直、ここで意地を張って粘ったとしても、ダラスとカイルに確認を取られたら終わりだ。一気に形勢が悪くなった。こうなれば最後のあがきくらいしか出来ることがない。


「とは言え、お前はこれを持ち帰って来るように言われてるんじゃないか?こういう物は、使えるか否かだけじゃなく、在るか無いかが問題なんだ。特に王家ともなればそうだろう?」


 刀というものは、抜いて切るだけが使い道ではない。腰に差している……それ自体が意味を持つことも往々にしてある。


「お察しの通りだ。しかし何分、僕は自腹を切らされそうでね。ハッキリ言わせてもらえば、大金なんていくら交渉しても出てこないよ」


「なんで世界を救った男がそんな世知辛いことになってんだよ……」


「魔王を倒したところで、金貨を落としてくれるわけではなかったからだろうね」


 そりゃそうだ。RPGじゃないんだから。

 長期的に見れば魔王軍が占領していた土地を用いて利益を出せるのだろうが、半年ではまだ無理か。


「……」


 と、そこで俺は視線に気が付いた。ギルフォードは何故か、今までで最も鋭く俺を観察していたのだ。


「……何だ?」


「いや、大したことじゃない。気にしないでくれ」


 あれだけの熱視線に無関心を貫けるほど俺は鈍感主人公じゃないんだが……まぁいい。そんなことよりも今は金だ。むしろいつも金だ。


「分かった。大金じゃなくていい。いくら出せるんだよ」


「端金でいいのかい?」


「良くねぇよ。でも0よりマシだってだけだ」


 俺が半ばヤケになってそう言うと、ギルフォードは相も変わらず憎たらしいほど爽やかに。

 笑いながらこう言った。


「はは、金銭でなくとも、他のもので買うということは出来ないかな?」


「あぁ?何だよ、それ」


「『恩で買う』……っていうのは、どうだい?」


 俺は悟った。この交渉は、どうしようもなく失敗だ、と。

 

 酒場の倉庫で一人立ち尽くす。手には指輪はなく、金もない。あるのは何か、空虚過ぎる約束だけ。

 いつかと同じように軽く手を振ってあの男が出て行った方を、憎らしげにひたすら見つめ続けていた。

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