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幕間十 『勇者ギルフォードという男』

「はぁ、はぁ……」


「クソがっ!何だアイツは!化物か!」


 王都の路地裏に呻き声が二つ。

 ダラスとカイルは、ボロ雑巾と言う他ない様で体力回復に努めていた。『ウロボロスの指輪』を勇者候補とやらに奪われてから、彼らは面倒臭そうに沈めた張本人の勇者候補……ユージンによって掬い上げられ、王都にある司法局の前に転がされた。どうやら殺すまでもない……というよりも、殺したりすれば処理が面倒だという判断だったのだろう。

 ダラスは舐められたとは思わなかった。アレはもう、別格なのだ。勇者や魔王などという括りの外にいる強さ。

 実際、街中で不意を突けば勝てるのかもしれないが、奴がキレて一般市民を巻き込む気になってしまえば瞬殺される。復讐を企てる気にもなれないほどの怪物だった。

 しかし、怪物ではあっても、完璧ではない。

 聖水をたっぷりと浴びてもう動けないと思ったのだろうが、生憎彼らは半人半魔。どれだけ苦しんでいるように見えたしても、『魔』の部分を抑えてしまえば、聖水なんて何の事はない。途中からダメージを軽減していたのだ。見た目はボロボロだが、実際の肉体へのダメージはそれほどではない。

 おかげで、司法局員が外に出てくる前に命からがら何とか逃げることには成功していた。


「やぁ、探したよ」


 ……否、それは成功などではなかったのかもしれない。


「アンタ、は……」


 何故ならば、そこに立っていたのは。


「勇者、ギルフォード……」


「そう畏まることはない。僕たちは仲間じゃないか」


 救世の男、その人だったのだから。





「何でアンタがここにいる?」


 問いを投げたのはダラス。

 実を言えば、ギルフォードがこの場にいるのは特に不自然なことではない。ここは王都であり、しかも司法局本部の近辺。ダスキリアの酒場とは異なり、勇者が歩いていたとしても周囲がざわめくようなことはない場所だ。それゆえに、ギルフォードは質問に素直な答え方をしなかった。


「フレアは王城に届けさせてもらったよ。安全な場所にね。今頃はいつものベッドで眠っているだろう」


「何……クソ!」


 カイルは怒りを叫んだが、ダラスは少し思案するように黙っていた。

 ――『ウロボロスの指輪』そのものが手元にないのだ。目的を達成しようと願うのならば、どうせ王城に攻め入ることはもう避けられない。

 そう、あの男は指輪の価値を理解していなかった。であるなら、無駄に持っておくということもないはずだ。必ず王家に対して売りつけるとダラスは確信していた。あるべき場所に……王家のもとに返るはず。

 ということは、王城から再び盗むということも可能だ。ただ難易度が少し上がったというだけ。そして、そんなものに左右されるような覚悟をダラスは持ち合わせていなかった。


「テメェ、どこまで知ってる……?」


 その結論に気が付かず、カイルはギルフォードになおも問う。

 しかし、またしてもギルフォードはずらした回答を寄越した。


「先日の雷。あの発火は四天王のジェクトのものだろう。見覚えがある。奴は確かに殺したはずだが……まぁ今は置いておくとしようか」


 魔王軍四天王は確かに勇者とその仲間が全員打倒したはずだった。中でも死霊魔術師ジェクトは、直接にギルフォードが手をかけた敵。

 生きているはずはない。ないのだが、あの火事は『竜の吐息ドラゴンブレス』にしか彼には見えなかったのもまた事実だ。遠く離れた場所からの瞬間発火。そんな真似が出来るのは龍族の血を引くジェクトだけだろう。

 それに、貴族の家を燃やすことでギルフォードを釣り出そうという性悪な発想自体、明らかにあの智謀に長けた魔術師のものだ。

 しかし、それだけでは説明がつかないことがあると彼は冷静に分析していた。


「炎はともあれ、光と音は別だ。ジェクトは僕の知る限りあんな魔術を使えない。協力者がいるということは容易に想像がついた」


「ハン、何のことだが……」


 ダラスは白を切ろうとする。彼の演技はそれなりのものだったが……。


「スルエリア家にあるはずの『ククルカンの指輪』まで盗もうと思ったのか?」


「……っ!?」


 そこまで言い当てられては、動じざるを得なかった。


「ジェクトと君たちの目的が同じとは限らない。むしろ、方向だけが一致したと考えるのが自然だろう?」


「へぇ、流石は勇者様だ。推理はお得意らしい」


「いやいや、正直に言えば君たちのおかげで分かったこともあるくらいなんだ」


「あぁ?……まさか、あの家に指輪がないってこと、アンタ達も把握してなかったのか?」


「お恥ずかしい限りだよ、全くね」


 ダラスとカイルが火事に乗じて盗みに入ったスルエリアの家には多くの財宝があった。当主であるあのいけ好かない女が溜め込んだのだろうが、問題はその中に『ククルカンの指輪』がないということ。予想外の事態にその時は焦ったものだが、結局問題ないと割りきった。

 これは彼らにとっては保険だったのだから。本命の『ウロボロスの指輪』は既に手に入れていたのだ。問題などない……はずだった。

 『ウロボロスの指輪』を何者かに奪われる、こういう事態に備えた保険だったのに。なんて、今更何を考えても遅い。


「案外間抜けだな……いや、流石にこれは俺らの言えたことでもねぇか」


 故に、ダラスは自嘲するしかなかったのだが。


「そう、僕は間抜けさ。まさか共に旅をしたパーティーの中に魔族の者がいるとはね……まるで気付いていなかった」


 更に勇者は自らを嘲ったのだから、これにはダラスも呆れ返った。


「ハッ!お前は俺達のことを何も分かっちゃいなかったってことだよ!」


 カイルは開き直って勇者を詰る。

 実は、ダラスとカイルは人に混ざり勇者のパーティーに加わっていた。目的は当然、内部からの勇者抹殺。しかしそれは周知の通り失敗に終わる。

 敗因は二つ。余りにも勇者に隙がなかったことが一つ。彼らが、それでも魔王様が勇者に敗北するはずなどないだろうと高をくくっていたことが、もう一つ。


「殺しておけば良かったと思うか?あぁ、俺たちも同じだ。何故お前を殺せなかったのか、自分を責めなかった日はない」


「知らなかったか?敵のことは見えていても、俺たちのことなんて何も見ていなかった証拠だよ、勇者様よぉ?あぁ、まるで機械のようだった。俺たちなんかよりもアンタが一番人間に見えねぇんだよ!」


 二人はあらん限りの言葉を尽くしてギルフォードを嘲る。


「……そうか。それは残念だ。だったらせめて、今更ながら君達に僕のことを教えるよ」


 しかしギルフォードは動じず、しかし本当に残念そうに言った。


「あぁ?」


「僕は孤児院育ちなんだが、そこの院長が道場をやっててね。子供たちをそこで鍛えていたんだ。そう、グレイルは未だにそこに通っているな」


「孤児院?へぇ……養子だったのか」


 ダラスは意外な出自を聞いて目を丸くする。

 勇者――本名、ギルフォード・レイル・フォン・ヴァレルシュタイン。彼が名家ヴァレルシュタイン家の者であるのは周知の事実である。故に、幼少期の養子縁組を示唆する打ち明け話にダラスは少しだけ驚いたのだ。

 しかし、カミングアウトはそこで終わらなかった。


「その道場なんだが、恥ずかしいことに僕はそこを一月で破門になってしまったんだ」


「何だって?」


 今度こそ、ダラスは本気で驚いた。隣ではカイルも驚愕した様子を見せている。


「アンタは当代最強とまで謳われる伝説の剣士じゃねぇか。何故……?」


「理由か。それは言葉で語る必要はないだろう……さて、そろそろ体力は回復したかい?」


「っ!舐めてんのか、テメェ……!」


 ギルフォードの言葉を受け、ダラスの頬に赤みが差す。敵に情けをかけられた時ほど、己を許せなくなる瞬間はない。人であろうと魔族であろうと、それは戦士であれば誰しもが抱き得る感情だ。


「そうだ、ひとつ教えておこうか。君達は『所有者』であるフレアを殺せば自らが『ウロボロスの指輪』を使えると思っていたようだが、それは間違いだ」


 そんなダラスを見ても、ギルフォードは眉一つ動かさないまま一つの事実を指摘する。


「何?」


「あれは王家の者でしか扱えないという縛りがかけられている。いや、縛りというよりも呪いかな。覆すことは叶わない。フレアが亡くなれば、次は別の王家の者がその『所有者』となるだけさ」


 そこで世界を救った勇者は一呼吸置き。

 唇だけで嗤った。


「例えば……皇女様の夫である男、とかね」


「……っ!?テメェ、一体……?」


「どうしても使いたいのだったら、王家の人間を皆殺しにでもすることだね。と言っても陛下はもう一度所有権を放棄しているから、僕とフレアだけだが」


「……良いぜ。乗ってやるよ、その安い挑発に」


「あぁ、さっきは化物相手に不覚を取ったが、俺たちは人間に負けるような存在じゃねぇ」


 二人が立ち上がると、そこにはおぞましい程の魔力の渦が現出した。

 魔力を練ったのではない。その有り様が、周囲の空気を捻じ曲げている。抑えていなければ、これが本来の姿なのだ。

 ダラスの属性は『光』。本来魔族の魔術には存在しない属性を、人の身のスキルと合わせることで使用するという、半人半魔としての裏技。

 カイルの属性は『音』。こちらは魔術として完成された体系を、ジェクトに見出され磨いた魔族としての本道。

 通常の魔物の何十倍……あるいは、四天王にも届き得る程の魔力の発露を見て、ギルフォードは驚嘆する。相当な手練であると、かつての経験からハッキリと評せる力だ。

 しかし。

 そんなことは何一つ関係がない。

 何故ならば、勇者ギルフォードにとって、倒せない敵は存在しない。

 在るのはただ――倒すべき敵のみであるが故に。


「そうか、僕と戦うか。では僭越ながら披露させて頂こう……気を付けろ、僕の剣技は少々荒い」


 そして、二人の魔族は。

『理由』を知ることになるのだ。


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