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幕間九 『それぞれの事情、それぞれの理由』

「どこに消えやがった……?」


 ダラスは人混みを掻き分けながら呻いた。


「そう遠くへは行ってねぇはずだ。どこかの建物の中だろ!」


 カイルも血眼になって周囲を探しながら叫ぶ。

 諦めるという選択肢はない。

 ――魔王様には恩がある。


「あと少しで手が届くんだ。必ず魔王様を復活させてやる……!」


 単純にして明快な理由を背負って、彼らは皇女様をひたすらに追う。





 ダラスとカイルはとある小さな田舎町に産まれた双子であった。

 それ以外の情報は何一つとして分からない。母親も、父親も、名字さえも知ることを許されなかった。

 彼らにとって最古の記憶は、お互いを除き何一つとして動く物のない地下室。無限の静寂。気が狂うほどの虚無。唯一、彼らと外界を繋ぐものは、朝晩に二度やって来る一人の老婆だけだった。


「お前たちは忌子だ。生涯ここから出ることはない」


 老婆は毎日そう言い続けたが、生まれてこの方誰からも言葉を教わらなかった彼らにはその意味すら理解できなかった。

 何もない。何も知らない。何も考えない。ただ、差し出される食料を貪る以外には、身じろぎすることすらない。

 何年、そんな日々が過ぎていったのかは分からない。

 ある日、それは単なる気まぐれだったのか、それとも嫌になるほど口にしてきた義務の言葉を彼らが理解しないことに苛立ったのか、老婆は彼らに言葉を教え始めた。

 当時既にダラスの体躯は成人と異ならない程に成長していたが、単語すらも喋ることが出来ない状態だった。カイルも当然同じである。

 故に老婆は幼児に教えるように、少しずつ。毎日の料理の名前や、自分の名前、彼らの名前。そんなことを伝えるようになった。

 彼らの吸収は綿が水を吸うかのようだった。元々、知能が低かったわけでは決してない。ただ、知る機会がなかっただけなのだから。

 しばらく経つ頃には、二人はまるで普通の人間のように老婆に接するようになっていた。

 それは必然だったのだろう、子のいなかった老婆はそんな彼らに情を抱いてしまった。

 様々なことを知らせてあげたいと思うようになり。徐々に、彼らの世界には存在しない、花の名前、鳥の名前、季節の名前。そんな外の世界を教えてしまった。

 故に、彼らは理解する。

「お前たちは忌子だ。生涯ここから出ることはない」という言葉の残酷さを。

 そして彼らは尋ねてしまう。

「何故俺たちはここに閉じ込められているんだ?」と。

 同時に懇願してしまう。

「俺たちをここから出してくれないか」と。

 老婆は言葉に詰まった。何も言うことは出来なかった。否、それは言わなかっただけなのかもしれない。何故ならば老婆は、哀れみのような、慈しみのような、あるいは決意のような。そんな表情で彼らをしばらく見つめた後、無言のまま地下室から去って行ったのだから。





 以後、二度とその老婆はやって来なかった。

 後任は機械のような男。

 カイルが老婆はどうなったのかと尋ねても、返ってくる言葉はただ一つのみ。

「お前たちは忌子だ。生涯ここから出ることはない」というものだけだった。

 それでも毎日、ひたすらに同じ質問を続ければ、男も鬱陶しくなったのか。何百回めの質問に。

「死んだ」

 と、投げ捨てるように答えた。

 彼らは馬鹿ではなかった。いや、もう馬鹿ではいられなかった。その言葉の裏にある事情が読み取れないほど、無知ではいられなくなってしまった。教えてくれた人がいたからだ。いた、からだ。

 そして、彼らは人間に対する一切の希望を失った。





 老婆に教わった暦法により、1年と2ヶ月が経過した。

 その日、朝……と言っても、地下室には光が差さない故正確には分からなかったが、とにかく起床してからどれだけ待ってもあの忌々しい男が、つまりは飯がやって来なかった。

 やがて夜になり、もう一度朝が来ても、機械的な男はやって来ない。

 しかし、代わりに現れた者がいた。


「ふむ、二人いるな。半人半魔……なるほど、忌子という訳か。おい、儂の言葉が分かるか?」


 その男……いや、男と言っていいものか。

 頭には二本の角。背には黒衣のマント。周囲が捻じ曲がって見えるほどの威圧感。恐怖、という概念が具象化したような存在がそこに立っていた。


「アンタは……誰、いや……何だ?」


 ダラスは倒れそうになるほどの圧迫感に胸を押さえながら、辛うじて問いかける。


「ほう。儂を前にして口がきけるとは。大した魔力じゃないか。褒美に答えてやろう、儂は魔王。魔族を統べる王だ」


「王……」


 魔王の言葉を反芻したのはカイル。


「貴様もか。面白い。ふむ……儂と来るか?」


「な、に……?」


「この村は滅んだぞ。儂が滅ぼした。もう誰一人として生きてはいない。心中するというのなら止めんが」


「……そうか」


 感慨はなかった。いや、実感がなかったのかもしれない。

 彼らにとって、人間というのはただのシステムだった。自らを苦しめる機構であり、憎しみや恨みすら抱いていたか分からない。漠然と、老婆を殺したことに嫌悪感を持っていたのみで。

 故に、魔王が救いのヒーローに見えたわけではない。心からの忠誠を誓おうと思ったわけでもない。

 ただ。


「外の世界が見たい」


「俺もだ」


「良いだろう。ならばこれは契約だ。ここから出してやる。対価は単純。『儂のために戦え』」


「任せろ」


「やってやるよ」


 彼らにとって、唯一無二の願いを叶えてくれた。

 世界でただ一人の恩人ではあったのだ。


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