幕間七 『表舞台は忙しなく』
「……もう一度言って頂けますか」
バカに持たせてはならないものは3つある。
「だから、盗られちゃったのよ!ひったくりに!」
金と、刃物と、権力だ。
「……最悪だ」
大老、バニスは鬱々とした溜息を吐いた。あってはならないことが平然と起こった、としか言いようがない。
この女貴族、スルエリア。放っておけばただ金を持っているだけの無害な置物かと思っていれば。まさか、金と権力で強引に『ククルカンの指輪』を手に入れた挙句。それを持って出歩いて盗まれるなどという事態、誰が想像出来ようか。
「聞こえてるわよ!ちょっと何?私は被害者よ!」
「……心得ております」
「大体、あんな小さなガキがひったくりだとは誰も思わないでしょう!?」
「……いえ、雑踏でのひったくりは人混みに紛れやすい子供の方が有利なのです」
「知らないわよそんなこと!」
少し考えれば分かるだろう、という言葉をバニスは飲み込んだ。
考えるまでもなく、そんなことを言っても目の前の人物が激昂するだけだということは想像がついたからだ。
……最悪。そう、何が悪いかと言えば、盗まれてから半年もそのことを隠し続けてきたというのだから始末に終えない。自分たちで探してしまおうと思ったのだろうが、それもこうして失敗している。本当にどうしようもない。
「とにかく、急ぎ捜索を致します」
「そうして頂戴」
「しかし、申し訳ございませんが、取り戻した指輪をお返しすることは出来かねます」
「はぁ!?なんでよ!!」
「あれは王家に代々伝わる大切な宝です故」
「私は買ったのよ!正当にお金を払って買ったの!だから私のものよ!」
「重々承知しております。勿論、代金は王家が責任を持ちまして全額返還させて頂きますので……」
「関係ないわ。一度私が買ったの。それを次に売るかどうかは私が決めることよ。違う?」
「……そう仰られましても」
性質の悪いことに、なまじ市場経済の理屈は通っている。一応はその分野で成功を収めた貴族だ。金に関しては間違っていない。
問題は、世の中を回しているのは金だけではないということだ。そんな単純なことすら、スルエリアは理解していなかった。
「承知致しました。もし発見することが出来たら、再びスルエリア様の元に」
「当然ね」
結局、バニスは腹を括った。
先に見つければいい。そして、隠してしまえばいい。勿論彼は理解している。言うことは容易いが、実行するのは難しい。それを出来なかったのが目の前の女貴族だ。
と言っても、やる他ない。こうなれば金を渋っている場合ではないだろう。スルエリアの方の捜索部隊を買収し、茶番を演じてもらうことも想定に入れなければ。
「……最悪だ」
今度こそバニスは目の前で鼻息を荒くするスルエリアに気付かれぬように呟く。
――この歳で早い者勝ちの宝探し遊びをする羽目になるとは。
負けるわけにもいかないゲームの始まりに、バニスは最近痛み始めた腰の療養を放棄した。




