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第七話 『問うまでもないこと』

「さて、ミッション開始だな」


「まぁ、やるのは私なんですが」


「るせぇな。実際交渉するのは俺だろうが」


 勇者を追い返した日から一日置いた日のPM10時……と言ってもこの世界では通じないか。時間の単位自体は同じなのだが、AMとPMという表現はない。もっと言うと、午前何時という言い方もしない。午前、正午、午後という言葉自体はあるのに。不思議でならない。ではなんと言うかと言えば、これは単純。22時と表現する。それは分かりやすくて良いのだが、ただ時計の文字盤が24びっしり書いてあるのは気持ち悪いからなんとかして欲しい。


「じゃあ……やりますね」


 フィーコは屈んで地面にシールのようなものを貼り付け、そこに両手を重ねる。

 それは『中継器』と呼ばれる魔法器だ。

 この世界には電話がない。代わりと言っては何だが、『遠隔感応テレパス』のスキルが存在する。文字通り離れた相手に声や感情を伝えるスキルなのだが、これを応用した魔法器が『感話器』だ。これはスキルを持っていない人間にも、一度限りという条件で使用できるテレパス機械。ただし距離制限が短いため、遠く離れた場所で会話をするには『中継器』と呼ばれる魔法器をポイント毎に置いていく必要がある。一回こっきりのために毎度電話線引かなきゃならんとかハッキリ言って不便の極みで、それほど普及した道具ではない。しかも貼り付けるのにはテレパスのそれなりに上位ランクなスキルが必要だし。

 だが今回のように身代金交渉をするには持って来いだ。実際にこっちが皇女様の身柄を押さえてるって、電話で声でも聞かせないと分からないからな。


「よし……次行きましょう」


 しばらくするとフィーコは首を回しながら立ち上がった。


「おう。しかしお前、テレパスのエキスパートランクなんてよく持ってたよな」


「獣人族は先天的に持っているものなんです」


 フィーコは耳をひょこひょこと動かして自慢した。う、ちょっとクる動作だな。可愛いじゃねぇか。優位に立たれるの嫌だから、おくびにも出してやらねぇけど。


「あぁ、なるほどね。種族的利点か。ラッキーだったな、おかげで王城までのバイパスをこうして繋げるんだし」


 王城のある王都は、実はダスキリアからさほど遠くはない。二つ隣である。

 何故あんな治安の悪い街が王都の近くにあるのかと言えば、むしろ逆であると多くの者は答えるだろう。元々、王都のせいでダスキリアはああなったのだと。

 王都は入場制限をかけていて、少しでも何かやらかすとその者は着の身着のまま追い出される。よって、弾かれた金もない人間が付近で犯罪者と化すのは火を見るより明らかな流れなのだ。

 しかし、そうやって無法者を消し去ることで治安を保っている無菌室。そんな王都に俺たちは今あっさりと侵入しているのだが、これは俺の『気配遮断』マスターランクスキルのおかげである。

 これでもフィーコは認めてくれないんだから困ったものだ。

 というか、自分でも持ってたんだよな、この猫耳。これも種族補正なのだろう。猫っぽい能力だし。


「うーん、この辺の家は大きいですねぇ」


 フィーコは辺りを見回して呟く。


「貴族の家が密集している区画だな。まぁ王都なんて大概金持ちだが、特に優雅な暮らしをしてそうな家ばっかりだぜ……お、ここはベルタージュ家だぜ?ほら、王都でも金持ちで有名な」


「ですねぇ。どうします?ちょっと盗っていきます?」


「バカ、無理だろ。そんな軽いノリで言うなよ。計画もなく忍び込むには厳し……ん?」


 足を止めて空を見る。隣ではフィーコも全く同じ姿勢になっていた。


「……雨」


 ザアアアアア!!


「チッ、ゲリラ豪雨かよ……おい、『中継器』は大丈夫なのか?」


「雨で剥がれたりしませんよ。魔力で貼ってるんですから」


「ならいいや。見つかりにくくなって丁度いい。このまま続行しよう」


「ですね。雨は剣士の敵、盗賊の味方と言いますし」


「へぇ、この世界にはそんな格言があんの……ん?」


 今、音がしたような?


「な、何だ?」


 ゴロロロロ……。


「この音って……」


 蠢くような音の後。


 ピカッ!


「うおっ!」


「きゃっ!」


 光の柱が天から落ちてきた。


「か、雷!?」


「ビックリしました……こんな近くに落ちるなんて」


「お、おいひっつくな。いざという時逃げにくいだろ」


「それはいざという時私を置いていくという意味ですか!?」


「我が身が可愛いんだ俺は!」


「離しませんよ!!……ぎゃっ!?なんかこの辺に落ちまくってる!?」


「よし、逃げよう。それじゃあな」


「別れないで下さい!!あなた自称最強でしょう!?雷くらい何とかしてくださいよ!!」


「雷を何とか出来るなら俺は盗賊なんかやめてそれで食ってくっつぅの!」


 自分の真上に落ちてくると分かっていれば、雷属性の魔法で相殺するとか出来るかもしれんが、流石に見てから迎撃は無理だ。


 ゴロロロロ……ピカッ!


「おいおい、何か街中に落ちまくってるぞ」


 音と光は、断続的に何度も訪れる。ん?……音と光?


「どうしたんですか考えこんで。そんな場合じゃないですって、逃げましょう!」


「バカ。雷相手にどこへ逃げるってんだよ!……それより、変じゃないか?」


「変?って何が……きゃっ!!」


 また雷が落ちる。近くだ。


「どうして音が先なんだ?」


「え?」


 フィーコは一言では理解できないようだった。仕方ないか、義務教育を受けてるわけじゃないだろうし。


「光は音より速いから、先に閃光で後から轟音のはずだろ?近ければ近いほどその差は埋まるもんだが、何にせよ明確に音が早いのは異常だ」


「確かに、普段は光が前かも……ということは、これは普通の雷じゃない?」


「あぁ。誰かが人為的に作ってるんじゃないか?」


「スキルってことですか!?こんな大規模な!?『雷属性』の魔法でもこんなレベルは無理ですよ!MPが切れますって!」


「落ち着け。この雷は幻だ」


「え?」


「仮に幻じゃないとしても、喰らって死ぬ類のものじゃない」


「……なんでそう言えるんですか」


「本当に雷を落としてるなら……後からの音も無いとおかしい」


「あ……」


 そう。先に音があるのはいいとしても、後の音がないのは変だ。


「でも!見て下さいよ!燃えてますって家が何件も!」


 伸ばしたフィーコの人差し指の先では、確かに火の手が上がっていた。それも、どうやら貴族の家が集中しているこの近辺が多い。


「あの光だって無意味に落としてるとは思えない。何か意味があるとしたら……あれが当たった家は燃えるっていう仕組みなんじゃないか?」


「つまりは……燃やすための特定に光を使ってるってことですか?なんでそんな……」


「何か目的があるのかもしれない。例えば……一般人には気付かれないよう雷を装っているが、実は誰かに対してのメッセージだとか」


「誰に対してですか?」


「さぁ?知らね」


「適当!!ていうか、それ口癖になってますよねもう!!」


「良いんだよ、俺らには関係ない話なんだから。大事なのは痛くないってことだけだ」


 そう。自分に関係あることだけ考えればいい。


「さっき至近距離であれを受けたようなものだけど、地面からも感電してないし熱さも全く感じなかったってことだけだ、違うか?」


「それは確かに……」


「俺たちは今濡れてるから電気抵抗が下がってるはずだ。しかも靴じゃなくて転んで地面に手をついた。なのに平気じゃないか」


 確か、通常の人体の抵抗は500Ωほどあるが、濡れている状態ならば10Ωにまで下がる。

 あの距離なら、傷まで負わないとしてもある程度感電しうるはずだ。それが全く感じられないということは……。


「家だけを選んで燃やしてる……?」


「もっと言えば、貴族の家だけを……って見えるな」


 そう。燃えているのはどうも無駄にデカい豪邸ばかり。遠目からでも確認できるような巨大な家から何件も煙が上がっていた。


「貴族の家……」


 俺とフィーコは同時に思い至り、目の前にあった建物を見る。


 ゴロロロロ……ピカッ!


 予想通り、ベルタージュ家の屋敷は雷を食らったかと思うと、一部から火が燃え出した。次いで住人の悲鳴。慌てて外に逃げ出してくるダサいパジャマ姿の偉そうな男や使用人たち。


「どうする?」


 その光景の一部始終を眺めていた俺は、隣で立ち呆ける盗賊娘に質問する。俺の言葉を聞いて、待ってましたとばかりに彼女はニヤリと口の端を上げた。


「決まってるでしょう?」


 そう、問うまでもないことだったな。

 王家との交渉は明日でも出来る。というよりも、この騒ぎの中で向かえば余計な疑いをかけられること間違いなしである。それは避けなければ。全く、こっちは皇女様をだまくらかしてるだけの善良な一般人だぜ。放火魔などでは断じてないってのに。

 故に、王城に行くべきは今ではない。しかし逆に、今しか出来ないこともある。俺達は今を生きている。素晴らしきこの瞬間を。ならば、今出来ることを優先すべきだ。


「じゃ、行くか」


「ええ、行きましょう」


「「火事場泥棒に」」


 俺たちは同時に地面を蹴った。


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