幕間五 『メイドのお仕事番外編』
ベッドメイキングの二つの鉄則。それは一に美しく、ニに手早くだ。
ここで大切なのは優先順位。美しさを犠牲にして手早さを手に入れてはならない、ということ。
大量のベッドを手際良くメイクしていく必要のあるホテルでは別かもしれないが、王家に仕える者としては美への妥協は許されない。
故に、スカーレット・ダリアは、主のいない今こそより丁寧にベッドカバーの端を折ろうと決めていた。普段、他の仕事に回す時間を割いて、最高のベッドを仕上げようと。
スカーレットは幼い頃からフレアに仕えてきた。同年代ということもあり、着替えその他のお世話を任されるまでになってからは、客観的に見ても献身的に尽くしてきたと自己評価を下している。彼女は正直に言って、誰よりもフレアのことを知っているという自負すらあった。皇帝陛下ですらご存知でないであろう、とある秘密を共有しているのは恐らく自分だけだとも思っている。そんな彼女が此度の家出騒動に対して抱いている感想は、何か理由があったのだろう、というものだった。
フレアは陛下や騎士団長……思い上がって言えば私にも、無意味な心配をかけるような方ではない。家出に関して方法も理由も分からないが、それでも彼女はフレアの正しさを確信していた。
しかし、それだけでは収まりがつかないこともある。
――フレア様は無意味な心配をかけるようなことはしない。
――だから、この心配は、意味があるものなんです。
「無事、ですよね……」
視線の先に在るのは、静謐に包まれたベッド。そこに、少し前まで毎日眠っていた人影はない。いつものように、おはよう、と他のメイドに対するよりも少し砕けた口調で言ってくれる人はいない。けれど。
「私は、私の仕事をやらなくちゃ」
そう、いつ彼女が帰ってきてもいいように。王家に仕える者として、全身全霊の能力で以て。
「お帰りになられた日は、今までで一番のベッドでお体を休めて頂きますから」
スカーレットは慣れた手つきで、しかし慣れていないような慎重さでシーツをゆっくりと剥ぎ取っていく。
「……あれ?」
そして、彼女が見つけたのは、分からなかったことの内の一つ。
主のいないその寝具には。
『方法』が眠っていた。