第五話 『盗賊の心得』
フレアがいい加減不審がってるので席に戻ることにした。
その際、俺は話し合いをしていた場所の一番近くにあったテーブルの上に無言でダレル金貨を1枚置いていく。そこに座っていたのは見るからに悪人面をした大男二人組。彼らは俺の顔と金貨を交互に見て、最後にはニカッと歯を見せてこちらに笑った。俺たちの相談の内容が聞こえていたかどうかは知らんが、どっちにせよこれである程度は喋らないでくれるだろう。
「ユージン、あなた元々犯罪者だったワケじゃないんですよね……?」
「ん?昔はそうだな、引きこもりではあったけど犯罪に手を出したことはない」
「慣れすぎてません?」
「いや、普通にしてるつもりなんだが」
「そうですか。根っからの犯罪者なんですね……あと、今結構奮発してましたけど」
「デカい儲けを出したかったら、デカい投資がいるんだよ。そこをケチる奴は永遠に成功しない」
「なんというか、正しいことを言ってるのかもしれないですけど、私たちがやろうとしてるのは強請りだからなぁ……」
「まぁまぁ、そろそろ黙ろうぜ。聞こえちゃうぞ」
「ですね……お待たせしました」
俺たちは作り笑いでフレアに話しかける。
任せろ、白々しい演技ならプロだ。いや、黒々しいと言うべきかもしれないが。
「いえ、全然……それで、その」
「受けるよ。指輪、探してやる」
「本当ですか!ありがとうございます!」
またその笑顔だ。俺は少し目を逸らしながら続けた。
「で、詳しく教えてくれ」
「えぇと……詳しく、とは?」
「どういう状況で盗まれたかだよ」
するとフレアは途端にしゅんとしてしまう。
「その、先程申し上げた通り、私はいきなり意識を失ってしまっているようなので……」
「え、マジか。じゃあ手がかりゼロ?」
「はい……見知らぬ廃屋で寝かされていたこと以外は全く」
はぁ、これは厳しいぞ。どうやって探したらいいんだよ。それに……。
「廃屋でねぇ……そんなの、何があっても不思議じゃないぞ」
「何が、とは?」
皇女様は本気で分かっていないご様子だった。
「だからほら、貞操とか、純潔とか、処女とか」
「ひゃっ!?」
驚いて手を一瞬口元に持って行ったと思ったら……その後、手でドレスの上から股間を押さえた。おお、赤い顔で下半身を押さえる皇女様。これはエロい。思ったよりもエロい。下手に脱ぐよりもクるものがあるかもしれない。
「フレア様、流石にそのポーズははしたなさすぎると思いますよ……」
フィーコがおずおずと指摘する。
「いえ、様付けは結構ですから。敬語も不要です」
が、ローラの気になるポイントは言葉遣いだったらしい。
手は動かさないで、アレなポーズのままそんなことを言われてもフィーコだって困惑するだけだ。
「……そう。じゃあフレア、今自分がどんな格好をしているか分かる?」
「自分が……ああっ!」
ようやく手を下半身から離して、所在なさげに胸の前でわたわたとさせ始めた。
「な、なんてことさせるんですか!!」
「今のは俺のせいじゃないぞ、間違いなく。自業自得だろ、なぁ?」
申し訳なさそうにしているフィーコに尋ねる。フィーコはチラッと俺とフレアを見比べて……。
「……いえ、恐らくこの男の発言には女性にはしたない行為に及ばせる力が有るのかと」
「権力に靡いた!?……いーいだろう、だったらお前もやれよ。ほら、いやらしいポーズを取れ、オラ!」
「私には耐性があるので効きません」
「ガキかお前は!」
と、気が付けば隣で世間知らずのお姫様が震えていた。
「や、やっぱり……外の男性は恐ろしいのですね」
「恐ろしいのは嘘にまみれたそこの女だよ」
「いえ、自業自得じゃないですか?」
コイツ……!
「お前、今度絶対に泣かす。いいか、俺が泣かすと言ったら本当に泣かすからな」
小学校の頃、ガチで女の子を泣かせて職員室に連れて行かれたことが何度かあるぞ俺は。
「あ、あの!……その、一応、大丈夫みたいです」
不穏な空気を察してか、フレアが横断歩道を渡る時のように真っ直ぐ手を上げて主張してきた。
「何が……あぁ、処女か。なに、服の上からでもすぐ分かるもんなの?」
痛みとか?男だからよく分からないけど。俺は目線でフィーコに答えを促す。
「知りませんよ。なんで私に訊くんですか」
「え、だってお前……え?まさか、え?処女なの?」
「……そうですけど」
少し俯いて恥ずかしそうにフィーコは言う。
マジかコイツ、普段あれだけ大人アピールしてきて。さっきだって、確か……。
「……お酒が飲める年齢ですから(笑)」
「うるさいですよ!どうせユージンも童貞でしょう?」
勝手な決め付けで俺を指差してキレてきた。横でフレアが引いてるけど、大丈夫ですかね?俺は別に気にしないんですけど。ふっ、大体この俺に向かって童貞だと?甘いな。俺は今日一番のキメ顔を作って宣言する。
「残念でしたー!風俗行ったことありますー!」
「素人童貞宣言!?全く自慢になってないですけど!大体、あなたのどこにそんなお金があったんですか!」
「昔、親の金で行った」
「クズ過ぎますー!!」
バコン、と机を叩いて立ち上がるフィーコ。
あ、まただこれ。またこのパターンだ。俺たちは店内の注目を限界まで集めていた。いつも少しからかうとこうなって困る。からかうなと言われたら俺が困る。俺はこれでしかコミュニケーションが取れない人間なのだ。
已む無く、いつも通りに店を出て家に帰ることにした。
「えーと、どこまで話したんだっけか」
ダスキリア第七ブロックにある廃ホテル。フレアを連れて酒場から帰ってきたのはその3階の一室だ。
俺たちは普段ここをねぐらにしている。この建物には割と多くの人間が住んでいるのだが、不干渉が暗黙のルールとなっているのが実に暗黒街らしい。一人くらい住人が増えてもまず問題ない。無料で使えるし、一応ベッドもあるし、悪くない場所だ。ただ、地震が来たらどうなるか分かったものではないと俺は思ってしまうが、この世界では日本と違って震度4以上なんてほとんど来ないみたいだし大丈夫だろう。
「わ、私が指輪を盗まれたらしいというところまででしょうか」
「えーと、そうだ。廃屋でこんな身なりのお姫様が寝かされていて、何もないなんてことあるかねぇ?って話だったんだったな」
「だ、誰かが私を陰ながら目を覚ますまで守ってくれていたとかでしょうか?」
「え?……お、おう。一瞬ビビるほどお人好しな発想してるな。あるわけないだろそんなの」
俺がそう本気で驚きながら言うと、フレアは少しむっとしてしまう。唇を尖らせるのはやめていただきたい。ここは二次元じゃないんだから。頬を膨らませないだけマシだけど。
「どうしてそう言い切れるんですか?」
「あのなぁ。無報酬でそんなことしてくれる人なんているわけないだろ。大体、そうだったらなんで起きた時いないんだよ」
「なにか事情があったのかも……」
「あり得ん。はいはい、お終い。次……」
「私、その方にお礼が言いたいです!」
「話を聞かないなアンタも」
どうも、俺の周りの女達の耳は飾りらしい。まぁこの点に関しては俺も人のこと言えないんだけど。
「……分かった。片手間でよければ探してやるよ」
「本当ですか!ありがとうございます!」
「事実は小説よりも奇なりと言うからな」
喜ぶフレアを横目に、フィーコは明らかに不信感丸出しの目をしていた。
「何を企んでるんですか?」
小声で俺に尋ねてくる。
「……マジで目撃者がいたらラッキーだろ。大体、そもそも別に指輪自体見つからなくてもいいんだ。欲しいのはこの子の信頼と時間なんだから」
「なるほど。相変わらず黒いですね」
ほっとけ。
「さて。じゃあとりあえず方針は固まったし今日は寝るか」
「ですね。夜も遅いですし」
俺たちが伸びをしながら言うと、何故かフレアはキョロキョロと周りを見て焦りだした。
「あ、あの!」
「ん?」
「こ、この部屋……ベッドが一つしかないんですけど」
「そりゃそうだ。シングルの部屋だからな」
ここは3階。すべての部屋がシングルである。4階より上にはダブルベッドの部屋もあるのだが、あまり夜に足を踏み入れたくはない。理由はまぁ……察してくれ。
「え、えぇと……わ、私は床でいいですから」
「何を言うんだ。仮にも皇女様だろう、是非ベッドで寝てくれよ」
「そんなの無理です!」
「大丈夫だって。王城のベッドにはそりゃ負けるだろうけど、一応ホテルだ。それなりにスプリングも効いてるぞ」
俺は腰掛けているベッドの横をポンポンと叩いて弾力をアピールする。実際、割と良い環境だと思う。少なくとも昨日寝かされていたという廃屋よりは大分マシだろう。
「で、ででで、ですから!その、私は……せっかく大丈夫でしたのに!」
「何が?」
「しょ……」
俯いてぷるぷると震えるドレス姿の皇女様。良いね、最高じゃないか。でもまだ許してあげないけど。
「書?何か書くのか?」
「違います!」
「じゃあ何だよ」
「しょ……処女膜です!」
大きな声であった。何かが吹っ切れたような声であった。作戦成功であった。
そして、事ここに至ってようやく俺が皇女様にセクハラをしているということに気付いた愚か者が今更慌てている。
「ふ、フレア!隣の部屋!いっぱい部屋余ってるから!隣の部屋で寝ればいいんだって!」
「……え?」
「いやぁ、『膜』とはね。分かります?この『膜』が最後に付くか否かでエロさが大違いだよ。なぁ?」
俺は虚空に向かって同意を求める。
「分かりません。死んでください」
答えてくれたのは現実でキレてる女だった。
「あ、ああ……また私はなんてはしたないことを……」
もう一人の方はバッドに落ちている。悪いことをしたな。でも俺は悪い奴なので良しとしよう。
……あれ?そういや俺はこの女の子の信頼とか得なきゃいけないのでは?完全に忘れてたぞ。ヤバい。明日から挽回しないと。
「行こう。ここにいたら心と体が汚れちゃう」
「で、でも……隣の部屋でも襲われるかも……」
「大丈夫。私が守るから。私の部屋で一緒に寝よう」
「フィーコさん……」
「ね?」
なんか女同士の友情が芽生えていた。む、ハブられるのは気に入らないな。
「フレア、その女レズだぞ。しかも処女専」
「ひぃぃぃ!!逃げ場がありませんでした!!私の貞操は今日で終わりですぅ!!」
「嘘だから!!余計なこと言わないで下さいこのバカ!!」
「何?17人目?酷いな、そんなに食ってきたのか……」
「ひぃぃぃ!!破瓜の血をコレクションされますぅ!!」
「それは想像力が逞しすぎて私もかなり引きますけど!?あなた本当に皇女様なんですよね!?」
俺たちは、いつも異常に騒がしいけれど。
今日はなんだか、いつも以上に騒がしい。
「んで、どうやって探すかねぇ……」
翌日から俺たちは捜索を開始した。
とりあえず今はダスキリアの大通りを歩いている。襲われたのがこの街なら、まだ犯人も近くにいるかもしれないからだ。
ちなみにフレアはフィーコの服を着ている。一応、手持ちの中では質が良い物を選んだらしい。それでも如何にも町娘といった風情になっている。皇女様の顔を知らない者にはまずバレないだろう。
「正直に言えば、恩人さんの方はヒントがなさ過ぎて厳しいぞ。泥棒……というか、強盗の方はまだしもな」
「それは……分かっているつもりです。指輪だけでも見つける協力をしてくださるのなら十分ありがたいので」
「そう、当面はそっちだ。そこでまず確認なんだが、その指輪には王家の紋章が刻印されてんだよな?」
「はい。そうです」
「そして、その紋章はこの国の人間ならみんな知っていると」
「むしろ、なんでユージンは知らないんですか?外国から来たとか言ってましたけど、トール王国の紋章を知らないなんて……本当に異世界から来たわけでもないでしょうに」
本当に異世界から来たんだよ、これが。フレアの手前、面倒だから言わないけど。
トール王国。俺たちが今いるこの国の名前だ。この世界の全体地図を見たことがないからよく分からないが、一応それなりの大国らしいということは分かった。更に言えば魔王を討った勇者が出たのはこの国だ。それで国際的な地位も上がったのかもしれない。他所の国にもその名誉は轟いているのだろう。当然、俺の国ニッポンには届いてなかったけど。
まぁ問題はこの世界での話だ。そんな模様入りの指輪なんぞ流通させられないというのが問題。
「てことは、恐らく売るのが目的なのではなく、王家と何らかの関係がある人間の犯行だと考えられるよな」
「そう、ですね……」
「ということで、買った恨みに心当たりは?」
「ユージン!失礼ですって!」
「いえ、構いません。ですが、正直に言って分からないのです。もしかすると、王家に不満のある者はいるのかもしれませんが、私には……」
なるほど。純粋培養の箱入り娘ってことか。黒い話など知らされていないらしい。まぁどうせ王族なんて恨みのバーゲンセールに違いない。それだけで特定は出来ないだろう。
「おっと、すみません」
俺はそこで人とぶつかってしまった。ここは市場に続く大通りだから人も多い。そういや、最近考えてみて分かったのだが、俺のぶつかりスキルは『気配遮断』のスキルが多少漏れてるのが原因なのだろう。
「……」
相手は頭も下げずに去っていってしまう。礼儀のなってない奴だ。
「全く……は、金も大して入ってねぇや。見ろよ、無礼な奴は成功しないといういい例だぜ」
「って……えええ!!それどうしたんですか!?」
俺が財布の中を物色していると、フレアが驚いてこっちを指差してきた。
「スッたけど」
「す……今盗んだんですか!?いつの間に……っていうか、ダメですよ!人の物を盗んだりしたら!」
「はっ、お前誰に物を言ってるんだ?『盗賊の心得』が分かってないな、甘ちゃんが」
「あの、ユージンは少し調子に乗りすぎですよ。いくらフレアが普通に喋ることを許してくれてるとしても、何を言ってもいいわけじゃないですからね」
外野は無視しよう。
「いいかフレア、盗賊にはな……盗める物を盗まないなどという選択肢はない。尻ポケットに財布なんぞ入れてる世間知らずのほうが悪い」
「そんな……」
「言ってみれば、俺はお前にもあんまり同情していない。自業自得だと思ってる」
「じゃあ……どうして助けてくれているんですか?」
「助けてない。対等な契約だ。聖金貨1枚で指輪の捜索を請け負ったんだよ」
「……」
フレアは悲しげな表情で黙ってしまう。
あれ?これでいいんだよな?皇女様みたいなキャラはこうやって厳しいことを言うと惚れるんだよな?そういうアニメ、日本でいっぱい見たし。
というかもう昨日からそういう方針で接しちゃってるから今更変えられないんだけど……いやごめん見栄張った。昨日は普通に素でした、はい。寝る前にこれからの挽回策を考えた結果、このまま突っ張ればいいんじゃね?と半ばヤケに考えただけです、はい。
「ユージン、ちょっと」
その様子を見たフィーコが袖を引っ張って耳打ちしてくる。
「全く信頼を得られていない気がしますけど」
「あれぇ?俺もしかして間違ってる?」
「まさかとは思いますが、好かれようとして今の発言してたんですか?」
「うん」
即答した。
「あなた、狂ってるんですか!?」
狂人扱いされた。心外だ。俺がおかしいのなら、世のライトノベル主人公たちもみんな頭がおかしいことになる。
「ちょっと待ってくれ。ミスったかもしれん。セーブデータをロードしたい」
「何言ってるか分かりませんけど、とりあえず現実逃避はやめて下さい」
「こんなはずじゃなかったんだが……」
「ユージンって、犯罪の策を練ってる時とかは頭良く見えますけど、対人関係は終わってますよね」
しゃあないだろうが。元ヒキニートなんだよこっちは。
皇女様の方を見れば、まだ俯いたままだった。どうしようこれ。
「あー、あの……」
「私、こんなに酷いことを言われたのは生まれて初めてです」
「いやそれはな、その」
「……でも、あなたの言うとおりかもしれません。私は甘かったのかもしれないです」
「だろ!?ほらー、選択肢合ってたー!」
やっぱ良いんじゃんこれで!いやービビらすなよな!最初からそうしてろバーカ!それにしても萌えアニメ様々だぜ!
「選択肢?」
「何でもないです、はい」
「……えと、よく分からないですけど、とにかくこれからはしっかりしようと思います」
「うむ、苦しゅうない」
「だから、何様なんですかあなたは……」
よし、好感度も得たことだし、本格的に探しものを始めるか。
……本当に得られたんだろうか?
いや、気にしないことにしよう。今は指輪だ、指輪。
「ともかく、歩き回ろう」
「……それ、無策って言うんじゃないですか?」
俺の出たとこ勝負案にフィーコが辛辣なカウンターを下さった。
「じゃあどうしろって言うんだよ、他にどうしろって言うんだよ」
「それは……聞き込みとかですか?」
「勿論、それもやるつもりだ。でもなぁ……金が目的じゃない以上、誰かに見せたりするのかね?」
「お、オシャレ目的であったなら見せると思います!」
おっと、皇女様がまた世間知らずなことを言い出したぞ。
「強盗した指輪ってどんなリスキーなオシャレなんだよ」
「ギリギリを攻めるのが外の世界のファッションだと聞きました」
誰だコイツに外の世界とやらを教えたのは。
「大体ダスキリアの連中は今日食うものにも困ってるような輩ばっかりで……」
待てよ?
そうだ、ダスキリアの連中に限って、人を襲っておいて金を盗らないなどということはあり得ない。『盗賊の心得』だ。半年ほどの付き合いだが、俺はこの街の人間のクズさを信頼している。仮に目的が指輪にあったのだとしても、ついでに金も奪う。間違いない。ということは。
「確認だが、金は奪われてないんだよな?」
「えぇと、はい……あれ?」
フレアは自分の財布を漁り、ふと気付いたように声を漏らした。
「どうした?」
「……減っています」
「何ぃ?持ってたじゃないか、聖金貨」
「ですから、なくなっているのではなく、減っているのです」
「……はぁ?数枚だけ盗まれたとでも?」
「どうやらそのようです」
「そのよう、ってお前……そんなのあり得ないだろ」
余計に意味不明だぞ、それ。何だよそれ、盗るなら全額だろ普通。
「いや、ユージンは極端に走り過ぎですよ。別人なんじゃないですか?」
理解出来なくなって頭を抱える俺に、フィーコが新しい選択肢を出してきた。
「別人?あぁ、金の窃盗犯と指輪の強盗犯がってことか」
「はい。確かに昏倒までさせておいて全額盗まないのは不自然ですが、たまたま気絶している女の子から少しお金を抜いてやろうという人なら残しておいてあげるのもあり得るかと」
「ないだろ。それでも全額だろ」
はい?何を言っているのか普通に分からないんだけど。
「いえ、あるんです……ユージンは善人を想定出来ないんですね」
俺がきょとんとしていたら、フィーコは断言してきた。えぇ?あるかなぁ、そんなこと。
「善人なんて少なくともこの街にはいやしねぇよ。まぁいいや、確かに別人説で、何らかの理由があったなら数枚抜きもあるとしよう」
というか、別人ということにしないと俺の仮説がぶっ壊れる。
「そう、ともかくだ。指輪強盗が金を奪っていないのだとすると……そいつは恐らくダスキリアの住人じゃない」
「それは確かにそうですね」
「えぇ?分かっちゃうんですか?」
「ごめんフレア、これは間違いないよ。私もさっきはユージンに反論したけど、人が倒れてたらお金全額貰うもの」
「そ、そんな……」
フレアはショックを受けている。ふん、下手に優しくするからだ。優しくしないことが俺の優しさだぜ。
「良し、ともあれその線で聞きこみ開始だ。おい、そこのおっさん」
道端で昼間から酒を飲んでいるおっさんに声をかける。服は何週間洗ってないんだよみたいな状態のくせに、酒だけは今日だけで何瓶空けてるんだよってくらい顔が赤かった……大体がこんな人間がいる時点でこの街の治安はお察しだな。
「あぁ?」
うわ、酒臭ぇ。訊く相手間違えたような気もするが、まぁいい。訊くだけならタダだ。
「質問があんだけど」
「……」
おっさんは無言で右手を差し出してきた。手のひらが太陽に向いた方で。
……タダじゃなかった。
「……クソが!」
俺はベル銀貨を1枚叩きつけるように握らせる。
「あんがとよ。で、質問って何だよ」
あからさまにニヤけながら銀貨を懐にしまい、ようやくおっさんは話に応じてくれた。
「最近、この街の住人じゃない人間を見かけたことはないか?」
「ないな。それじゃ」
おっさんはあっさりと一言だけ答えて背を向けた。
「おい!返せよ金!」
「バカか。これは質問代だ。返すわけないだろ」
「あぁどうせそうだと思ったよ!消えろ!」
「ヒヒ、毎度あり」
邪悪な顔をしておっさんは路地裏に消えて行った。おい。これヤバいぞ。この街で聞き込みなんかしたら金がいくらあっても足りん。
「なんて強欲な……」
ほらウチの皇女様なんてカルチャーショックを受けてらっしゃる。
俺もビックリだよ。カスしかいねぇよこの街。質問の答えが出せるならともかく、訊くだけで金を取るのは度し難い。どんだけお前のタイムはマネーなんだよ。ま、俺も立場が逆だったら取るけど。
「どうするよ、これ」
「投資はケチらないんじゃなかったんですか?」
「これは話が違うだろ。今10秒で銀貨1枚飛んだぞ。このペースだと破産するわ」
「そうですねぇ。これは作戦変更しましょうか」
「どんな風に?」
「食事処で頼む時とかに聞きましょう。それなら無駄金を払わずに聞き込み出来ます」
「悪くない案だ。とすると、街中では歩き回って足で探す感じか?」
「そうなりますね。私たちだってここの住人だし、見慣れない人がいたら分かるでしょう?」
「そりゃごもっとも。それでいいか?」
俺はフレアの方に問いかける。
「はい、私はお二人に任せます」
「……良い案思い付いたら言えよ?」
「え?」
「だから、思考放棄して人任せにするなって言ってんの。自分の案件だろ?自分でも考えろ」
「……そんなこと言われたのも初めてです」
フレアは熱に浮かされたような顔で呟いた。
「お前の初めてなんて、この街じゃ秒で奪われまくりだぞ」
「そんな!……でも、それがお城の外ってことなんですね」
お、意外と立ち直りが早いな。感心感心。
「その通り。今まで甘みしか知らなかったんだろ?残念ながらこの街には酸いしかないからな。とくと噛み分けるといい」
「……はい」
嬉しいのか悲しいのか判然としない不思議な表情のフレアを見ながら、俺はこの時、なんだかんだ言って何とかなるかな、なんて軽く考えていたのだった。




