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プロローグ 『拝啓、勇者候補様へ』

 ――過ごしやすい気温だな。

 俺は初め、そんなことを考えていたように思う。

 春の風を感じながら桜並木を眺めていたのではない。

 秋の空を見上げながらずっとこのまま冬が来なかったらいいのにと考えていたわけでもない。

 俺が気温について考えていたのは、そんな情緒に基づく理由ではなく、他に感じられることが何一つなかったからだった。


「あぁ……?」


 見渡す限り何もない。

 ただただ白の闇が広がるだけの空間。

 俺は気が付いた時には何故かそんなところで寝転がっていた。


「何してたんだっけか……」


 記憶が曖昧だ。どういう経緯でここにいるのか想像もつかない。


「そもそもここはどこなんだ……?」


 とりあえず歩いてみれば何か活路が見出だせるかもしれないと、当てもなく足を前に出した瞬間。


「うおっ!?」


 ポップアップ。

 そうとしか表現できない唐突さで、目の前にピンクの便箋が出現した。

 は?いや待て。今のおかしいだろ。

 何もなかったじゃねぇかよ、1秒前まで。

 どこから現れたんだよ、これ。


「……しかしまぁ、読むしかないんだろ?」


 こういう事態はゲームではよくある。

 意味不明な状況は、唯一の選択肢を選べば先に進むはずだ。

 ……既にゲームオーバーでなければ、だが。


『拝啓、勇者候補様へ』


 中から取り出した手紙は、割と丁寧な書き出しだった。

 綺麗……というよりも、印刷したかのように整った字が並んでいる。


『まずは謝罪を。貴方様は訳も分からず困惑していることと存じます。こんなところに連れて来てしまって申し訳ありません』


 仰る通りだ。俺は何故ここにいるんだ?


『理由ですか?一言で言えば、貴方様は死にました』


「えぇっ!?」


 声に出して驚いてしまった。

 なんでだよ!なんで俺が死んだんだ!


『死因は心臓発作ですね』


 そんな唐突な!ノートに名前でも書かれたのかよ!


『貴方様の顔と名前を知っている方なんていらっしゃったのですか?』


 ふざけんな!いるに決まってんだろ!

 ……両親とか。


『それはすみません。ですが、本当の原因は不摂生な生活にあると思いますよ?』


 確かにそう言われると反論できなかった。


『これからは好きだからってカップ麺ばかりの食生活は改善してくださいね』


 はぁ、まぁ……って、これから?そんなこと言っても俺はもう死んだんじゃ?

 ていうかここはどこだ?天国か?


『貴方自分が天国に行けると思ってたんですか!?』


「素でビックリするな!しかもいつの間にか様付けが取れてるし!」


 また叫んでしまった。

 ん?待てよ。おかしくないかこれ。

 なんで俺はさっきから、手紙と会話してるんだ?

 まるで、俺の思考に合わせて読むべき文字が書かれていくような……。


『はい、その通りです。貴方はこの手紙を通じて、神である私とコミュニケーションを取っているのです』


 神?やっぱりここは天国なのか?


『それは本当にないです。ついでに言うと、まだ地獄でもないです』


 よっぽど俺を天国に行かせたくないらしいな。


『ええ、勿論。私の見立てでは、貴方は最悪な人間ですから』


 ……言ってくれるじゃねぇか。


『ここ何ヶ月かで亡くなった人間の中から、最もクズな人を探したら、貴方になりました』


 喧嘩売ってんのか!


『ほら!やっぱり!神に向かって不遜にもその態度!私の思った通りの人物像ですね』


 あのなぁ……今のを聞いたら誰でもキレると思うぞ。


『まぁ他にもいくつか条件はあったんです。私の言うことを聞いてくれそうだとか』


 俺が?アンタの言うことを聞く?ふぅん。もう今まるでその気ないんですけど。


『後は……元の世界に、未練がなさそうな人』


 それは……そうだろうな。

 なにせニートだし。親のすねかじり虫だし。友達も恋人もいないし。


『他にもあるんですけど、聞きますか?』


 ……もういい。なんか疲れてきた。

 んで、なんでアンタは性格の悪さその他諸々グランプリを開催してたんだよ。


『魔物を殺しても罪悪感とか抱かない人を見つけたかったのです。貴方はいつも画面の中で人を撃っていたようですから』


 それはゲームだからだよ!現実で人を撃ったりしねぇよ!


『大丈夫です。貴方の性根の腐り具合は私が保証します』


 んな保証いるか!……って、魔物?


『はい。貴方には勇者として別の世界に転生して、魔王を倒して頂きたいのです』


「異世界転生!?」


 心を読まれるのだと分かっていても、やはり驚くと声が出てしまうのは避けられないな。

 もういいや、いっそ普通に喋ろう。どうせ紙と会話してても誰も見てねぇし。

 ……今のは紙と神をかけた駄洒落じゃないからな?


『説明しなくていいです。その思考も筒抜けなんですから』


「ほっとけ!んで、能力は?ステータスは?やっぱり最強か?そうなんだろ?」


『そうですね。レベルはカンスト。ステは完璧。スキルも最強です』


「うおおおお!!」


 ていうか、この神様結構ゲーム用語とか知ってんのな。さっきも漫画ネタが通じたし。


『趣味です』


「ロクでもねぇな!?まぁそんなことどうでもいいや。よっし任せとけ、俺が魔王くらいサクッと倒してきてやるよ」


 最高にテンション上がってきたぞ。

 正直その世界の平和なんて知ったことではないが、魔王とのバトルは憧れるものがある。自分が最強ならば尚更楽しそうだ。

 良かった今まで生きてきて!あ、いや死んだんだっけか?


『頼もしいです!それじゃあ、そろそろモンスターを送り込みますね』


「は?今なんて?」


『ですから、モンスターを。今からその空間でレベル上げをしてもらいますので』


「はああああ!?なんだそりゃ!!最初から最強じゃねぇの!?」


『私、そういうの好きじゃないのです。やっぱり人は努力しなくっちゃ!』


「ふっざけんなよ!俺は努力という言葉がこの世で一番嫌いなんだ!」


 二番目が『頑張る』。三番目が『労働』。


『貴方がそう言うことは私が誰よりも予測してました。でも今まで何人かをチート無しで勇者としてその世界に向かわせてしまっているのです』


「え?それが何だよ?」


 そんなの何も関係なくね?


『そ、そこで素の疑問が出てくるっていうのは私でも予想外でしたが……つまり、貴方だけズルはさせてあげられないということです』


「はぁ?てかなんで他の人らも最初から強くしとかなかったんだよ。魔王を倒したかったんだろ?」


『私だってこんな方法は取りたくなかったのです。でも事態はかなり切羽詰まっていて、こういう少し歪な手段を……』


「知らねぇよそっちの事情は」


『あ、貴方が訊いてきたのですが……』


「大体、レベルカンストスキル完璧までここでレベル上げって、何年かかんだよ」


 真っ白にだだっ広い空間を見渡す。どこにも出口は見当たらない。

 チクショウ、最初はどうやってここに来たのかばかりを考えていたが、今はどうやってここを出るのかばかりを考える羽目になっている。


『その空間は時間の流れが凄くゆっくりなんです。下界の時間で一ヶ月もあれば終わると思います』


「……体感時間では?」


『レベルに応じて最も経験値効率の良いモンスターを出現させますので』


「おい、俺は時間を訊いたぞ」


『……不眠不休で3年くらい』


「降りる!俺は降りるぞ!そのモンスターとやらに殺されてやる!」


 バカか、コイツは!この虚無空間で3年ひたすらレベル上げ?気が狂うわそんなの!俺はRPGのレベル上げさえ嫌いなんだぞ!

 徹底抗戦……いや、徹底降伏だ。自殺してやる! 


『死ねませんよ?その空間では死ねないし、お腹も空かないし、眠くならないし、疲れないし、トイレにも行きたくなりません』


「はぁぁぁ!?」


『諦めて目を瞑って横になってても、体中をモンスターが這い回ってたら気持ち悪くてつい倒しちゃうと思いますよ?あ、五感はちゃんとありますから』


「最悪だ!!助けてくれ!!神様、俺を助けろ!!」


『私が神です』


「邪神だ!」


『はーい、という訳でスタートしますね。勇者候……いえ、一悠人にのまえゆうじんさん。頑張ってください(はぁと』


「(はぁと、じゃねぇぇぇ!!」


 空からスライムのようなモンスターが降ってくるのと同時に。

 俺は怒りに任せて手紙を破り捨てた。


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