N市
S市全滅。
その報せは各地の成人式を控えた者たち、正確にはDQN成人候補認定を受けた者たちに衝撃を与えた。
S市といえば全国でもトップのDQNの多さで知られている。
そのS市が全滅という事実は今年の『成人の儀』がかつてない凶悪さを誇ることを示していた。
N市のとある不良チームにもその報せは届いていた。
「ど、どうしようアニキ。S市が全滅だなんて……国は成人の儀にかこつけて本格的にDQN狩りを始めたに違いねえ!」
「うろたえるんじゃねえ! S市の不良なんぞ数と威勢だけは一人前の烏合の衆だ。俺たち裂蔭暴兎の精鋭からしてみれば大したことはねえ」
うろたえる爆竹野郎に裂蔭暴兎の頭領、ハゲウサ耳は一喝する。
一瞬にして静まり返ったチームに対してハゲウサ耳は凶悪な笑みを浮かべ演説を始めた。
「俺たち裂蔭暴兎は数々の修羅場を潜り抜けてきた。他のチームの奴らと縄張り争いで死にかけたこともあったしサツにも何度も捕まったこともある。しかしそのすべてを俺たちの絆と結束で打ち破ってきた。俺たちを圧倒出来たチームが今まであったか? サツは俺たちの活動を止めることができたか? どうだ、上半身全裸」
ハゲウサ耳が問いかけると上半身全裸は自信満々に答えた。
「いいや、一度もなかったな」
その答えにハゲウサ耳は満足そうに頷く。
「そうだ! 俺たちは最強だ! S市のザコ共とは格が違う! サツで俺らの名前を知らねえやつはいないし警○24時に出演したこともある! それを今度の成人の儀で実行委員の奴らに、いや全国に知らしめてやろうぜ!」
リーダーハゲウサ耳の鼓舞にチーム裂蔭暴兎は鬨を上げる。
しかしこの後、恐ろしい試練が裂蔭暴兎を襲うことを、この時は誰も知らなかった。
成人の儀当日、『裂蔭暴兎』と刺繍されたノースリーブコートを身にまとい、改造車にしこたま爆竹を詰め込んでチーム裂蔭暴兎はやってきた。
チームメンバーは改造車から飛び降りると名乗りを上げる
「チーム裂蔭暴兎の鉄砲玉! 礼儀? 立場? 知らねえな! 爆竹野郎!」
「俺は俺の乗りたい車に乗っていく。 チームの機材担当、痛車マン!」
「袴なんか必要ねぇ! 俺の肉体を見ろ! 上半身全裸!」
「チームの紅一点、アタシ超いけてるっしょ? ガングロ!」
「よく分かんねえけどノリで参加した! ボウズ頭!」
「チームの頭脳担当! とりあえず服と髪派手にしとけば個性的だろ? 緑アフロ!」
「そして俺が裂蔭暴兎が首領であり最強の不良、ハゲウサ耳だ!」
会場の周辺には誰一人としていなかったので反応はなかった。
成人の儀当日は会場の付近はDQNが集まるため一般人は絶対に近寄らない。
加えて先日のS市の件で多くのDQNが成人の儀への挑戦を諦めたからだ。
成人の儀への挑戦は通常の成人式同様任意であり、参加したくないものは参加を辞退することができる。
成人式と違うのは成人の儀を辞退したものは今後一切成人と名乗る権利を失ってしまうという一点。
であれば本来ならば死に物狂いで挑戦し成人の権利を得るのが通常である。
しかし所詮はDQN、学校で真っ当に勉強するのが嫌で逃げ出した根性なしが大半を占める集団だ。
今回も成人の儀が厳しいものであると分かると「真面目に成人の儀に挑むとかダッセーしぃ? 俺別に成人じゃなくてもいいっす。俺たち名前に縛られるような生き方してないんで」と謎の言い訳を残して大半が脱落してしまった。
しかし下調べをするという知能の足りないDQN達は知らなかった。
この社会で『成人でない』20歳以上の人間が人はおろか家畜以下の扱いをされるということを。
彼らの行く末はまた後日……。
さて、会場へ到着した一同であったが入り口には誰もいなかった。
「おや、トゥイッターで見た情報では会場の入り口にはやたら強い門番がいるとのことだったが……」
「ヘッ! 俺たちにビビって逃げたんだろ!」
不審がる緑アフロに強気に返す痛車マン。
調子に乗ったチーム裂蔭暴兎は再び車に乗り込むとそのまま入り口に突撃した。
「ヒャッハー! 死ねや委員ども!」
「よっしゃあ! よく分かんねえけどなんかヤベエ!」
「爆竹を喰らいなあ!」
「アヒョッ! ヒョホホヒョホヒョホ!」
ガッシャンガッシャンと物を引き倒しながら突撃する裂蔭暴兎。
しかしそこへ黒い影が迫った。
あっ、と誰かがそうつぶやいたかと思うと裂蔭暴兎お手製の改造車は勢いよく爆発炎上した。
乗っていたメンバーは車外へ放り出された。
「オオアー!」
「なんだお!」
「おい、痛車マンが!」
爆竹野郎が炎上する車を指さす。
「なにィ! 痛車マンが車に!」
「なんてこった! 痛車マンがこんがり程よく焼死している!」
「よく分かんねえけどなんかヤベエ!」
「誰がこんなことを!」
突然の爆発と仲間の脱落に浮足立つチームの前に一人の男が現れた。
「フヒヒヒヒ、俺だよ俺」
「なんだお前は! というかその恰好本当に成人かよ!」
裂蔭暴兎の前に現れたのは白アフロのピエロのような男だった。
爆竹野郎は現れた白ピエロに抗議をする。
成人の儀実行委員は当然ながら全員が成人で構成されている。
だが目の前の男は自分たち同様、世間の常識など頭の中から消し去ってしまったタイプの人間に見えた。
「おいおいお前たち、自分たちばかりがバカみてえなカッコしたり爆竹破裂させたりしてると思ったら大間違いだぜぇ?」
「よく分かんねえけどなんか……ヤベエな……」
「てめえ! 俺たちの仲間を! 絶対に許さねえぜ!」
裂蔭暴兎のリーダー、ハゲウサ耳が啖呵を切りながら他のメンバーへとハンドサインを出す。
裂蔭暴兎は数々の修羅場を潜り抜けてきた。
メンバーが脱落するという最悪の事態も覚悟していたが故の冷静さで敵を追い詰める策を張り巡らせる。
「ほう? 許さねえとどうなるんだ?」
「教えてやるぜ。てめえみたいなやつはな……」
そういう間にチームの仲間たちは白ピエロを包囲していた。
このまま合図と同時に全員で奴に飛び掛かり爆竹を破裂させ奴の頭をボンバイエさせる。
完璧な作戦だ、手抜かりはない。
「死ねェェエエエエエエ工工工!!!!!」
ハゲウサ耳の雄叫びと共に爆竹野郎、上半身全裸、ガングロ、緑アフロが飛び掛かる。
大きな破裂音と共にアフロが爆発四散する!
「オオアー!」
「緑アフロオオオオオオオオオ!?」
「しまった! ぬかったぞ!」
しかし盛大にボンバイエしたのは白ピエロのアフロではなく緑アフロのアフロであった。
「フヒー! そいつは俺より毛並みの良いアフロしてやがったから早速消してやったぜ!」
「あ、アニキ! こいつ、俺たちのマイカーを爆発させたときについでに緑アフロのアフロに爆竹を仕込んでいやがったんだ!」
「爆竹の破裂どころか普通に爆発してるじゃねえか! 爆竹ってレベルじゃねぇぞ!」
「ちくしょう……緑アフロが消えたらだれがこのナイスなノースリーブコートを作るってんだよ……」
「リモコン式の爆竹か。クソ……なんて卑怯な! ハッ! まてよ、まさか……」
爆竹野郎の指摘にハゲウサ耳は嫌な予感を覚えた。
その予感は的中していた。
「フヒヒ、気づいたか。貴様らの体にも既に爆竹が仕込んであるんだぜ!」
「何て早業だ……クソッ! これが成人した大人のやることかよ!」
見るも無残にハゲ散らかした緑アフロを横目に声をあげるリーダー。
「フヒヒヒヒ、おめでたい奴らだ。成人した人間がみんなお行儀良くしているとでも思っているのか?」
「な、なんだと!? どういうことだ!」
白ピエロはフヒフヒ笑いながら話を続ける。
「お前達はバカ正直に暴れまわっているだけのアホウだが成人の儀を乗り越えた者たちはもっと賢く暴れる。例えばブラック会社の経営陣、汚職や不正を働く政治家……やつらもかつては成人の儀へ招待され試練を打ち破った者たちだ」
「なん……だと……」
衝撃の事実に愕然とするチーム裂蔭暴兎。
「お前たちは所詮他人にお膳立てされた場所で暴れる事しかできない。個性個性と言いながら判を押したように髪を染め、おかしな車に乗り会場で暴れるだけの成人する力もないザコなんだよおオオオオオオオオ! フヒャハハハハハハ!」
ハゲウサ耳は激怒した。
必ずかのじゃちなんとかの白ピエロを除かねばならぬと決意した。
裂蔭暴兎には日本語(中学生以上対象の文章)が分からぬ。
けれども自分への悪口に対しては、人一倍に敏感であった。
冷静さを欠いたチーム裂蔭暴兎は自分の体に爆竹が仕掛けてあることも忘れて突撃した。
「フヒ! 死にたいようだな! お待ちかねの殺戮ショーの始まりだァ!」
手始めに上半身全裸の下半身が爆発し下半身も全裸になった。
「クソッ! 怯むな、奴に爆竹を叩きこめえ!」
「この爆竹をくらってくたばっちまいなあ!」
ガングロが爆竹をヒットさせる。
しかし爆竹の扱いには白ピエロに一日の長があった。
「ピエロにはおさわり厳禁だぜ?」
煙の中からノーダメージで現れた白ピエロは全身からまばゆい光を放った。
黒タイプのガングロは白ピエロの光に浄化されて消えた。
「だ、ダメだアニキ……勝てるわけがない……」
「そんなすぐ諦めるようじゃ成人にはなれないな。さっさと楽になるといい」
白ピエロが自分の赤い丸鼻を押し込むとカチっと音が鳴り、弱音を吐いた爆竹野郎は全身に仕込んだ自前の爆竹と共に木端微塵になった。
「ば、馬鹿な……俺たち裂蔭暴兎の絆パワーがこうもあっさりと……しかも一人はなんか勝手に帰ってるし……どうしてこんなことに……」
「もう終わりだ。最後に言い残すことはないかい? フヒヒッ!」
絶望したリーダー、ハゲウサ耳の元にゆっくりと近づく白ピエロ。
ハゲウサ耳は観念したように最期の言葉をこぼす。
「出来る事なら……もう一回○察24時に出演したかっアーッ!」
爆発とともに断末魔が響き渡る。
爆発の煙が去った後にはピエロの人形だけが落ちていた。
白ピエロは人形を拾い上げるとにんまりと笑った。
「お前らは、俺にとって最高のピエロだったぜ……」
N市、新成人0人。