春
愛する人がいる皆さんへ
いつもと変わらない君の美しい顔を見て少し安心した。さっきまで聞こえていた周りの人のすすり泣く声やお坊さんのお経が遠くなる。
君と僕だけの世界。あぁ、綺麗だ。君は世界一綺麗だ。
僕は片手に持っていたビニール袋から朝ちぎったり拾ったりしてきた桜の花を取り出して彼女の周りにそっと飾ってあげた。
ちぎるときに少し申し訳ない気がしたけれどきっと大丈夫。彼女のためなら桜も許してくれる。
袋が空になるまで僕は彼女を装飾し続けた。ますます綺麗になっていく彼女に僕は惚れ直す。
空になった袋をぽっけに突っ込んで空いた両手で彼女の顔をそっと包み込む。きらりと光るネックレスが目にはいった。
好き。好きだよ。
僕は祈るように唱えながら彼女にキスをした。
その場から去るときに何か周りの大人に言われた気がするけれど気にしない。僕と彼女の世界を邪魔できる人なんていないんだから。
外に出ると綺麗な青空が広がっていた。暖かい春の陽気を感じながら彼女との会話を思い出す。
「私ね、生まれ変わったら春になりたいの。」
いつも儚い空気をまとっている彼女に僕は惚れた。いつか消えてしまいそうな怖さが好きだった。
長く伸ばした髪を揺らしながら彼女は続ける。
「忘れられてしまうのが怖いの。私が死んだあと、きっとみんな私のことなんて忘れてしまうじゃない。だから春になりたいの。春のことはみんな絶対に忘れないから。」
「夏でもいいじゃん。」
「暑いのは嫌よ。」
「秋は?」
「なんか地味よね。」
「冬」
「寒いのは嫌いなの。」
「そっか。」
僕は花粉症だから春も嫌いなのだけれど彼女には関係ないらしい。
彼女は今にも溶けてしまいそうな笑顔を浮かべて言う。
「それに春は一番可愛いから。」
確かに。彼女にぴったりだと思った。
街のあちらこちらに桜が咲いていて全力で今が春であることを主張している。
彼女は今ここにいるんだな、と僕は桜を見ながら安心する。
家に帰ると母親が心配そうに迎えてくれた。なにやら僕のことを気にかけてるみたいだけど彼女はここにいるから大丈夫。
少し窓を開けてから自分の部屋のベッドに寝転んだ。こうすればずっと君を感じられる。
そのまま穏やかな眠りに落ちた。
目が覚めるともう朝だった。学校に行かないと。
着替えるのが億劫だったので昨日の制服のまま家を出る。彼女に笑われちゃうかな。
学校に付くと恋人を亡くした僕のことをみんなが腫れ物に触るような目で見てくる。
大丈夫だってば。彼女はここにいるじゃない。
どこにいても彼女はそばにいてくれる。
僕は気にせずにそのまま授業を受けて帰った。
いつも通りだった。僕は次の日もその次の日もいつも通り過ごした。
しばらくして気が付く。
桜が散っている。いつの間にかカーディガンを着なくなっている。日差しを鬱陶しいと思うようになっている。
知らない間に春が去っていた。
そして彼女のいない夏が来た。
そういえば君は泳げなかったね。浮き輪を使ってぷかぷか浮かぶ彼女がそのまま流されていってしまいそうで怖かった。
浴衣は淡い水色だったな。ほっといたら背景に溶け込んで消えてしまいそうな君の手を僕は一生懸命つかんでいた。
彼女がいない日々はどうしようもなく寂しい。
彼女のいない秋が来た。
食欲の秋だと言ってたくさん甘いものを食べたね。小食だからと一口だけ食べて僕に押し付けていて少し心配になった。
芸術の秋だとも言ってカラオケにも連れていかれた。澄んだ声で歌う君はやっぱり儚かった。
どうしてこんなに僕の記憶には残っているのに君はいないんだろう。
彼女のいない冬が来た。
寒いのが嫌いだと言って君はなかなか家から出なかったね。そのまま引きこもりになってしまうかと思った。
クリスマスは一緒に過ごしたね。僕があげたネックレスを君はずっと大切にする、とその場でつけてくれた。
君のことなんて忘れるわけないのに。僕が忘れるわけないのに。
どうして彼女はいなくなってしまったんだろう。
僕はどうして君のいない世界にいるんだろう。
春が来た。
やっと君に会えた。やっぱり僕は君がいないとダメみたいだ。
テレビでは桜の開花予測が行われている。
この辺りは明日にでも咲き始めるらしい。
僕は生まれ変わったら桜になろう。桜になって君がちゃんとここにいることをみんなに教えてあげよう。
そうすれば僕は君とずっと一緒にいれるから。
僕は桜になるよ。
敬愛する人に私の小説が久しぶりに読みたいといってもらえたので書きました。
久しぶりに書いたらいつもの半分くらいの量しか書けなくて少しびっくりしました。
私は生まれ変わったら…何になろうかな…。