戦闘描写とれーにんぐ
「……ようやく会えたな」
その男はそう言った。
月光を背中に浴び、甚兵衛羽織を着込んでいる。腰には鈍色に光る太刀。よく使いこなされたという気迫が、空気を通して伝わってくる。恐らく何年も懸けて腕を磨いたのだろう。草履に包まれた足は、しなやかなリズムで歩を進めた。
「お前に会えるこの日をどれだけ待ちわびたことか……」
向けられる殺気と敵対する。男はタレ目なのだが、その奥に宿る感情は深く刻まれたものだ。そして自分は、その刻まれたものを誰よりも知っている。刻み込んだ本人だからだ。
「八年前の仇……いまここで果たさせてもらうッ!」
男は太刀を抜いた。音も無く抜き放たれた一物は必殺のそれ。月光を反射し、ぎらりと光った。
「……お前も抜けよ」
男に言われて抜刀。改めて感じる。こいつは自分を殺しに来たのだ、と。着崩れした浴衣から少し長めの太刀がゆっくり抜かれた。しゃりん、と場違いな音を奏でる。
「――なァ」
太刀を構えて口を開いた。男は無言で続けろ、と示す。
「親を殺された時のこと、ちゃんと覚えてっか?」
軽い挑発。
だが相手はそれに乗った。静かな怒りが立ち込める。
「愚問だ……殺してやる」
ふ、と微笑を浮かべ太刀を下手に構え直した。
「来いよ」
男が動いた。
こちらから向かって左に男は構える。構えたまま駆ける。姿勢は低め。腕の位置の低め。狙ってくるは膝辺りか。
間合いに入った。
びゅん、と振られた太刀は正確に膝を狙っていた。見事な太刀筋。無駄な動きがない。
――が、わかりやすすぎる。
前方に跳んでかわす、と同時に太刀を構えた。似たような動きでこちらは首を狙う。
瞬間、男が笑った。――気がした。
「甘い……!」
男は自分の攻撃が失敗したと見るや、全力で突撃。こちらの間合いの中に侵入してくる。
もうそのときにはすべてを理解していた。首を狙って振った腕に小回りは利かない。自分の肩と腕の僅かな隙間に男は潜り込んだ。
拳。
零距離で放たれた拳は鳩尾に沈んだ。倒すためだけに磨いてきた技。着実にヒトの急所に的を絞っている。
ごは、と肺の中の空気を吐き出す。後まで残る鋭い痛み。だがこちらもやられっぱなしではいられない。
殴られたと感じた瞬間、上体を後ろに引く。遠心力を利用した渾身の蹴りだ。
だがそれは寸でのところで回避され、ただ霞めるだけに終わった。
――強い。
心からそう感じた。こやつは強い。
「――シッ!」
一騎討ちにおいて、隙は許されない。僅かな隙でも命取りへと繋がる。全神経を集中させ、感覚を研ぎ澄ます。
三段に渡って繰り出された突きを後退しながらかわす。相手の剣が引かれたところで反撃。
太刀を右手に握り、肩より上で構える。そして駆ける。二、三歩で間合いを詰めた。
先ずは単純に右上から左下への斜め斬り。もちろん簡単にかわされる。だがそれでいい。これは布石だ。
このとき自分の中ですでに五手先までの連続斬りが成立していた。
右に避けた相手の腹を狙って突きを繰り出す。男は自分の太刀で剣筋を逸らし、難なく回避。だがまだ続く。
左に逸らされた太刀を筋力任せに逆向きへ戻す。肩と上腕が悲鳴を上げた。流石の男もこれには反応できないようで普通に喰らう。だが、肝心のダメージはあまりない。なぜなら刃のあるほうでは斬ってないからだ。いわゆる峰打ちというやつ。
ぐふ、と苦悶の声を出したが直ぐに立ち直ったようだ。だが、目を上げた瞬間、男は全身で寒気を感じた。本能的な部分で身を仰け反らせ恐怖から退避。
「あー……惜しかったなァ」
相手がこちらの追撃を予測していないことはわかっていた。故に五手先までの攻撃を中止し、必殺の一撃を放ったのだが避けられたようだ。
むう。思ったより厄介な奴かもしれん。
そう思った刹那、斬撃が迫った。咄嗟に太刀を構え、防御の姿勢。手に電光が走ったかのような感覚を味わった。
続けて三度の追撃が来た。上、中、下……どれも基本に忠実な太刀筋で、本当にただただ腕を磨き続けてきたのだということが、ひしひしと伝わってくる。
そう感じてしまうからこそ、後ろめたい。
――俺はこいつの人生を奪ったのかもしれん。
国の命令とは言え、幼い子供の目の前でその両親を殺した。その事実は変わらない。
繰り出される斬撃を紙一重でかわしながら思考する。
これまで何度恨まれただろうか。
これまで何度命を狙われただろうか。
変わらぬことはそいつら全員、自分の殺した奴の血族だということ。
こういった汚れ仕事には憑き物なんだろう。
確かに同情はする。
いきなり知らない奴が来て、大事な人を奪っていくのだから。事情を知らぬ者にとってはただ悪夢でしかないだろう。
そういったことはこれまで何度も何度も感じ、そのたびにどうにかしてやれないだろうか、と考えてきた。
だが、
男の太刀が自分の髪を数本斬った。
だが……、
ぱらぱらと雪の如く舞い落ちる髪の先に男を見据えた。
――これが俺なのだ。
「ハァァァッ!」
両手で太刀を持ち、最大限の力を全身に籠める。
決める。
これで楽にさせてやらねばなるまい。
復讐と言う鬼に囚わさせてしまった奴を。
自分のこの手で終わらせてやらねばなるまい。
不穏な空気を感じとり、男も構えた。
「すまんな……」
呟き、解放。
幾多の困難を乗り越えてきた身体は着実に強まっていっていた。常人を凌駕するほどの筋力、瞬発力、動体視力。あらゆるものがゆっくりと見える。
男が動いた。持ち前の反射神経で反応してくる。
上二段斬りを即座に中止。動きの中で突きに変化させる。男の目頭を霞める。
男の舌打ちが聞こえた。だがそんなのは気にもならない。身体を反転させ風に勢いを乗せた斬撃を放つ。軌道を逸らされ防がれる。逸らされた方法へ力を込め、相手の力も加えた速さを作り出す。その流れに乗ってまたもや斬撃。水平に薙がれた太刀は男の甚兵衛羽織を斬り裂いた。男の驚愕の眼。そこに生まれた一秒にも満たない本当に僅かな小さな刹那の時間に、
――斬ッ。
斬撃が音を越えた。音速を越えた刃は有無を言わさず男の首をはねていた。一瞬の時を経て、空気が流動。音が届く。
命の灯火を消した相手に最期の言葉を投げ掛ける。
「悪かったな」
そう言うと音も無く闇夜に消えた。
後にこの男、『音喰い夜叉』と語り継がれた。
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