You-sky
初めまして。因幡椿と申します。
短い上に拙作ですが、目を通していただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします。
8月某日。
蒸し返る体育館。
飛び交う数々の声援。
時折響く鋭い破裂音。
コートの中央にそびえ立つネット。
1つのボールを落とすまいと必死で追い続ける仲間。
……それをベンチで眺めることしかできない、僕。
『くそう』
目を落とした先には、テーピングだらけの指と、アイシング中の晴れ上がった膝。
『くそう……!』
ゲームスコア、13‐14。劣勢。
『くそう……!!』
セットカウント、2‐2。現在ラストセット。
『くそう………!!!』
チャンスボール。後衛がセッターへ完璧にボールを運んだ。
『頼む。行ってくれ』
山なりに、エースへとボールが上げられる。
『行ける。打て』
跳んだ。相手ブロッカーは2人。
「打ちっ込めーーー!!!!」
涙でかすんだ視界に映るのは、ブロックに阻まれ味方コートに落ちていくボール。
―――タァン。
時が止まったように感じた。
―――ピッ。
判定、タッチネット。
得点、14-14。
「っしゃあ!まだだッ!!繋がった!!」
サーブ権がこちらへ移る。と、ここで相手チームが最後のタイムアウトを取った。
仲間の集中力を切らさないよう配慮し、先に給水を促す。
途中セッターとリベロにはベンチで観察し続けた相手選手の癖と穴をできる限り伝えるため席を立とうとした。その肩を監督に引き止められる。
「お前、次打ってこい」
「え……?」
「ただし、これはお情けの交代じゃない。一発目で流れを引き戻せ」
「でも今の足じゃ……」
「なに言ってんだよ」
「俺らの中で一番サーブが上手いのかなんて誰でもわかるだろ」
「次の番は……正直不安しかないしな」
「ぐぅ。ここまで来て言い返せないのは情けねぇなぁ」
「みんな……」
「大丈夫。レシーブに回ってもほとんど定点で構わない。元々リベロ付けて出てるやつに合わせてフォーメーションを組んだんだ。他で十分カバーできる」
「そーそー。きっとオイラより余裕で上手いだろうしね」
「そこは自分で胸を張るところじゃないと思うぞ」
口々に僕をコートへと引き戻してくれる。
既に倒れそうなほど疲労が溜まっているはずなのに、どの顔を見ても笑顔が浮かんでいた。
僕も涙を拭って笑顔を作る。
「悠ちゃんの思う通りにやればいいと思うよ」
「ほらほら~、鬼のマネさんからもゴーサイン出たんだからぁ」
「アンタ、そんなに元気ならコートの中でもっと仕事しなさいよ」
「えー!オイラあんなに頑張ってたのに!!」
「ハイハイ……」
とても競っている時の空気ではないけれど、これが僕らのいつも通りだ。
「めんどくさいこと考えず戻ってきてよね、キャプテン」
全員の視線が僕に向けられる。
「オッケ。そんじゃ、……フォロー頼むよ!」
『任せろ』
今一度心を一つにする。
「さぁ、円陣やるぞ!」
―――行くぞー!ファイッ!!
―――オォォーーッ!!!
再び戻ってきたコート。感傷に浸る暇はない。
狙いはライトサイド奥のコーナー。今まで観察してきて一番相手がレシーブに苦戦していたコースだ。
審判の合図が出た。
たっぷりと8秒使ってサーブを放つ。
「ナイッサー!」
完璧とは言えないがほぼ狙い通りにボールが落ちる。
若干短めだったために相手の前衛が下がりオーバーハンドで対応する。
「流れた!内側に寄って!!」
セッターへと運ばれたボールは予想よりも外側へと流れた。ここで決めてくるとしたらインコースしか方法は残されていない。味方の前衛に指示を出しつつ僕も立ち位置を移動する。
―――カシャン。
相手選手が苦労して返そうとしたボールはアンテナに阻まれた。
「おっしゃぁぁぁあああ!!!」
得点、15-14。逆転。
「オーラスオーラス。気張るなよ」
「ナイスサーブもう一本頂戴」
「任せときな」
ちょうど後衛にいた2人がエールをくれた。前の3人からも同様に声が飛んできている。
「(わかってる。次が最後だ。最後にするんだ)」
得点的にも、膝の痛みを考えても、僕がこの試合に出られるのは今しかない。
心臓が口から飛び出すんじゃないかと思うくらいの緊張感が襲ってくる。
両足がちゃんと床に着いているかを思わず確認するほどの浮遊感もある。
ルーティンワークで心を落ち着けつつタイミングを待つ。
―――ピッ。
―――パンッ。
相手のタイミングを外すため、今度は主審の合図に合わせてサーブを放つ。狙いは同じくライトサイド奥のコーナー。
「(行った!)」
今回は狙い通りに無回転のサーブが流れる。ただし、コースとしてはかなりギリギリだ。
相手の後衛は後ろに下がりつつ最後までサーブの行方を見届けた。選んだ行動はスルー。
―――タァン。
落ちた。こちらからではインのようにもアウトのようにも見えるギリギリの位置。
体育館の中が静寂に包まれる。
ラインズマンの下したジャッジは―――
―――イン。
「あ……」
試合終了。
得点、16-14。
セットカウント、3-2。
「ぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!」
「勝ったぁぁぁあああ!!!」
「っしゃああああああああああ」
チーム全員が怒号のような歓声を上げる。
同時に審判からゲームセットの合図が出された。
既に全く力の入らなくなった膝のため、うずくまりながら声を上げていた僕の所へチームメイトが駆け寄ってくる。
汗やら涙やらでぐしゃぐしゃになった僕は顔を隠すこともせずみんなへ笑顔を向けた。
「まだ挨拶が残ってる。……んだけど、だれか引っ張っていってくれない?」
「お疲れさん。ほら、肩貸してやるよ」
この試合で一番苦労したであろうエースが僕を引き上げてくれた。
「ありがとう」
何とか整列場所であるエンドラインへ到着。
先に並んでいたメンバーの顔を眺める。どの顔を見ても同じようなものだった。
うん、僕と似たり寄ったりだ。
―――ピーッ!
「「「ありがとうございましたッ!!!」」」
喉が引裂けるんじゃないかと思う勢いで挨拶をした。
どいつもこいつも加減なんて知りやしない。
全力だった。
今だけじゃない。
ずっと、全力だった。
そうしてやってきたからこそ、ここまで来ることができたんだ。そう、きっと……。
こうして幕を閉じた中学最後の夏。
今ではあの感動も思い出としてしか触れることはできない。
でも、仲間と日々は、共有した思いは、僕の中にある、と。そんな風に信じたい。
季節は巡り春。
あの夏から、もう8か月の時間が流れた。
いつまでも過去に縋り付く訳にはいかない。
新しい一歩を、僕は、踏み出す。
つづく(かも)