オレンジの照明
園原ミヨには最近悩み事がある。
その悩み事とは、思春期の女子特有のアレコレとか、高校生にもなってまだ一度も男子と付き合ったことがないとか、そういうことではない(まあ、後者の方は意外と切実は問題だったりするのだが)。
悩み事はもっと別にある。ミヨの場合、それは自分の部屋の天井――その真ん中に取り付けられた円盤型の照明だ。ミヨの部屋で使われている円盤型の照明には、小さな「シミ」が存在する。そのシミこそがミヨの悩みの種だ。一体どういうことだろう。それは照明をオレンジ色に切り替えればすぐに分かる。
オレンジの照明をしばらく「じーっ」と見つめてみよう。すると、ぼんやりとではあるが照明に例のシミが浮かび上がってくる。さらにまた見つめると、そこでようやく「おや?」とシミに変化が起きる。シミは徐々に形を変えていき、最終的には「人の顔」になる。
そして、その「人の顔」は大抵、怖い男の顔、怒った男の顔をしているのだ。――具体的に言えば、近くの交番の掲示板に貼られている指名手配犯の顔だったり、今ハマっている漫画「進撃の巨人」の超大型巨人の顔だったりする。
ミヨの家は団地なので、当然の事ながらミヨの自室は四・五畳と少し小さめだ。そのため、ベッドは大きすぎて入らない。仕方がないので、ミヨは部屋の畳の真ん中で布団を引いて寝ている。例のシミがついた照明もまた、天井の真ん中に取付けられている。つまり何が言いたいのかって? ミヨが寝る布団の真上には、あのオレンジの照明があるということだ。
ミヨはため息をついた。照明にシミができてもうすぐ一ヶ月経つ。最初はシミなんか全く気にならなかったのに、なんとなく「人の顔」として認識してしまったのが運の尽きだった。それ以降ずっとシミが気になって仕方がないし、目を閉じても何故かシミの視線を感じてぐっすり眠ることができない。
これは――照明の霊にでもとり憑かれたのかもしれないな、とミヨは思った。以前友達と母にこのことを相談したのだが、「ミヨは冗談下手だねー」と友達に言われ、「あなたきっと疲れてるのよ」と母に言われてまともに相手にされなかった。
――まあ、そう言われるのも無理ないとは思う。ミヨは、学校では陸上部のエースであり、クラスのリーダー的存在だ。そして家では勉強熱心な超真面目ちゃんのミヨが突然そんなことを言っても、ギャップがありすぎて誰も信じてはくれないだろう。
私だって悩み事の絶えない普通の女の子なのに。――そう考えて、ミヨは少しだけ悲しくなった。誰も信じてくれないのなら、自分で何とかするしかない。具体的な解決策を考えよう。
考えられる解決策は主に三つ。一、照明を消す。二、照明を取り替える。三、布団にもぐって寝る。三は、間違いなく窒息するので無理。となると、選択肢は一か二。一は多分、この中で一番簡単な解決策だとは思う。しかし、ミヨは昔から照明を消して寝ることが怖くて出来なかった。それは――恥ずかしながら現在でも変わらない。「高校生にもなって」と言う人がいるかもしれないが、ミヨにとってこれは、高校生になっても克服するのは容易なことではない。なので、これも悔しいが諦める。
――これで残る選択肢は二だけ。照明を取り替えるか、取り替えないか。もし照明を取り替えればシミの悩みから解放されるが、取り替えなければこれからもシミの悩みは続くだろう。ここは当然、前者を選択する。――だけど、取り替えるのはやっぱり少し面倒臭いな、とも思う。さて、どうする?
その時、「ピピピピピ……」と携帯のアラーム音が鳴った。思わず「はっ」として、ミヨは読書の時間が終わったことに気がついた。
ミヨは夜寝る前、必ず一五分間の読書をしている。運動部に入っているからといって、別に読書が嫌いなわけではない。どちらかといえば読書は好きだし、「運動部は本嫌い」なんていうのはすごく嫌味な偏見だと思う。ミヨは今、恋愛小説にはまっている。それは運動部だから忙しくて恋をしている暇がないからかもしれないし、ちょっと気になる男子が最近出来た影響なのかもしれない。
それに、恋愛小説を読んでいると、なぜだか少しだけ照明のシミが怖くなくなる――というのもある。だが、今日は照明について考えすぎて、本が数ページしか進んでいなかった。文章も頭の中に全く入ってこなかったし。……ううぅ、最悪だ。これでまた今日もオレンジの照明に怯えて寝ることになる。これはやっぱり、近いうちに照明を取り替えたほうがよさそうだ。うん、絶対そうしよう。
スクールバックに本を仕舞い、机に置いていた照明のリモコンを掴む。ミヨはリモコンの「オレンジ」のスイッチを押す。「ピッ」という音がして、部屋の明かりがだんだんと薄いオレンジ色へ移り変わっていく――――。
ミヨは急いで布団へ潜り、顔を隠した。息苦しい布団の中でミヨは思う。今日は照明にどんな顔が浮かび上がるのだろう。――どうか、かっこいいイケメンの男子の顔が出てきてくれますように。
心の中でそう祈りつつ、ミヨは布団から顔を出した。
下の妹が以前、「照明のシミが人の顔に見える」と言っていたのを思い出して、勢いで書いちゃいました。ちなみに、シミが「進撃の巨人」の超大型巨人の顔に見えるのは私だけのようです。