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あき

此処から始まる

作者: あき


謁見の間に向かう途中で見覚えのある後ろ姿が角を折れるのを見つけて、ローウェルは慌てて足を早める。


「フィン!」


特に速足にも見えないのに、距離が縮まらないものだから、城の回廊だというのに思わず声をあげていた。

先を行く、夜色の長い髪がふわりとゆれて、不思議そうな表情がこちらを向く。


「珍しいね。帝国騎士団の団長さんが慌てるようなことが、何かあった?」


足を止めた夜色に追いついて、ローウェルは小さく肩を竦めた。

本来の用件は国王にあるが、取り敢えず待てば会える彼と違って、これは出会うこと自体が難しいのだ。

此処で取り逃がせば、城に留まる一月の間に会えるかは解らない。

約束でも取り付けない限り、これきりという可能性が多いにあった。


「久しぶりだろ?」

「そうだったっけ?」


心底疑問だというように首を傾げる相手に、ローウェルは僅かに眉根を寄せる。


「あのなぁ。前回会ったのはいつだ?」

「先月の結婚式」

「はぁ?」

「だから、陛下の結婚式。君と久しぶりにゆっくり話をしたって言ってたよ」

「あのな。お前と俺が会ったのはいつだってきいてるんだ、馬鹿フィン」


国の命令で動く兵が帝国騎士団であるとするなら、王の命令で動く兵が王勅騎兵だ。

尤も、王はフィナリー・リフエルテの為にその部署をつくり、現在も属するのは彼女一人である。


「僕と?」

「他に誰がいる? 俺はお前に、久しぶりだといっただろうが」


暫くきょとんとしていた娘は、頭の中で言葉を転がしていたらしい。


「まさかロウル、陛下じゃなくて僕に用があるの?」


今更な台詞に頭を抱えたくなった。

この娘の突飛な所は、自分自身に用件のある人間等いないと思っている所だ。

自身は王に何らかの障害が生まれたとき、それを取り払うためだけに存在すると思っている節がある。


「陛下に用があるなら、直接お目通り願ってますよ。フィンを通すならそのあとだろ」

「ちょっと待ってよ。じゃあ団長さんはまだ」

「今日は会ってない。これから伺いだ」


今度は夜色がそれと解るほど頭を抱えた。


「おい、フィン?」

「これから隣国との会議で暫く缶詰だってば。もう、なんだって僕の方に先に来るのさ」

「何言ってやがる。お前に渡りを付ける方法がないからだろうが」

「どうしてさ? 僕が陛下の呼び掛けを聞き落とすわけないじゃない」


あっさりとしたもの言いに、思わず寄せられた眉の間を爪弾く。


「なにす」

「馬鹿野郎。俺とお前の話だと何回いわせるつもりなんだ?」


今度こそ呆気に取られたように彼女は眉間を押さえたまま目をしばたいた。


「なに?」

「俺が、お前に渡りをつける方法だ。さっさと教えろ」

「それ、必要ある?」


至極真面目に返された言葉につい心が折れそうになったが、ローウェルは何とか無表情を取り繕って仏頂面をしてみせる。


「ないものをわざわざ聞くかよ」

「でも、陛下通さずに僕がきくの、まずくない? 一応、僕、王付きなんだけど」


尚も食い下がる彼女に、ローウェルは心中で深い溜息をついた。

出来るなら、切りたくなかったカードだが、こればかりは仕方ない。


「あのな、フィン。お前があいつの代わりに、泥被って、毒飲むつもりなら、渡しとくべき連絡通路だと思うぞ」

「あぁ、そうだね。陛下はいつも自分で無茶ばっかりするんだ」


呆れたように、でも愛おしそうに微笑むから、ローウェルは自分で話を振りながら湧いた苛立ちに目を細めた。

国王に勝ちたいとはいわないが、それでも彼女の視野に自分が入っているのかは不安になる。


「はい、団長」

「なんだ?」

「だから、僕との連絡でしょう?」


渡された紐のついた小さな木片のような物をまじまじと眺めていると、彼女は気づいたようにくすくすと笑った。


「そうか、ごめん。それは風笛」

「笛?」

「そう。ほら、よくあるでしょ?獣の調教に使ったりする」

「人には聴こえない、あれか?」


訝しげに瞬いたローウェルに頷いて、ひらひらと手を振る。


「僕が創ったやつ。陛下とは音域が違うから、誰が呼んでるかは解るよ」

「距離は?」

「一応、都なら大丈夫だと思うけど。この間の陛下の結婚式みたいな時は騒がしすぎて駄目かも」

「解った」


首から下げるようにすると、それに触れた王勅騎兵は僅かに目を細めた。


「なんか、僕が陛下以外に物渡すのって違和感」

「なら、物々交換にするか」


ついでとばかりにポケットから取り出した物を押し付けると、掌で転がした娘が眉を顰める。


「何、これ?」

「やるよ」

「僕に?」

「お前にだよ。フィナリー・リフエルテ」


今日何度目のやり取りだと頭を抱えたくなるローウェルだが、ぴたりと動きを止めた夜色にしまった。と舌打ちを零した。

元来女らしさを消して歩く彼女に、真っ正面から渡すものではなかったのだ。


「気に入らないか」


それは、凝った銀細工の髪留めだった。

若い娘が好むようなきらびやかな宝石や飾りは付いていないが、彼女の夜色の髪に映える月のように見えて、思わず買い求めてしまったのだ。

これ幸いと便乗して渡してしまったが、固まったままの彼女に、小さく苦笑する。


「悪い。捨てて良いぞ」

「あ。え?」

「お前に似合うと思った以上、いらないからと別の人間にはやれないしな。じゃ、何かあれば連絡する」


早口でそれだけ言って踵を返そうとすれば、伸びてきた手が服を掴んだ。


「フィン?」


視線を落としたまま、珍しく彼女は傍目で解るほどに躊躇いながら口を開く。


「あの、えと、」

「悪いがそう高いものでもない。お前の笛と釣り合うかは微妙だな」

「違うってば!」


反射的にあげられた視線がかちあうと、夜色は困ったように視線を反らした。


「だから、その。本当に僕にくれるの?」


予想外の反応にローウェルは目をしばたく。

これは気に入らない、という訳ではなさそうだ。


「まぁな。見かけたときにお前が浮かんだ。つい買っちまった以上、お前にやるのが筋だろ。煮るなり焼くなり、お前の好きにすれば良い」

「王勅騎兵じゃなくて、ただのフィナリー・リフエルテの?」


その言葉に至って、ローウェルは漸く合点がいった。

彼女が気にしているのは、つまり、そういうことだ。


「阿保」

「痛っ」


額を弾くと夜色の髪が揺れた。


「全部引っくるめてお前だろうが。100歩譲って、あいつに似合うなら、俺はあいつに髪留めくらい買ってやるぞ」

「陛下に?」


呆れたようなローウェルの言葉に、彼女は目を丸くして、それから小さく笑い出す。


「陛下に髪留めって」

「例えだ、例え」


あんな屈強な男に似合う髪留めなど思いつかないが、それでもまぁ、似合いそうだと思ったら買ってしまうかもしれないな。とは思う。


「団長は、本当に陛下好きだね」

「あいつ以外どうでも良いと思ってるお前にいわれたかないな」


思わず零した溜息に、きょとんとした夜色が次の瞬間ふわりと笑った。


「何言ってるの?僕、ロウルも好きだよ」


髪留めありがとう。じゃあね。

呆気に取られているうちに角を曲がって見えなくなった夜色に、ローウェルは痛む頭を押さえて壁に持たれる。


「ふざけんな、あの馬鹿」

「あぁもう。何であんなこといっちゃうかな」


まさか角を曲がった彼女が同じように溜息をついているとは知るよしもない。


「次会う時は覚悟しとけよ」

「暫く会えないよね」



すれ違う二人を見兼ねた王様がこっそりと手を貸すのだが、それはまた、いつかどこかで誰かが語ってくれるだろう。



そらみみプロジェクト その2

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