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第八話 ワンオペレーション⑤

 もはや日課となりつつある完徹残業がひと段落つき、メアリーさんに作ってもらった朝食を朝まで寝ていたラーゼンさんを起こして一緒に食べる。

 一応これで約束は果たしたと数えて良いだろうか。


「ギルマスと一つ屋根の下で食べる手料理がこんなに美味いとは……生きててよかった」


 手料理とは言ったが私が作ったとは一言も言ってないのだけど……まあわざわざ否定しなくてもいいか。


「しかし早朝からすごいな。ギルマスは今からあの相手をするのか?」

「あー今それ言わないで下さいよぉ」

「す、すまない」


 私は扉の硝子越しに見える依頼人たちの行列から目を逸らして手にしたメアリーさん特製キッシュを頬張る。

 調理から時間が経っても衰えない生地のサクサク感に舌鼓を打ちつつ葡萄酒を口にする。酒精を残して仕事をするのはギルド的にアウトなので低度な酒精なら一発で打ち消す丸薬を飲み込みほんの僅かな憩いの時間に幕を閉じる。

 チラリと扉に目をやるとすごい圧を感じる。営業時間外なのだからもうちょっと待ってほしい。


「ところでギルマス。この間の件、考えてくれたかい?」

「この間……ああ、二つ名の件ですか」


 ラーゼンさんは実力のある冒険者である事は間違いない。二つ名を持っていても問題は無いくらいに。

 というか私からしてみればウチに所属する冒険者たちはどこの支部に出しても恥じない人材だ。許されるならみんなに二つ名を付けてあげたいほどだ。

 しかし二つ名持ちはギルドの顔。そう安易に与えてはならないものだ。

 誰も彼も与えていたら自称と大して変わらない価値に成り下がるだろう。


「ぶふっ」


 ダメだ。二つ名の話題が出たらクライムさんを思い出してしまった。

 あの人二つ名が付くってギルドから通達が行った時露骨に双剣使いである事をアピールし出してたのがそっち方面の名を期待してたっぽいのが可愛い。

 ちなみにギルド支部での二つ名の決め方は職員たちによるコンペティションだ。

 時代に名を残すかもしれない冒険者の二つ名の命名に関われるのだから参加する職員のモチベーションは高い。

 クライムさんの時はみんなで夜遅くまで話し合い、深夜のテンションのまま盛り上がり、私の案が通ってクライムさんはキレた。


「ああ、楽しかったなぁ」

「ギルマス?」


 まだギルドマスターや他の受付嬢のみんなもいたあの頃が懐かしい。美化された思い出に浸っていると始業時間が訪れた。

 現実に引き戻された私は思い出を胸にしまって席を立ち、扉へと向かう。


「二つ名の件はまた後で話しましょう。はい皆さんおはようございまーす! 冒険者ギルドへようこそ!」


 徹夜明けと感じさせない完璧で最高な笑顔と共に扉を開き、私の笑顔が凍り付く。

 扉に群がっていた依頼人たちの人垣が綺麗に分かれ、その先に黒ずくめの格好をした人影がその手に握った武器をこちらに向けていたのだ。

 それは弩弓と呼ばれる機械仕掛けの弓で私のような乙女でも引き金を引くだけでオークの眉間を撃ち抜くだけの威力を有している物騒な代物で余り辺境では見かけない武器だ。

 放たれた矢は真っ直ぐに私の顔に向かって来る。

 ただでさえ忙しいのにまた厄介事が持ち込まれたな〜なんて考えが頭をよぎる中、日頃の行いが良かったと自分自身を褒めてやる。

 幸いな事に今私の後ろには辺境屈指の弓使いがいたからだ。

 一直線に迫る矢を側面から別の矢が撃ち落とす。その余りの速度に私の髪がなびいた。


「きっ、さま! ギルマスに弓を引くとはどういうつもりだぁ!? 返答次第では命は無いと思え!」

「頭から矢ァ生えた人が返答出来るわけないんですけど!?」


 集まっていた人々の悲鳴が上がり、その視線は眉間から矢が生え、大の字で仰向けに倒れた襲撃者に集まる。

 ただそこで散り散りになって逃げないあたり依頼人たちも肝が座っている。

 しかし相変わらずの腕前に感心してしまう。

 流石ただ撃つだけでは普通に当たってつまらないとかいう意味不明な理由で放った矢を思い通りに曲げたりする曲射を身に付けた変態だ。

 だがそれ以上におかしいのが私に放たれた矢を落とし、放った襲撃者を射抜き、何なら手にしていた弩弓まで矢で貫き破壊している点だろう。

 ようはあの一瞬で三発も矢を射っている……弓の申し子と呼ばれるエルフだってもう少し人間味があるよ。

 その燃えるような赤髪に対し、蒼穹のような蒼い弓を手にしたラーゼンさんは矢筒から一本の矢を取り出す。


「安心してくださいギルマス。この鏃は外傷を与えず痛みで相手を気絶させる魔法の鏃で……あ、これ普通の矢だ」

「じゃあ死んでるじゃないですかぁ!?」

「だ、大丈夫ですよ。さっき射ったのは魔法の鏃のはず……ギルマス!」


 ラーゼンさんが弓を構える。その先には先ほど倒れた襲撃者と同じ外套を着た三人が武器を手にこちらに向かって来ていた。

 しかしその顔に覚えがあった私は私は咄嗟にラーゼンさんの前に立って両腕を広げる。


「待ッ……たぁ!?」


 胸を貫かれた痛みと衝撃と共に受付嬢の制服である白いブラウスに赤い花が咲く。

 実はそれなりに強靭な素材と防御魔法が付与された受付嬢の制服を容易く貫通して矢が突き立つとはラーゼンさんの弓の威力に恐れ入る。

 私は胸に矢を受けてしまった衝撃で吹っ飛びながらも地面に転がるまでの間にスカートが捲れないよう押さえるという 受付嬢としての矜持を発揮しながら地面に倒れた。

 スカートは短くしても決して見せる事なかれ。受付嬢の十戒、その一つである。

 そして大切な事がもう一つ。


「モニカさん、おかえりなさい。イメチェンですか?」


 何故か襲撃者とお揃いの外套を着て、真っ青な顔をしたモニカさんに笑みを浮かべる。

 冒険をして帰って来た冒険者には笑顔で迎えること。それはどれだけ忙しかろうが悲しい事があろうが胸から矢を生やしていようが怠ってはならない受付嬢の職務である。


◼︎


「冒険者ギルドへようこそ!」


 元気よくハキハキと。吟遊詩人にだって負けない美声を張り上げ冒険者ギルドに足を運んでくれた人々を明るい挨拶で迎える。

 冒険者ギルドに寄せられるクレームの中でも多いのは受付嬢の愛想が悪い、声が小さいなんて内容だ。

 そんなクレームが来ると受付嬢だってテンションは下がるしクレーム件数というギルド支部の評価に直結する数字が増え、ボーナスにだって影響する。

 私だってギルマス代理になった以上、支部の評価を上げる事は責務だ。挨拶一つでクレームが一つ減るならいくらだって元気になれる。


 ただ今日は声を上げるたびに身体が痛む。


「あの……大丈夫なんですか?」

「はい! 当ギルドは年中無休が強みなので」


 ちょっと青ざめた依頼人が引き攣った笑みを浮かべて依頼内容を話し、私はそれをいつものように文字に起こす。


「……矢ぁ邪魔だなぁ」

「……でしょうね」


 一本の矢がまるで私の身体の一部のように伸び、視界にチラチラ入るせいでちょっと集中力が削がれる。

 ラーゼンさんの矢は運良く心臓を逸れていた事と私の受付嬢としてのプライドによって営業時間中の痛みによる意識の喪失を耐えて滞りなく業務を遂行する。流石に心臓を射抜かれていたら業務中断もやむを得なかったかもしれない。

 延々と謝辞を述べ続けてくるラーゼンさんは私が業務の邪魔だと遠回しに言ったら物言わぬ石像のように身動き一つせず土下座したまま動かなくなってしまった。

 別に許す許さないの話ではないし何なら命救われているのはこっちなのだから気にせず頼んでいた依頼の消化に励んでいただきたいんだけどなぁ。


「ギルドマスター。少しよろしいか?」


 まだまだ並んでいる依頼人たちの列を見てよろしいと思うとか正気か? というか割り込みで話しかけてくるあたり常識が足りていない。大体こういう事をしてくるのは権力が強い奴か切羽詰まって人だ。

 私がチラリと目をやると土下座したラーゼンさんの傍に立っていたのはこの街の憲兵長アルム・ゴーケンさん。権力者の権化みたいな人だ。

 領主直轄の憲兵師団は自治領内であれば数多くの強権を持つ組織。時と場合によっては国に属さない冒険者ギルド所属の冒険者すら裁く権利を持っている。仲良くしておいて損の無い相手である。

 ちなみにアルムさん個人とはフルフェイスの兜の下を見た事が無い程度の仲である。私は嫌っていないがアルムさんは私の事はあまり良い感情は抱いていないようで、こうしてギルドまで足を運んで来るのは珍しく、大体やらかした冒険者が憲兵詰め所にぶち込まれた時に私が謝りに行く時に会う事が多い相手だ。


「表に転がっていた死体と今ギルドマスターの胸に刺さっている矢はこの男が放ったもので違いないな」

「あぁそうだ……俺が殺した」


 勝手に殺すな。


「ちょっとラーゼンさんはウチの冒険者ですよ。勝手に連れて行かれたら困ります。あ、すみませんそのまま話続けてください」


 私は割り込んできたアルムさんのせいで話が中断していた依頼人にそのまま話をするよう促す。


「国とギルドとの契約で現行犯での冒険者拘束は承認されている。そちらこそ公務執行妨害には法的に訴えるぞギルドマスター」

「アルムさんこそ私の業務を妨害してるじゃないですかぁ……あ、その内容ですと依頼金が規定外より値上がりしまして」

「……妨害?」

「そうでしょう? 私はギルマス代理ではありますけど本来は受付嬢なんですから……受付業務中に来るなんて妨害以外のなにものでもないですよ。あ、こちらが金額になります」

「だったら手くらい止めろ……」


 アルムさんの話を聞きながら依頼受注の手続きをまとめていく私の手の動きを追っているのが何となくわかる。


「そっちは何だ?」


 右手で依頼票を書く傍ら左手で書いている書類を指して聞いてきた。


「ラーゼンさんの釈放要請の書類です。現行犯とはいいますが私を守るための防衛行為ですし私を射抜いた事は別に問題にする気もないので。ゼニス様にちゃんと渡してくださいね」

「領主様の名を気安く呼ぶな。不敬な……」

「でもゼニス様から了承もらってますし」


 アルムさんはカウンターに置いた書類を手にするとそれを表で待機していた部下らしき憲兵を呼んで手渡す。


「あ、表の襲撃者さんはまだ生きている可能性があるので間違っても埋めちゃダメですよ?」

「正気か? 頭に矢が刺さってるんだぞ?」


 それを言ったら私は胸から矢が生えてるんだが。


「ラーゼンさんは傷をつけない魔法の鏃を使っていたはず、なので」

「ギルドマスターは出血しているようだが」

「私の時は普通の鏃だったので」

「……なら仕事してる場合じゃないだろ」

「私が休んだら今並んでる人達が困るじゃないですか……あ、じゃあアルムさんのところの事務員さん何人か貸してくださ」

「お前たち、撤収だ。その遺体は一度神殿に運べ。生きてるやも知れん。ラーゼン・ピアス、貴様も来てもらうぞ」

「ああ、俺は裁かれるべき罪人だ……こんな奴は牢で一生を過ごせばいいんだ」

「いや早く戻ってきてくれないと困りますから。いってらっしゃーい」


 めちゃくちゃへこんでるラーゼンさんというレアな後ろ姿を見送りながら私は次の依頼人の話を伺う。


 それにしてもこの程度の騒ぎでアルムさんがわざわざ来るほどの事だったのだろうか?

明日からは夜一話更新予定です。


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