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第六話 残業②

 そこにある、と知っていなければ無意識のうちに通り過ぎてしまうという暗示魔法がかけられた店の扉を開ける。

 中の明かりはお店の雰囲気作りのために必要最小限に抑えられ、万が一の火災を未然に防ぐために空気中に含まれる微量な魔力に反応して光る魔鉱石が使用されている。

 ただ光るだけでそれ以上の効果が特に無いにも関わらず市場に余り出回らない希少品故にバカみたいなお値段がついている。多分この店にある魔鉱石をかき集めたら屋敷の一つや二つは建つだろう。


「パクったらダメですよ?」

「古傷を抉るな」


 一緒に店内に入ったクライムさんに念のため釘を刺しつつ奥に進む。


「おや、珍しいお客さんを連れて来たねギルマス」


 ヌルリと絡み付くような甘ったるい声が耳に届く。


「こんばんは。盛況そうで何よりですメアリーさん」


 腰まで伸びた栗色の髪を三つ編みにし、身体のラインがくっきり浮かぶタイトな黒いスーツを着こなすこの店の店主、メアリーさんがバッシバシに長い睫毛が伸びた目を閉じたまま上品に笑う。


「ははは。この店内を見てそんな事言うのはキミくらいだよギルマス。泣くよ?」


 店内は閑散……というか私たちを除いていない。閑古鳥が群れをなしていそうだ。



「一見さんお断りにするからですよ……ハクロウさんたちは来てないんですか? どうせ暇してここで飲んでるだろうなぁーって思ったからわざわざ来たのに」

「ふむ、質問に答えるのはやぶさかではないが何か頼んだらどうだい?」

「じゃあ一番安くて美味いヤツで」


 私の注文を聞いてメアリーさんは手にした銀飾の杯に手のひらサイズの氷を入れ、透き通った独特な香りがする酒を注ぎそこに気泡が溢れ続ける液体に青い果実を軽く搾る。

 差し出された杯からは冷気が立ち昇り、触れると凍てつくように冷たい。

 杯に口を付け、爽やかな香りを楽しみながら杯を傾ける。

突き刺すような冷たさにしゅわりとした泡が口内でパチパチと弾き、僅かな酸味と程よい甘味に紛れて強烈な酒精が脳を刺激する。

 不思議なほどするりと飲み干し、氷だけになった杯を置く頃には多幸感が私を包んでいた。


「あー、この一杯のために仕事してる」

「あの、安酒飲んだおじさんみたいな反応やめてくれない? 雰囲気ぶち壊しだよ」

「えっ!?」


 お、おじさん? この美少女に向かってなんて事を言うんですか。


「で、味はどうだったかな? 今日のギルマスの気分に合わせてベースは取り寄せたばかりの」

「うん、美味しかった。おかわり」


 満面の笑みで感想を述べたのにメアリーさんは不服そうに口元を小さくへの字に曲げる。


「まあ、期待した私が愚かだった」

「いや美味しいって最上の褒め言葉じゃないですか。何が不満だっていうんですか」

「だって前に作った失敗作と反応一緒だし」


 失敗作を飲ませるな失敗作を。でもどれの事かわからないから黙っておこう。え、いつのやつ? なんて言ったらいよいよ本気で不貞腐れそうな雰囲気だ。

 表現は変わらないけど不服そうに作ってくれたのを受け取り、一口付けたところで同伴者に指を指す。


「あ、彼にも同じものを」

「別にいらねぇ」

「まあそう言わずに。奢りなんだし。メアリーさんこれいくら? 銅貨二枚?」


 ぐびりともう一口。うん、美味しい美味しい。この感想が何故いけないのか。


「金貨三枚」


……なんか急に味がしなくなったな。


「……はい、どうぞクライムさん」

「飲みかけじゃねーか!」


 結局メアリーさんにもう一杯作ってもらうハメになった。いや金貨計九枚は庶民の懐に優しくない。

 というか前来た時より高級思想が酷くなってる。客がいなくなる訳だ。もぐり酒場で出していい金額ではない。というか生活費どうしよう。山菜でも取って来て食い繋ぐか……?

 もはや酔う事すら出来ない多額の出費に頭を悩ませていると横では何やらメアリーさんが上機嫌になっている。


「ああなんて素晴らしい。どこかのギルマスにも聞かせてあげたい」

「これでも昔は羽振りが良かったから色々飲んできたがこれだけの酒は滅多にねぇ。饒舌にもなるさ」

「光栄です。よければ私の至高の一杯を是非」

「いいね。どうせアイツの奢りだしいただくとしよう」

「ちなみにいくら?」

「金貨三十八枚です」

「……この店分割払いでいけたっけ?」



◼︎



「この店に出入りしてる連中は気に入らねぇがアンタと酒は別だな。気に入ったよ」

「こちらこそここまで味の分かる方に来ていただけて恐悦至極に存じますよ。今後ともご贔屓に」

「えーと分割で支払うとぉ……」


 最初は警戒心増し増しな野良犬みたいなクライムさんが絆され会話が花開いているのを横目に私は突如舞い降りた、いやまあ招いたのは自分だから受け入れるが受け入れ難い借金返済の計算をする。

 同情価格でタダになったミルクの味はもはやよくわからない。


「しかし噂に聞く閃刃がこれほど教養豊かとは……噂とはアテにならないものです」

「あっ……」

「せんじん?」


 聞き慣れない単語に私が顔を上げる。

すると自慢の友人を紹介するようなテンションでメアリーさんが話し出す。


「おや、耳が早いギルマスらしくもない。閃刃クライム・エッジ……最近裏では有名なスゴ腕の剣士ですよ? 知ってて連れて来たんじゃないんですか?」


 きっかけはナンパからだからなぁ……せんじん……閃刃?


「……ブッフォァ!?」


 私は口に含んでいたミルクを盛大に吹き出した。


「せ、せんじん! クライムさんいつそんな二つ名もらったんですか!? ギルドにいた時は二つ名なんてダセェつって拒否ったクセに! うっ、ごほっ、気管に入った」


 酒が入ると笑い上戸になる事をすっかり忘れていた私はゲラゲラと笑ってしまう。苦しい。死ぬ。


 二つ名は国やギルドが功績を上げた騎士や冒険者に与える称号のようなものだ。

 二つ名持ちはそれだけで社会的信頼とその強さが保証される新米騎士や冒険者の憧れで中堅どころが目指す高みである。

 冒険者の二つ名はその冒険者が所属する支部が命名するので実力が付いたら名付けセンスのいい支部に移るなんて話もたまに聞く。

 昨年この街を去ったトニーさんも二つ名は荷が重いなんて遠慮していたが最近王都で剣聖なんて二つ名が付いたと聞いていた。


「くそっ、裏の連中が勝手に呼んでるだけだ。俺が名乗ってる訳じゃねぇ」

「えぇー恥ずかしがらなくていいじゃないですか。あ、もしかしてギルドにいた頃に私が送ろうとした二つ名も恥ずかしかったから拒否ったんですか?」

「それはそう」


 冷静に返された。え? ダメだったかな?


「……ちなみになんて二つ名を送ったんですか?」

「お人好しの剣」

「……かわいそ……」

「えぇっ!?」


 ダメ? 名乗り一発でどんな冒険者が来てくれたかが分かるナイスネーミングだと思うんだけど。


「そういえばこの店を出す時に出資者だから名前決めさせてなんて言って案を出してましたけどアレも素だったんですね」

「冒険者ギルドの受付嬢がなんでもぐり酒場に出資してんだよ……で、なんて付けようとしたんだ?」

「マッドロータス」

「……もっとマシな出資者はいなかったのかよ」

「当時は頼りにできる人がギルマスしかいなかったので」

「悲惨だな」


 好き勝手言うなぁこの人たち。掃き溜めの街でも誇りある名店になるよう願掛けしたナイスネーミングなのに。


「ところでギルマス、ハクロウたちの件ですけど」

「この金額でしょ? しばらく顔見せてないんじゃない?」

「ええ、たまに連絡は寄越すので生きてはいるようです。彼らに何か用があったのでは?」


 私は頬杖をついて上着の内ポケットから丸めた羊皮紙を綺麗に拭き直したカウンターに置く。


「ちょっと表の仕事をね……ギルドにはまだ流せないけど遅れたらダメな案件だから急いで来たんだけど」

「私が呼んでもすぐ集まるかは分かりません。最後のセリフはこのぼったくりバーめ、でしたから」

「仲良くやってよぉ……話が通じる裏の連中の溜まり場にしたかったから出資したのにぃ」

「表の酒場で飲んでたら冒険者ギルドにクレームが来たからこっそり飲める場所が欲しかったのでは?」

「まあ比率的にはそっちが八割だったけどさぁ」


 今や気軽に飲みに来れる店じゃなくなってるんだよなぁ。今度からは持ち込みにしよう。


「でも確かにギルマスが連れてくる人たちって裏側にしてはお行儀が良かったですね。一応狙って集めてた訳ですか……一人カウンターにミルク吹き出す粗忽者はいましたけど」

「……裏に堕ちても再起したいって人はいますからね。表の仕事を斡旋する場として最適だったんですよ……今や閑古鳥の巣だけど……あー、誰か受けてくれる暇で善良な悪党はいませんかねぇ」

「チラチラこっち見んな……で、どんな仕事振ろうとしてんだ」


 そう言ってクライムさんがカウンターの羊皮紙を手元に寄せる。やっぱりお人好しの剣でしょこの人。


「ゴブリン退治……しかも遂行中の依頼じゃねーか」

「はい。依頼してから今日で二日目でした。依頼内容のゴブリンの規模と受けていただいた方達の実力なら今日、帰ってこないのはおかしいんです」

「おかしいって……そりゃ予定通りに進まない事だってあるだろ……帰るのが面倒で近くの村で泊まってるかもしれねぇぜ?」

「はい。私の取り越し苦労ならそれでいいです。死んでても正確な情報が入るので後々の処理を前倒しに出来ます。あと……早めに手を打っていれば助かったかもしれないって後悔しなくて済みます」


 適正な難易度の依頼でも失敗するという事はある。冒険者の依頼失敗とはほぼ死と同義だ。

 再度冒険者を手配するという二度手間を避けるために私はとにかく冒険者の実力から少し下の難易度を斡旋するよう努め、彼らの実績から達成にかかるであろう日数を算出し、それを過ぎればこうして裏で手を回す。遂行中の依頼を冒険者に再委託するのは冒険者ギルドの御法度だからである。

 失敗と認定されるのは死体が上がるか明確な事態……例えば長期間報告が上がらなかっり討伐対象が村や街などを襲うなどといった事が起こらないと認定されにくい。

 だからきっと冒険者がなんとかしてくれる、という望みを抱いたまま滅びた村が存在するのだ。

 ギルド側から積極的に動くのは依頼人からの追加費用が出されるか失敗した冒険者からの自己申告しかない。この体制は改善すべきだと思う。


「冒険者さんたちを送り出した後って枕を高くして眠れないんですよね」


 まあ最近はそれ以前の問題なのだけれど。そもそも寝てないし!


「じゃあ仮に俺がコレを受けてこの冒険者と街の入り口でばったり会っても金くれるんだな?」

「ええまあ」

「もし死んでたら?」

「なんでもいいんで遺品回収をお願いします。遺体も何も無いのに死んだなんて言っても遺族はそう簡単には納得しないので」


 まあ冒険者になる人って自ら家との繋がりを絶ってたり追放されてたり天涯孤独だったりするから誰が悲しむわけでもないのだけれど。

 今言った話も貴族の三男坊が冒険者になって死んだ時、彼がそこにいた証が何一つ残っていなかったから起こったレアケースだ。


「で、受けてくれるんですか? クライムさんが受けてくれるなら私も安心して仕事出来ますよ」

「はっ、誰が尻拭いなんてするかよ。冒険者なら死を覚悟して依頼に臨むのが当たり前なんだからな」


 席を立ってクライムさんが出口へと向かう。マジで奢られる気か? ちょっとくらい出してやるという粋な計らいは無し?


「お気をつけて〜」


 そんなクライムさんの背に声をかけるが無視された。まあ冒険者時代から返事を返された記憶はないけど。


「どうします? 他の誰かに声をかけてみます?」

「いえ、いいです。クライムさんが行ってくれたので」

「……受けようって素振り皆無でしたが?」

「あの人素直じゃないですから」


 私はカウンターに残された羊皮紙を手元に引き寄せる。その角にはさっきまで無かった折れ目があった。

受ける依頼をチェックする時の冒険者時代からのクライムさんの癖である。


「あー肩の荷がちょっと減った。メアリーさん、何か軽食と寝起きにピッタリなお酒とかない? 持ち帰りで」

「まあ、あるけど? ここで飲んでいけばいいのでは?」

「いえ食事の約束して放置してきてる人がいるので朝食奢って帳消しにしようと思って」

「……ま、今日は色々頼んでくれたから金貨二枚でいいよ」

「……もう一言」

「じゃあ三枚」

「違うそっちじゃない」


 結局金貨一枚と銀貨八枚で話がついた。

たった一夜で金貨四十七枚銀貨八枚の大出費だ。明日からどうするかな。

 メアリーさんに別れを告げ店を出る。

 まだ夜も深いが煌めく星空が綺麗だ。あれ全部金貨になって落ちて来ないかな?


「うわっ」


 歩き出して少ししたら道端に何人も人が転がっていた。誰も彼も人相が悪く、中には手配書に描かれた犯罪者もいる。

そんな死屍累々な有り様だが一応全員生きてはいるらしく息はしているようだ。

 全員揃って酔い潰れているのかと思ったがどうやらそうでもないらしい。

 男たちが握っているのは私が載った今朝の新聞だった。多分私が掃き溜めにいるのを見た誰かが集めて張っていたのをどこぞのお人好しが道すがらボコって放置して行ったのだろう。

 どうせ感謝しても知らないで済ませるだろうから心の中で礼を言って男たちの懐を漁って財布の中身を抜き取る。きっと酒代のつもりで放置したのだと解釈し、ありがたく頂戴しよう。

 ついでに何に使われるかわからないので新聞も一緒に回収する。


「ん……?」


 私は手にした新聞を読んですっかり酔いが覚めた頭で思考する。

 違和感……朝はゼニス様の相手をしながらだったから気づきもしなかったが新聞に載せられた記事の文字列にある規則性があった。

 私は新聞に隠された暗号に辟易する。それはある界隈で使われるもので読み解いてみれば私の身柄に掛かった賞金が顕になる。


「至高の一杯の三倍くらいかぁ」


 個人に掛ける賞金としては破格だが冒険者ギルドに喧嘩を売るにしては安すぎる。

 掛けた人も受ける人も怖いもの知らずだ。

 まあギルマスなんてやってる私の命なんて普段から狙われていておかしくないからこの問題は後回しだ。犯人の特定は容易だしまさか犯人も私が暗号を知ってるなんて思いもしないだろう。


「……これ自分から出頭したら賞金って出るかな?」


 気持ち外套のフードを深く被り、道に倒れた彼らをうっかり踏まないように気をつけながら月明かりの下を歩いて職場へと戻る。

 今からやれば今晩中に済ませたかった事務処理は何とか終わるだろう。夜はまだ始まったばかりだ。

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