第五話 ワンオペレーション④
昼下がり。午前中はどこに隠れていたのかと疑いたくなる数の人の波に私は笑顔を浮かべて心の中で悲鳴を上げる。
原因は昨日のゴーレム騒ぎだ。
どっかのアホがまだ違法ゴーレムが眠っているかもと噂したのが午前中の間に爆発的に広がり、倉庫に貯蔵していた食料や商品を一時的に避難させようとした商人や農村の人々がこぞって馬車の護衛依頼を出して来ているのである。
ただでさえ昨日の依頼を捌くために残っていた冒険者たちに依頼を振り分けたのでこの数の依頼をこなすにはどうにか依頼人を纏めて行くしかない。
行列の中から目的が同じ依頼人を列ごとに分け、別の保管先へのルートが似通った依頼を効率よくまとめ上げ、一度の派遣で二、三件の依頼をこなせるようにする。
言外に犯人は捕まって同じような事件は起こりにくいと仄めかすが避難させる費用と商品が全滅するリスクを天秤にかければまあ誰だって前者を選ぶ。
私が安全を保証し、万が一があれば冒険者ギルドへ賠償を求めてくるだろう。
目減りしていく冒険者の数に胃がキリキリし始めるとまた冒険者ギルドの扉が開かれる。
「ようこそ冒険者ギルドへ!」
「ギルマス〜! ただいま戻りましたよ〜!」
意気揚々と入って来たのは先日依頼のために出立した冒険者の一人ラーゼンさんだった。
燃えるような赤髪に長身で美丈夫な見た目をした弓使いの冒険者だ。
「おかえりなさい。ご報告は列に並んでくださいね」
「あ、はい」
列を無視してカウンターまでやってきたラーゼンさんを笑顔で追い払う。
元々王都で活躍していた冒険者なのだがよりにもよってお忍びで城下町に来ていた第二王女に手を付けてほとんど追放みたいな感じでこの辺境支部に飛ばされて来た人だ。
とにかく女遊びが派手で飛ばされた時期が私と近かった事が原因で彼が手を出した女性陣から謂れのない誤解を受け、危うく殺されかけたのは記憶に新しい。
そんな事件があったからか流石に大人しくしてくれていたようだが嘘を誠にするつもりか私へのアプローチが増えてきているのが困る。
貴女のハートを射抜く男〜なんて現れるたびに述べていた前口上が無くなっただけマシにはなっているが。
そんな彼の帰りを皮切りに出払っていた冒険者たちが次々と帰還して来た。おかげで依頼の割り振りにも目処が立ってくれたおかげで胃の痛みも治ったようだ。
「はーい次の方〜」
「待ってましたぁ!」
あ、もうラーゼンさんの番か。早い。
「はい、それでは報告をお願いします」
「もちろん。あれは三日前、ギルマスから直々に依頼を受けた俺は」
直々も何も私からしか依頼がいかない状況なんだって。
「すみませんその話長くなりますか?」
「報告ですけど!?」
依頼を受けたところから話す必要は皆無でしょうが、という本音は漏らさず後にいる冒険者さん達を待たせないように必要な箇所をピックアップして報告するよう促す。
物足りなさそうにしながらラーゼンさんは依頼のワイバーンの群れを次々と射抜き、群れのボスを仕留めた事を報告してくれる。
ワイバーンはドラゴンに比べれば脅威度は低いが空からの奇襲で大打撃を受ける冒険者は多い。その群れを目立った外傷もなく三日で完遂させて帰って来るあたり実力は本物だ。
「と、いう訳で今晩食事なんてどうですか?」
?? 何がという訳なんだろう?
私話を聞きそびれたかな? 流石に五徹目で感覚が狂ったのだろうか? でも先月やった十徹の半分程度だからまだまだ大丈夫なはずだ。
私は報酬の詰まった革袋を渡して曖昧な表情で答える。
「えーと、まあ、今晩仕事が終われば」
「……」
ラーゼンさんの表情が強張る。うんまあ遠回しにお断りしてるからね。私の仕事が夜には終わらないと知っているからこその反応だ。
「わかりました! ワンチャン待ちます」
「はいじゃあ次の方」
待つんだ……申し訳ないから断っておけばよかった。
女遊びを控えるようになってから彼は冒険者としての仕事以外では湿気たマッチのような状態らしく行きつけの酒場や遊郭で豪遊しなくなったと何故か私にクレームが来たことがある。
別に刺された事は気にしてないし好きなだけ遊んでくれて結構なんだけどね。
私は長椅子に座ってマジで待ち始めたラーゼンさんを横目に帰って来た冒険者たちに次々と依頼達成の内容を確認し、報酬を渡していく。
報酬を受け取った冒険者たちはその場で山分けしたりそのまま飲みに行ったり次の依頼を探したりしている。夜の冒険者ギルドとは打って変わって賑やかな雰囲気を感じながら帰って来た冒険者のリストを更新している内にふと手が止まる。
「ギルマス、どうかしたか?」
「あ、いえ何でもないですよ。はい、お疲れ様でした」
報酬を渡しながらまだ戻って来ていない冒険者パーティーが受けた依頼を脳内で結びつける。
受付嬢として冒険者の実力は逐一情報を更新している。今戻って来ていない冒険者たちが受けた依頼は彼女らの実力ならもう帰って来てないとおかしい。
「どなたかモニカさんたちを見た人いますかー?」
報酬を手に賑わう冒険者たちに声をかけるが彼女たちを見たという反応は帰って来ない。
報告を後回しにするタイプでもないのが余計に気掛かりだ。とはいえ今はこれ以上出来ることもない。
私はまずは目の前の仕事をしっかりこなす事に集中する事にした。本当に申し訳ないがこの瞬間から待たせているラーゼンさんの事は頭の片隅からすら消え失せていた。
◼︎
深夜、黙々とペンを走らせ今日中に纏めておきたかった資料を書き上げる。きっと月末の私は今日の私に感謝する事だろう。
席を立ち、軽く背を伸ばす。その時になって私は長椅子で寝落ちしているラーゼンさんの姿を見つけ、昼間のやり取りを思い出した。
「……すみません」
完全に忘れていた。
起こして謝罪するかどうか迷ったが依頼を済ませて疲れているであろう彼をこんな夜遅くに起こすというのも可哀想な話だ。
仮眠室から新しい毛布を引っ張り出し、寝ているラーゼンさんにかける。
冒険者は野営するのも日常茶飯事なので近くに誰かが来れば目を覚ましてしまうと聞くが全く起きる様子がない。
まあ全く敵意のない私だからだろう。仮にモンスターや野盗が近づけば直ぐに目を覚ますに違いない。
私はそのまま留守を任せ、少し冷える夜道を歩くために外套を羽織る。受付嬢の可愛らしい制服に対して黒一色のかなり無骨な品だが防刃と対魔力を兼ね備えたそれなりに高い装備である。
しっかりと戸締りをして私は人気がない夜道を歩く。灯りも持たずに黒ずくめな格好で出歩く姿は不審者極まりないが憲兵による街の巡回警備のルートと時間は把握している。まず見つかる事はないだろう。
月明かりだけを頼りに私は大通りをしばらく歩き、目印の建物から横道に入る。
狭く入り組んだ裏路地はまるで迷路のようになっていて知らずに迷い込んだらそう簡単には抜け出せない。
こんな造りになってしまったのはこの街が造られた当初、全く計画性がない上に許可が降りてないにも関わらず建築増築改築解体と当時の人たちが思うがままに行動し、辺境の田舎町だからと当時の領主であるゼニス様のご先祖が碌に管理をしなかった結果である。
おかげで領主であるゼニス様も憲兵らも把握してない建物が点在する治外法権まがいな地区が爆誕した。
そこは言ってしまえば大多数が犯罪者に該当する人種の巣窟。俗称『掃き溜め』である。
「おう嬢ちゃん。こんな時間に出歩いたら危ないんじゃねぇの?」
「俺らが安全なところまで案内してやろうか?」
そんな掃き溜めに踏み入って早々に酒気を帯びた二人組に絡まれた。人相は冒険者並みに悪いが彼らは大体マジで悪党なので同列に扱ってはならない危険な人種だ。
しかしその片割れのシルエットと声色に覚えがあった私は目を丸くする。
「……なんだクライムさんですか。何テンプレートな絡み方してるんですか」
「あ? ……げっ!? 受付嬢!」
部屋の隅で虫を見つけたような表情で後退りした褪せた灰色の長い癖毛の男性はかつて追放処分となった元冒険者のクライムさんだった。
隊商の護衛依頼中にモンスター襲撃のどさくさに紛れて積荷の一部を失敬したろくでなしである。
それまではそこそこ名の知れた二刀流の剣士だったから実に惜しい人材を失ったと歯噛みしたものだ。
「なんでアンタがここにいるんだ。ギルドの金でも盗んで逃げて来たか?」
「私がそんな事する訳ないじゃないですか。今や真面目が祟ってギルドマスター代理ですよ?」
「ギルマス代理?」
「おい、なんだよクライム知り合いか? 俺にも紹介してくれよ」
こんな場所に堕ちても仲間がいる事に内心安堵してしまう。同情は出来ないがあの横領事件で仲間から総攻撃されていた光景は今でもよく覚えている。
まあろくでなしの仲間だからろくでなしなんだろう。その証明とばかりに私の身体に触れようと手を伸ばして来たがクライムさんが止める。
「やめろやめろ。手ぇ出したら痛い目みるぞ」
「チッ、なんだよ」
興が削がれたのかクライムさんの手を振り払ってからその辺に唾を吐いてさっさとどこかに引っ込んで行ってしまった。
「友達は選んだ方がいいですよ?」
「根は良い奴なんだよ……で、マジで何しに来たんだ? ここはギルマス兼任の受付嬢が来るところじゃねーだろ」
「月の雫に用がありまして」
「うーわ。あそこの客かよ……俺あそこの連中嫌いなんだよな。悪党の癖に一丁前に正義感持っててよ」
「まあ好きで悪党なんて呼ばれる立場になった人たちじゃないですから。クライムさんもその口じゃないですか。今なら私ギルマスですし冒険者に復帰させられますよ?」
「……いや正気か? 連中が許す訳ねーだろ。今更どの面下げて戻るんだよ」
クライムさんはバリバリと頭を掻いて居心地が悪そうにする。
彼の行為は仲間と冒険者の信頼を堕として余りある行いだったがその理由は大病に侵された妹の治療費の為だった。
まあどんな事情があろうと許される行為ではないしその後こんな場所に流れついた辺り本質的には悪人寄りなのだろう。
ただあの日から冒険者ギルドに関わる事は辞めていたのは間違いなさそうだ。
「クライムさん、知らなかったんですね。元いたパーティーの皆さんはもう亡くなってますよ」
「…………は?」
「クライムさんが追放された後で発覚したんですけどあの人たちクライムさんに隠れて犯罪ギルドと繋がってたんですよ。で、そこでトラブったらしくて」
私は親指を立てて首の前で横一閃して口に出しづらい彼らの末路を伝える。
貶すつもりはないがクライムさんという戦力を除いたら特筆すべき点は特になかった平凡なパーティーだ。パーティーを組む際は実力が拮抗した者同士で組まないと自分たちの実力を勘違いしてしまう。私も彼らがクライムさんがいた頃のノリで依頼を受けようとするものだから誘導するのに苦心したものだ。
まあクライムさんをあれだけ非難しておきながら自分たちの方がよっぽどヤバい仕事に手を染めていたのが発覚した時は私もドン引きした。まあバレなきゃ何してもいいという考えには共感してしまうのだけれど。
「はっ、ざまぁ……ざまぁ」
「……もしかして泣いてます?」
「はぁ!? 泣くわけねーだろ」
めっちゃ睨んでくる。こわ。
ただでさえ強面なのに裏稼業に身を堕としていたからか余計凄味がある。知り合いじゃなかったら私が泣いてる。
「……ぁぁ、クソッ。酔いが覚めた……」
「あ、じゃあ奢るんでエスコートしてくれませんか? クライムさんが叫んだからかヤバそうな人たちめちゃくちゃこっち見て来てるんで」
物陰からこちらの様子を伺っている人たちの目ははっきり言って獣みたいだ。今一人にされたら間違いなく襲われるだろう。
一応保険は用意してあるから大丈夫だとは思うが頼れる相手がいるなら迷わず頼るのが私のモットーである。
「……はぁ」
死ぬほどめんどくさそうなため息を吐いてクライムさんは私を置いて歩き始める。その方角は私の目的地と同じだった。
そのかったるそうに歩く後ろ姿は昔、私が大量に受けた依頼を押し付けられて文句を言いながら冒険者ギルドから出ていく昔の姿と重なった。
「クライムさん。そのお人好しっぷりで裏稼業やって行けてます? 天職に出戻った方がいいんじゃないですか? 冒険者ギルドはいつでも門戸を開いていますよ。才能ある人が腐っていくのは容認出来ません。ギルド的に」
「いやアンタが楽したいだけだろ。それにいくらギルマス代理が許可しようが他の職員は俺みたいなのを受け入れる訳ねーぞ」
「……他? ああ、大丈夫大丈夫。今ウチの支部私だけだし」
「……あ? 何言ってんだ?」
事実を言ってるんだけど、何か?
一章完結までは毎日投稿予定です。
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