第四話 ワンオペレーション③
早朝から依頼人や冒険者を迎え入れるためにギルド支部の床にモップをかけ、カウンターを丁寧に拭いていく。
冷たい水で僅かな眠気も覚め、綺麗になった支部に満足していると扉を叩く音が聞こえて来た。
一瞬隅に転がるならず者たちの仲間かと思ったが聞こえて来たのは知り合いの声だった。
「ギルドマスター、いるのはわかっています。開けてください」
「はいはーい。今参りまーす!」
まだ営業時間外だというのにさも当然の様に要求してくるこの手の手合いはどこの街でも大抵権力者か悪質なクレーマーだ。
私は手にしていた掃除道具を片付けて扉に向かう。
扉を開けるとそこに居たのは紫陽花のような色の髪を肩まで伸ばし、眼鏡をかけてパリっとしたスーツを着こなした女性だった。
「おはようございますミランダさん。いい朝ですね」
「……本当にいるとちょっと引きますね」
クイッと眼鏡を上げてこちらを見つめて来たのはこの街の領主様の秘書官を務めるミランダさんだった。私よりもずっと仕事が出来る人で受付嬢にスカウトしたらそんなヒラヒラした制服なんて恥ずかしくて着れないと断られたのは記憶に新しい。似合うと思うんだけどなぁ。
「サーティン様からの招集命令です。直ちに屋敷まで来るように伝えよと仰せつかっています」
「え、ゼニス様が?」
ゼニス・サーティン。病で亡くなった先代に代わってこの街を含む辺境一帯の領主になるや否や、成人していないにも関わらず領地運営にテコ入れを始めた貴族のご令嬢だ。
「申し訳ございません。業務が立て込んでおりまして……お伺いする事は出来ません」
「どうせそう言うと思ったわ戯け! だからわざわざ来てやったぞ!」
「へ?」
両開きの扉のもう片側が開く。
そこに居たのは美しい銀髪を丁寧に編み込み、紺色の落ち着いたドレスを着た少女が不機嫌そうな顔で腕を組んでいた。
現領主のゼニス様だ。相変わらず小さくて偉そうだ。偉いんだけど。
「ギルマス! 貴様妾が留守の間に好き勝手してくれたようだの!?」
「そんな事はありませんが……」
「だったらコレはなんだ!」
ゼニス様の言葉に合わせてミランダさんが私に新聞を差し出してくる。そこには粉々になったゴーレムと建物を背景に笑顔でピースしている私がいた。
それを見て私は昨日現場で立ち回っている最中にカメラを向けられて反射的にポーズを取った事を思い出した。そっか新聞に掲載するための写真だったのか。
「よく撮れてますね」
「アホ! 貴様の顔はどぉーでもいい! その下だ下!」
私はゼニス様に言われるがまま目線を下げる。
そこには『領主様自ら討伐依頼。早急な対応のおかげで被害は最小限に。身銭を切ってでも街を守る領主様の姿にギルドマスターとして最善を尽くしました』という私がロックさんに渡していたコメントが大きく掲載されていた。
ただ文面が地味に変わっている。まあ伝えたい意図は伝わっているから問題ないけど。
「だーれが討伐依頼など出した!? 妾の名前を勝手に使いおってからに!」
「取りっぱぐれない依頼人といえばゼニス様ですし」
「ふ、ふざけるなよ貴様」
ワナワナと震えるゼニス様。その灰色の瞳に私を映してビシリと指を指してくる。
「とにかく! 妾は払わんからな! 聞けば違法ゴーレムの暴走というではないか。それを持ち込んだ狼藉者から搾り取るのだな!」
「あ、その狼藉者ならそこにいるんで引き取っていただけますか?」
「へ? ……ぎゃああぁぁ!?」
私が指差した方向に目を向けたゼニス様が悲鳴を上げて私の身体に身を隠す。うんまあ石化した人間が転がってたらビビるよね。
「おまおまおまおまオマエ何考えてるんだ!? 殺人か? 狼藉者とはいえ六人もヤッちまったのか? 前から狂ってるとは思っていたがいよいよタガが外れたか!?」
「ちょっと待ってください。そんなふうに思ってたんですか? 大丈夫です、ああ見えて死んでません。ちゃんと生きてますよ」
「そっちの方が惨いわ! 生涯石のまま生きるのか? 鬼! 悪魔!」
「サーティン様、落ち着いてください。ギルドマスターは狂人ではありますが人命は尊重される方です。尊厳は無視しますが……元に戻す方法があるのでしょう?」
「そ、そうなのか?」
何で狂人なんて言われるのか。私は制服の内ポケットから瓶に入った薬品をミランダさんに渡す。
「彼らにかけた魔法を解くための魔法薬です。まあ一人分しかありませんけど」
「他の五人はどうするんだ? 飾るつもりか?」
あんな華のない石像なんて飾る気も起きませんが。
「まさか……魔法薬は材料さえあれば簡単に調合できますから、もし使った人が何も知らない捨て駒で追加の魔法薬が必要でしたら材料採取の依頼を頂ければ直ぐに手配しますよ……あ、あの縄で縛ってる人は一度割れちゃったからまだ使ったらダメですよ? 多分まだくっ付いてないです」
「……やっぱり狂っとるだろ……おいお前たち、さっさとここから彼奴等を回収しろ。ギルマスがストレス発散にいつ壊して回るかわからん」
ゼニス様の命令で後ろに控えていた私兵の男たちが石になった狼藉者たちを回収していった。
「いや引き取り手が来てくださって助かりました」
「そのために来た訳ではないからな? とにかく金はあの連中から回収しろ。わかったら返事を」
「おお領主様」
ゼニス様の言葉を遮って声をかけて来たのは朝早くからやって来た依頼人たちだった。
「新聞拝見しました」
「領主様自ら討伐依頼を出してくれたとか」
「こんなに頼りになる領主様は他にはいません!」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
わらわらと集まって感謝を述べながらゼニス様に首を垂れる。そんな様子を見て仕事に向かう人々も何だ何だと集まって来てはゼニス様の姿を見て口々に彼女を讃える。
「若すぎるから心配の声もあったがこれほど領民の事を考えてくれる貴族様はいませんよ」
「皆さん、それだけではありませんよ? あの事故……もとい事件を起こした犯人を領主様と私兵団の方々が捕らえてくれたのです!」
「ッおい!?」
「おおぉー」
「流石だぁ」
「仕事が早い!」
「領主様!」
「領主様!」
集まった人々から歓声が上がる。朝からテンション高いなこの人たち。
「しかも事件の真相解明も領主様自ら行ってくださるそうです!」
「おぉそれなら安心だ」
「頼りになるぅ」
若干後退るゼニス様だったがフン、と平たい胸を張って腕を組んで声高に叫ぶ。
「当然だ! お主らの生活を脅かす狼藉者どもは妾が処断してくれる。安心して仕事に励むが良いわ!」
「領主様、領主様。お支払いは期日までにお願いしますね? 決算も近いので」
「わかったわかった! ええいお主ら散れ散れ。道を開けよ」
拍手喝采の中、ゼニス様はチラリとこちらを睨んで表に停めてあった馬車に乗り込んで行った。
これで取りっぱぐれは回避だ。相変わらずチョロくて助かる。
そんなチョロかわゼニス様を見送ろうとしたら馬に乗った憲兵の一人が馬車に駆け寄った。
「領主様! 火急の知らせが!」
「なんだ、私は忙しいんだ! 行きながら申せ!」
「お気をつけて〜」
「ッ……」
私が手を振って見送ると窓から顔を覗かせたゼニス様の手が一瞬上がるがそのまま下瞼を指で下ろして舌を出してきた。可愛い。
そのまま見送っているとゆっくりと走っていた馬車はいきなり速度を上げて視界から消え去った。
「それじゃあ朝の受付を開始……する前にちょーっとお待ちくださいね!」
バタンと扉を閉めて施錠する。ゼニス様の登場で朝イチのお風呂に入り損ねた。
一日くらいと思うかもしれないが受付嬢には死活問題だ。私は支部内にある簡易浴場でささっと身を清めると湯上がりで髪が乾かないまま朝の受付業務を開始した。
湯上がり美少女の姿を少しでも長く見ようと依頼内容の説明を長引かせようとする人に内心舌打ちしながら次からは気をつけようと心に誓った。
◼︎
早朝のゼニス様来訪を皮切りにスタートした受付業務は昼前にはおおよそ捌ききり、残りはあと僅かとなっていた。
片手で数えられる人数に内心感動しているとその感動に水を差すように扉が開く音がする。
「冒険者ギルドへようこそー!」
私が笑顔で入り口に目わやるとそこにいたのは記者であるロックさんと見知らぬ少女だった。
ロックさんはへらへらとした笑みを浮かべて手を振ると少女を連れて部屋の隅に並べられた長椅子に腰掛けて手帳を見ながら少女と何かを話している。
列に並ばないという事は依頼ではないのだろう。となれば要件は昨日依頼したローゼン商会の調査報告の件か。
私は残った依頼人たちの受付業務を済ませると二人に声をかけて手招きする。
「やー、ごめんね遅くなって」
「別に構いませんよ……ところでこちらの方は?」
私が目線を少女に向けると慌ててお辞儀をしてくる。
身長は私よりも低く、まだ幼さが残る顔立ちだ。恐らく成人して間もない年頃だろう。十五あたりかな?
クルンとカールした茶色い癖毛が愛らしく、琥珀色の瞳はキラキラとしていた。
「ああ、彼女はメディア。今後ウチに新しく配属された新人だよ」
「新人!?」
ああ何て羨ましい響き。私も新人が欲しい。
「初めましてメディアさん。私はフランドール。この冒険者ギルドの受付嬢兼ギルドマスターを務めてます。よかったら受付嬢になりませんか?」
「えっ?」
「あの、いきなり引き抜きとかやめてね? 僕らも人手不足……あ」
「人手不足?」
ロックさんが務める新聞屋は所長さんと事務員を含めて九名在籍していたはずだ。そこに新人のメディアちゃんが入ったのなら十名。
冒険者ギルド辺境支部の十倍の戦力を有している事になる。
「ごめん失言だった。彼女は昔から記者になりたかったらしいんだ。だから受付嬢にはなれないよ」
「……給金倍出します」
「く、食い下がるねぇ……ほら、ギルマスもあれだけ求人を撒いたから今度の面接はきっと忙しいよ?」
「そ、そうだった。私には未来の後輩たちがいる……すみませんメディアさん」
「い、いえ……噂通りの方なんですね……」
噂って何?
「あのーそれって……」
「ややや、他愛ない話だよ。それより昨日依頼された件なんだけど」
強引に話を切り替えられた。
噂とやらは気になるが話が長くなったらお昼休憩に差し掛かる。私はさっさと内容を確認する事にする。
「あの倉庫は確かにローゼン商会が所有していたけど別の商会に貸し出していたようだね。中の荷物は全部その商会のものらしいから損害賠償は請求しないって言ってたよ。建物も取り壊しを予定してたから丁度いいってさ」
そうでしょうとも。下手に関わったら密輸がバレるんだから。
こう騒ぎになってしまった以上、多分この密輸に関わっていたローゼン商会の人間は消された可能性が高い。
ズキリと痛む胸にカウンターの下でスカートの裾を握り締める。
「わかりました。ありがとうございます。あとは領主様の手腕に期待しましょう。今朝実行犯と思わしき人たちを連行していったので」
「本当かい? よし直ぐに領主様の屋敷に行ってみるよ! それじゃ」
「あ、待ってください先輩! あ、あの……失礼しました!」
「お気をつけて〜」
ロックさんの後を追いかけるメディアちゃんの初々しい姿を手を振って見送る。
いいなぁ。私も後輩が欲しいなぁ。
バタンと扉が閉まったタイミングでお昼の鐘が鳴る。私は保存食として保管していた焼き菓子を引っ張り出して来て口に運ぶ。
大して旨くもないボソボソとした食感。そんな味気ない食事を無心で済ませて私は午前中に受けた依頼票を纏めていくのだった。




