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第三話 残業

 残業とは孤独な戦いである。

 灯りを落とした暗いギルド支部内を照らすのは手元に置いた蝋燭の灯りのみ。

 普段は冒険者や依頼人でごった返しになっている職場の雰囲気はガラリと変わり、火が蝋を溶かす音すら聞こえそうな静寂の中、ペン先が羊皮紙の上を駆け巡る音が止むことはない。

 今やっているのは今日までの依頼件数と利益、そして冒険者を手配するためにかかって人件費などの原価を差し引いての純利益の計算だ。

 冒険者ギルドは国には属さない独立したギルドだ。とはいえ各国の領地に支部を置き、武装した冒険者を囲っているのだからそれなりの対価を支払っている。


 平たく言えば税金だ。


 支部を置く土地の賃料に毎月の利益から国ごとに定められた税金を支払う。

 国からしてみれば冒険者ギルドは私設武装組織みたいな存在なので出来る限り金を搾り取りたいというのが本音だろうが冒険者ギルドの規模に対して税金額はかなり控えめだ。

 理由は単純であまり高額な徴収してしまうと冒険者ギルドがその国から撤退するからだ。

 ギルドとて慈善事業ではない。例えモンスターが蔓延る危険地帯に隣接した国があり、冒険者が必要な国でも割が合わなければ迷わず支部を畳む。

 結果その国は自前の軍でモンスター退治に乗り出さなければならなくなるし、時には隣国の冒険者ギルドに依頼が持ち込まれ金が流出していく。

 さらに働き盛りの若者が冒険者を目指して国外に出てしまうというのもよく聞く話だ。それなら自国内で冒険者になってもらった方がいい。

 なので双方が納得する額の擦り合わせには時間がかかる。 まあそんな国と本部が話し合うような案件は辺境の支部であるウチには関係ない話だが支払う金額を正確に把握するために毎月月初には前月の売り上げを本部に報告しなければならない。月末はまだ先だが今から計算しておかないと泣くのは私自身だ。


「うーん……計画は余裕で達成だけど来期の予算削られそう……」


 計算し終えた羊皮紙と睨めっこしながら眉間に皺を寄せる。

 ギルド支部はシーズン毎に売り上げとかかる人件費や経費などの予算、最終的な純利益の目標を算出した計画を定めている。

 計画を立てる際は基本的に前期シーズンの売り上げ高から何割か上乗せした金額を設定するのだが前期はトニーさんというズバ抜けて仕事が出来る冒険者がいたので辺境とは思えない売り上げを叩き出していた。それに上乗せした計画を提出した後でトニーさんが移籍し、計画達成は絶望的だったが気付けば達成してしまっていた。

 特に予算組みしていた人件費に至っては大幅に下回っている。

 これは本来いるべき受付嬢などのギルド職員の人件費が私を除いて一切発生していないからだ。

 さらに言うと私は不本意ながらギルドマスターの役職を兼任しているので残業代は出ないから尚更費用が抑えられている。

 まずいのはこのまま達成してしまえば来期予算を同額で提出しても今期の結果を見て却下される可能性が高いという事。

 来期は新人が沢山入る予定なのでそうなると計画予算を大幅超過という理由で支部の評価が下がり、ボーナスが減り、新人が辞めていく負のスパイラルが誕生しかねない。

 人を寄越せと再々訴えかけているが業務が回っているからと先送りにされてきた弊害だ。私の頑張りが私の首を絞めている。なんだろう、緩やかな自殺かな?


「はぁ〜、やだやだ。ちょっと息抜きしよ」


 まとめた資料を横に押しやり、私は分厚い革の本を引き出しから取り出す。

 これは来たる新人に向けて作成中のマニュアルだ。

 タイトルは『完璧で無敵な受付嬢への道』私が学んだ全てを凝縮した珠玉の逸品だ。

 ページを開けば目に入るのは笑顔を忘れる事なかれから始まる受付嬢の十戒が書かれている。

 業務の合間に少しずつ作成したマニュアル。それもいよいよ大詰めだ。

 新人がこれを読んですぐに一人前になればきっと毎日が楽になる。


「定時で上がって〜、みんなで飲みに行って〜、休みもローテーションで取って〜……あ、旅行なんていいな〜南の島でバカンスとか〜」


 私は来たる明るい未来に想いを馳せながらマニュアルを書き込んでいると入り口の扉が開く。

 ああ忘れてた。そういえば外には招かれざる客がいたのだった。


「ようこそ冒険者ギルドへ! ただいまのお時間は通常の受付時間外となります。夜間の緊急案件でしょうか?」


 私は彼らが昼間のバカ騒ぎを起こした一味であることを全くわかっていないフリをしていつも通りの対応をする。いるんだよたまに夜中に冒険者ギルドに来る奴! しかも私がいたらいたでドン引きするんだよ。だったら来るなよ。

 支部に入って来た連中も黒ずくめの怪しい覆面を被っているが何となく引いている雰囲気を感じる。


「いつになっても出てこないと思ったらまだ働いているだと……?」

「だからさっさと押し入って攫っちまえばいいって言ったんだ」


 入り口を固めた男たちがそんな会話を始める。

 どことなく緊張感の無い会話。まあ女の子一人に対して六人もいれば余裕も生まれるか。


「嬢ちゃん。悪いが一緒に来てもらう。我々の計画をどこで知ったか吐いてもらう必要があるからな」

「こんな夜遅くまで付き合わされたんだ。たっぷりと楽しませてもらうぜ」


 すごい。物語に出てくるめちゃくちゃ三下っぽいセリフを言う悪党って本当にいるんだ。


「何をするつもりですか? 人を呼びますよ」


 誰もいないけど!


「おっと、騒いでも無駄だぜ。こんな時間に誰も来やしねぇよ」


 来るんだよたまに。ふざけるなよ。

 私がずっといるからって冒険者ギルドが二十四時間営業って勘違いしてるんじゃないよ。

 え? 受付しちゃう方が悪い? それはそうなんだけど!


「おいさっさと済ませちまおうぜ。受付嬢の一人や二人いなくなっても大した騒ぎにならねーし」

「一人や二人……?」


 その何気ない一言がどんな時も笑顔がモットーである私の笑顔を凍り付かせた。

 受付嬢があと一人でもいたらどれだけ業務が円滑に回ると思っている?

 最後の一人、セレナちゃんがいなくなってからの数日はまさに地獄。追い詰められていった私はイマジナリーセレナちゃんを生み出し精神の安定を図るヤバい時期があった。いや、今でもたまに見るのだけれど。

 先輩、アイツらぶっ殺しちゃいましょうよ……いや、セレナちゃんはそんな事言わない。


「ワンオペがどれだけ辛いかも知らないで……というかなんで犯罪者の方が人材が充実してるんですか! この世は狂ってる!」

「……なんかヤバそうな奴だな」

「いいから連れて行くぞ」

「痛い目に遭いたくなかったら大人しくしろ」


 男たちがズカズカとやってくる。その手には刃物と荒縄といった物騒な物が握られていた。


「私には攫われてる暇もないんです! 皆さんに迷惑んかけた上、無駄に仕事を増やした罪はしっかり清算していただきますからね!」


 私はギルド支部の改築時に付け加えた防犯装置を起動させる。

 それは建物内に仕込まれた魔法の一つ『蛇姫の石眼』対象を石にして無力化させる便利な魔法だ。

 魔法の中には発動条件に後付け出来るものがある。この蛇姫の石眼も知り合いの魔法使いにお願いして魔法陣に条件を書き加えてもらった。

 冒険者ギルド営業時間外に扉を介して踏み込んだギルド登録を済ませていない生命反応に対して魔法が適用されるようにしている。

 大きな穴よりも小さな穴からの方が水の出る勢いが強まるように、同じ魔法でも発動条件をつけて発動し難くするとその威力が上がる。

 今回のケースだと扉を介して、というのがポイントで対象が自ら条件を満たしに行くという相手に依存している分、より魔法の威力が増幅する。

 あっさり六人が物言わぬ石像になった事で安心しているとならず者の一人が倒れ、その身体が真っ二つに割れる。


「あっ」


 この魔法がかかっている間は粉々になろうとも死にはしないがこの状態で魔法が解けたら当然アウトである。


「最後まで手間がかかる人達だなぁ」


 私は席を立って割れた部位を繋げて身体を握っていた荒縄を借りて固定する。

 しばらく繋げていればくっ付いてくれるのがこの魔法の利点だ。

 他のならず者たちも横にし、うっかり砕けないように隅に運ぶ。

 やっておいてなんだが物言わぬ石像が転がる姿はただただ不気味だ。急に動き出して来そうな怖さがある。

 まだ外に仲間がいたら入ったきり出てこない彼らの様子を窺いに来るかもと仕事をしながら待っていたが結局朝日が差し込み始めても現れなかった。

 いつもは一人きりの残業時間に石化しているとはいえ人がいると孤独さをやんわりと緩和出来たのかペンの進みは好調だったおかげで私は穏やかな朝を迎えたのだった。


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