第一話 ワンオペレーション
辺境の街とはいえ、その人口は農村などとは比較にならない数だ。
当然人の数だけ悩みがあり、仕事がある。
冒険者ギルドはかつて世界各地に存在するダンジョンから様々な魔法が宿ったお宝を見つけて来たり未知なる秘境を旅する文字通りの冒険者たちの活動をサポートする国営ギルドだった。
しかし時代の流れと共に秘境は減り、ダンジョンに眠るお宝は人間の魔法でも再現可能な品々へとその格を落とし、金や銀、プラチナや魔鉱石といった資源の方が重要視されていった。
冒険者ギルドも巨大になり過ぎた弊害で組織内部が腐敗し魔王と呼ばれる強大な魔族が討伐された事を機に解体。国に所属しない独立ギルドへと新たに再編された。
結果、民間からの依頼を請け負う数が増大し、今や冒険者はその本分を忘れた何でも屋のような存在となっていった。
この辺境の街にある冒険者ギルドにもそんな何でも屋に依頼をしたい人々が連日押し寄せる。
依頼の請け負いと冒険者への斡旋。所属する冒険者の管理などをたった一人で回すようになって早一年が経とうとしていた。
「はーい! 次の方どうぞ!」
明るく元気に笑顔で死にそう。私は今日もにこにこと長蛇の列を作る依頼人や冒険者たちに笑顔を振りまいた。
「村にゴブリンが現れるようになったんでさ」
「数は?」
「二、三匹らしいが……」
「被害を受けたのは? 食料? 家畜? 人?」
「村の畑の野菜や家畜の鶏を数羽持って行かれて……」
「頻度は? 毎日? 二、三日おき? それ以上?」
「二日ぐらいかなぁ」
依頼内容から私は必要な情報を簡潔に聞き取りながら依頼票に書き記していくと同時に依頼人の住む村の名前と頭に入っている周辺地図の情報を擦り合わせ、移動にかかる日数やその周辺に重なる依頼がないか思い出す。
確かその付近にある山で取れる薬草の採集依頼があったはずだ。このゴブリン退治に向かう冒険者にはセットで斡旋しようとメモを取る。
一通り情報を聞き出し、この規模なら駆け出し冒険者でもこなせる規模の依頼だと判断し必要な依頼額を提示し前金を受け取る。
ワンオペを始めてからは依頼金は金貨に統一させ、一枚でも数える枚数を減らす。どうしても端数が出る時は依頼完遂後の支払い時に調整する。
すっかり重みだけで金貨の枚数を数えられるようになった私は金袋に依頼票に割り振った番号と同じ数字を書き込んで足元に開いた穴から床下金庫へと投げ入れる。
ワンオペをし始めてから金はとにかく人目につく場所や私の死角に入る場所には置かないようにした。
依頼を受けている最中にこっそり死角に入った金袋を盗まれるという失態があったからだ。
「はい次の方どうぞー!」
「西の交易都市までの護衛を雇いたい」
「人数と馬車の台数は?」
「八名、馬車は二台だ」
「運ぶ品の分類はどちらになりますか?」
私は食料や武器防具、マジックアイテムや金貨といった分類を書き込んだ表を差し出す。
依頼人である商人の男性はその中から武器防具の項目を指で示す。隊商の護衛に置いて積荷の情報は重要だ。高価な品ほどどこからか情報を仕入れた野盗に狙われるから中途半端な護衛では蹴散らされてしまう。
武器防具なら安全を取って中堅どころの冒険者パーティーを付けるべきだろう。
しかし提示した金額が高く依頼人が渋る。
依頼費をケチって野盗に痛い目に合うのは自由だがそれに巻き込まれる冒険者たちが可哀想だ。
「すみませーん! この中に西の交易都市まで向かわれる予定の依頼人の方はいらっしゃいますかぁ!?」
私の呼びかけに列を形成する依頼人の中からチラホラ反応する人々が現れる。
私はその人たちを手招きし、合同で隊商を組んでの出立を提案する。大規模な隊商になれば規模の小さい野盗は絡みもしない。護衛となる冒険者の数を増やしても依頼人たちで折半すれば別々に雇うよりは安上がりになる。
唯一出立希望日時はバラついていたが早急に出なければならない案件でもないとの事で二日後の出立でまとまった。商人だけあって費用が抑えられる案なら協力的で助かる。
「はい次の方〜!」
「この依頼を受けたいんですけど」
カウンターに私の字で書かれた依頼票を出し来たのは冒険者になってようやく一年目の新人、アランくんだった。
冒険者になった頃のやる気と希望に満ちたキラキラした目は今なお輝き続け、早くも有能な冒険者として頭角を見せ始めた期待の新人だ。
「はいはい……えーと山岳地帯に住み着いたオークの討伐、ですか」
「はい!」
緊急性が薄い依頼だ。
モンスターの討伐依頼は被害を受けた人が駆けつけて来るケースとたまたま見かけたというケースに大別される。
この依頼も山岳地帯に生える薬草を取りに行った薬屋がオークを見かけて討伐依頼を出して来た案件である。
オークはモンスターの中でも一応知性があり、会話が成り立つモンスターだ。私個人としては生態系を崩さない範囲で大人しく暮らしているならいちいち狩りにいく必要性を感じないモンスターである。
とはいえ被害が出てからでは遅いという意見も当然だ。それにアランくんとその仲間たちも一年経って次のステップに移りたい頃だろう。
危険だから受けさせずにいると他の街に移ったりする新人もいる。ただでさえ辺境の街での冒険者の仕事は華がない内容が多いから冒険者が定着しない。これ以上の冒険者流出はごめんだ。
「はい、承りました。気をつけて行ってくださいね」
「はい!」
うわー、キラキラしてる。死ななきゃいいけど。
私は依頼票に日付と向かう冒険者の数を記入して依頼遂行中のファイルに閉じる。
カウンターの外からは見えない死角に置いた数取器を押して現在依頼遂行のため街の外に出ている冒険者の数を記録し、残っている冒険者の数を割り出す。
依頼の難易度によってはまるで意味のない数字だが冒険者が全員出払っているのにうっかり急ぎの依頼を請けるという愚行を繰り返さないために用意した物だがただ数を数えるだけの癖に高かった。私の暗記よりかは正確なので重宝はしてるのだが。
ちなみに以前は動ける冒険者の数を開示し急ぎじゃない依頼は持って来るなという無言の訴えをしていたのだがその情報を見て野盗だの山賊だのがここぞと悪さをしたりギルド支部に押し入って来たりと散々な目に遭ったので以来その手の情報は完全に秘匿している。おかげで連日盛況である。辛い。
「はい次の方〜!」
とはいえ疲労した姿を見せるのは受付嬢失格である。受付嬢はいつでも元気に笑顔がモットーだ。おかげで限界がどうかもわからないからいきなり消える受付嬢もかなりいて、勝手に退職扱いは出来ないのでウチのギルド支部はまだ何人もの受付嬢が在籍しているが休職扱いになっている。行方不明という項目を追加すべきだ。
そんな余計な思考を頭の片隅に追いやり私は次々と依頼人と冒険者を捌いていく。
気付けば正午の鐘が鳴り響き、世間はお昼休み突入である。
「はい! 午前の受付は終了です! 再開は一時間後。まだ済んでない方は整理券を持って行ってくださいね〜!」
私の声かけに不満を口にする人もいるがカウンターに積んだ番号が書かれた木札を持って列がはけていく。整理券の導入により順番待ちしていた依頼人たちが途中休憩を挟む事へのクレームが格段に減った。我ながらナイスアイデアである。
出入り口扉にかけた札をクローズにし、私はカウンター下に置いてあったバスケットから肉と野菜を挟んだパンを引っ張り出す。
「これ考えた人は天才だわ」
いつものようにこの食べ方を考え普及させたどこかの誰かを賞賛しながらパンに齧り付く。
とても上品な食べ方とは言えないが誰が見てる訳でもなし。私は黙々と食事をしながら午前中に受けた依頼のチェックとどの冒険者に振り分けるか考える。
基本的に冒険者が受ける依頼は彼らが自分たちで取捨選択する。イメージとしては巨大なコルクボードに貼り出した依頼から見繕う感じだ。
だがそれで依頼が円滑に回るのは冒険者の数が多い王都や交易都市だけ。大抵のギルドでは依頼が余り、いわゆる積みクエストが発生する。積みクエストの件数はそのままギルド支部の評価に直結するのでどの支部のギルドマスターも依頼が捌けるように職員にはっぱをかける。
とはいえ冒険者だってやりたくない依頼はやらないので依頼完遂率が百パーセントを達しているのは数ある冒険者ギルド支部でもごく僅か。その内の一つがウチのギルド支部である。
私は誰でもやりたがる依頼、頼んだら二つ返事でやってくれる依頼、頼み込んでなんとかやってくれる依頼、相手の弱みや事情につけ込んで無理矢理押し付ける依頼と分類していく。
幸い今来ている依頼のほとんどが在籍する冒険者たちでこなせる難易度のものばかり。振ってさえしまえば二、三日で片がつくだろう。
「よし! 終わりが見えてきた!」
ワンオペを始めて学んだ事はやれば大体何とかなるという事。終わらない仕事など無いという事だ。
私はグビグビとポーションを飲んで両膝を叩いて気合いを入れる。
怪我をした部位にかけるとその傷を癒すポーションを怪我もしていない状態で経口摂取した場合、疲労が回復するという副次効果が発生する。肩の重みがやんわり軽くなった事で私のテンションは高まっている。これなら午後からの仕事も乗り切れる!
そんな私の耳に大きな音が飛び込んで来る。勢いよく扉が開かれ、転がり込むように一人の男性が転がり込んできた。
それはギルドで販売しているポーションを卸しているアイテム屋の倅、エリクさんだった。
「ギルマス! 魔導式ゴーレムが暴走を始めたぁ!」
「大変! すぐ冒険者さんを収集しますね!」
イレギュラーな事案を起こすなボケェ!!!
私は勢いよく立ち上がってカウンターの裏に隠していたハンマーを担いでギルド支部内の階段を駆け上がる。
ギルド支部にある時計塔には外からは見えないが二種類の鐘が吊られている。一つは正午と夕方の時間を知らせる黄金の鐘。
もう一つは冒険者たちに召集をかけるための緊急用の黒い鐘である。
「うおらあああぁぁぁァ!!!」
こんなか細い腕のどこから力が湧き上がるのか。私はハンマーで緊急用の黒い鐘をぶん殴る。
「秒で片付けてぇ! 被害が広まったら終わるもんも終わんないからさァ!!」
街中に響く鐘の音に紛れて聞こえないのをいいことに私は腹の底から叫ぶ。
時計塔の眼下に広がる街並みの中に立ち上る黒煙から山を切り取って作ったようなお粗末な人形の姿が見える。デカいよ! なんであんなもん作ったんだ!
私は街に残っている冒険者に十分届いただろうと断定すると下に降りて鞄に羊皮紙と筆記用具、ポーションや金を詰め込む。
収納拡張の魔法がかかった鞄はその見た目に反して大量に物が入る優れ物だ。
「ほらいつまで転がってるんですか! ちょっと戸締りするんで出てください」
「ギルマス、まさか現場に行く気か? 危険だ!」
どの道駆り出されるんだから早く行ったほうが後が楽になるんだから仕方ない。幸い今街に残っている冒険者たちの大半はこの鐘の音での緊急対応を経験している。あの黒煙にもすぐ気付くだろう。
私はエリクさんをギルド支部から押し出すと扉を閉めて防犯用として仕込んだ結界魔法を発動させる。空き巣防止のために忙しい仕事の間に調べて習得したものだが無いよりはマシだろう。
クローズの看板に行き先を書いた羊皮紙を貼り付けて騒ぎが起きている方角を見上げる人々の間を抜けるようにして走る。
どうせなら昼休憩が終わってから事件起こしてほしいものだ。
私はこの騒ぎが収まった後の事後処理と必要な費用に頭を悩ませながら現場に向かって走るのだった。




