第十六話 閃光の晩餐会①
途中までゼニスたち視点になります。
「あー死にそう」
「気をしっかり持ってください」
「その顔見せただけで王女の不興を買いかねませんよ?」
「ゼニス様、ギルドマスターみたいに笑顔笑顔」
「アイツを引き合いに出すなよぉ……」
急ピッチでなんとか拵えた会場の貴賓室で生まれた時から仕えている従者の二人、ミランダとアルムにドレスの着付けに問題はないか確認の真っ最中のゼニスはこの世の終わりのような顔でため息を吐いた。
「大体何しに来るんだよあのドリル。王都で穴でも掘ってろよ」
「あの、サーティン家の崩壊を招きかねないので絶対王女の前では言わないでくださいね」
「有り得るとしたらゼニス様が領主となられたお祝いでは?」
「ない、ぜぇ〜ったいない。そんな気配りが出来たら暴君なんて呼ばれんよ。で、そのドリルはどこまで掘り進んできておる?」
「部下の報告ではすでに東門から街には入っています。時間稼ぎのために少し遠回りをさせていますが」
「でかした! そのまま一周して出て行ってくれ」
「冗談はさておき他の招待客も揃って来ております。そろそろホール内にお通ししますが……嫌そうな顔しないでください。ほら笑顔です」
メイクをしていれば崩れかねないほど眉間に皺を寄せるゼニスを嗜めるミランダ。
こういったパーティーを好まない性格なのはわかっていた。とはいえ自らの領地に王女が来るとなったら何もしない訳にはいかない。幸いゼニスが領主となってから彼女自身への値踏みが済んでいない貴族たちは招待に応じた。これを機にゼニス・サーティンの器を測るためだろう。
とはいえこんな直前の招待をしている時点で器が知れるというものだが背に腹はかえられない。
非公式とはいえ王女を招いた晩餐会の会場が人気のない伽藍堂とはいかないのである。
招待客には一日足らずで集まってもらう以上、最速最高級の足を用意した甲斐もあってなんとか間に合った。最低限の面目は保てるだろう。
まあ招待客からしてみたら王女登場というサプライズに彼らは相当驚くだろう。後からクレームが来るに違いないとゼニスは今から頭が痛い。
「クレームが来た時の対応法はアイツに聞くか」
「ギルドマスターでしたらクレーム対応には土下座が一番と仰られていました。美少女である自分が開口一番土下座をすると大抵は丸く収まると」
「出来るかぁ!! プライドはないのかアイツは!?」
そんなゼニスの叫びに混ざって扉がノックされる。今夜はゼニスの警護も兼ねているアルムが応対し、顔を顰める。
「領主様、ギルドマスターがいらしたようです……招待状出されたんですか?」
「出す訳ないだろどうせ来ないし……え、来てんのか? 仕事は?」
「流石ギルドマスターですね。ゼニス様がいて欲しい時にはしっかり来てくれますよね」
「別にいて欲しいなんて思ってないが!? だがまあ来ちゃったなら追い返すというのも……」
「いいんですか? 最近ギルドマスターの周りは物騒だし余計な連中を招きかねませんよ?」
「ギルマスと王女狙いの下手人同士がぶつかって対消滅するかもしれんだろ! いいから連れて来い、余計なことするなと釘は刺しておかんとな!」
「お招きいただき光栄ですゼニス様」
「招いてないぞ、勝手に来ていておいて図々し……い」
ゼニスはわざとそっぽ向いていた顔を部屋に入ってきたフランドールに向けて思考が止まる。
会う機会がめちゃくちゃある訳ではないが見慣れた受付嬢の制服姿を想像していたゼニスの前にいたのは思わず見惚れてしまう程の美少女だったからだ。
普段のフランドールがどこか親しみやすいお店の看板娘だとしたらあまり辺境では見かけない黒い髪を三つ編みにしてリボンで纏めたその姿は今の彼女は絶世の美女。その金色の瞳に魅入られたゼニスに両脇に控えたミランダとアルムも息を呑むのが伝わってくる。いや、ミランダは鼻息が荒い。
「……馬子にも衣装とはいつの言葉だったかな」
「似合ってます? これギルドマスターとしてパーティーに呼ばれた時に威厳と品位が必要かなぁって前から用意はしてた一張羅なんですよ」
「だから呼んでない」
夜空を切り取って作ったかのような黒いドレスに星のように散りばめられた銀の細工は緻密で鮮やかだ。ゼニスからすれば決して高い品という訳ではないが着る者を輝かせる、そんな品だ。
普段の制服姿では見えない白い胸元に吸い寄せられそうな視線を無理矢理顔に戻してその面の良さにゼニスはまたそっぽを向いた。もう嫌味すら出てこない。
「ゼニス様もドレスとてもお似合いですよ」
「世辞はいい……で、何しに来たんだ?」
「旧知の仲に会いに来たついでにゼニス様を助けようと思いまして助っ人をお連れしたんですよ」
「助っ人?」
ついで扱いには言いたい事はあるが現状藁にも縋りたいゼニスからしてみれば何かしら手札が増えるのは悪くない。
「誰だ?」
「モニカ・レバレッジ様です」
「……は?」
王国でも特に力を持つ大貴族、その一角の名前にゼニスの思考が再び停止する。
レバレッジ領は王都を挟んで辺境とは真逆の位置にある。一体何がどうなれば僅か数日で呼び出せるのか? そもそも一ギルド支部のギルドマスターがそんなコネを持っているのか。まるで意味がわからない。
フランドールへの謎が深まるばかりだがゼニスもまさか家を飛び出して追っ手がかかりにくい一番遠い辺境の地に冒険者になりに来た貴族令嬢がいるなんて予想出来るはずもない。
というかレバレッジ家は第二王子の後ろ盾だ。手札が増えたというより爆弾を手渡された気分だ。
わかってて連れてきたなら相当肝が据わっているとゼニスが訝しむようにチラリとフランドールに目をやる。
「ゼニス様が本気を出したらお前の敵対派閥くらい三日も掛からずに集められるんだって見せ付けてやりましょう」
王女に喧嘩を売らせる気か?
後ろから刺して来るタイプの味方にゼニスは胃を痛めながらも王女に主導権を握られるよりはマシだと腹を決める。
こうして後に閃光の晩餐会などと呼ばれる長い夜が始まるのだった。
◼︎
会場内にお上品な音楽が流れる。
ホールの角を陣取る楽団は音楽や芸術に疎い私でも名前くらいは聞いた事がある一団で辺境周囲の貴族の間ではよく呼ばれているいわゆる鉄板だ。
ホール内にはすでに招待客が定められた数の従者を連れて入っており、主催者であるゼニス様への挨拶に列を作っていた。
こういった晩餐会や舞踏会で連れる従者はせいぜい一人か二人だが今回三人まで許容したのは人が多い方が晩餐会として盛り上がっている感が強まるからだろう。
警備の面ではリスクしかないがこれだけ広い会場で人がまばらだとそれこそ主催者の格が下がるリスクが高い。
今のところゼニス様に対して卑下するような雰囲気は無く、会場内はそれなりに盛り上がっているのを私は会場の二階にある貴賓室から眺めていた。
「はあ、タダ酒飲めると思ったのに……」
「すみません、後でお持ちしますから」
そう言って頭を下げたのはゼニス様に当てがわれた侍女だった。
何故私が会場ではなくこんな場所にいるのかというとゼニス様から目立つから引っ込んでいてくれと言われたからである。
目立たないように隅っこのテーブルで飯と酒をいただいて何事も無かったらさっさと帰るとは言ったんだけど問答無用だった。
「お、アレってファンド商会の支部長? それに神殿の司祭様まで……ゼニス様もよく集めたなぁ」
「ここだけの話ですがアッと驚くものをお見せするなんて甘言で興味を持たせた方もいらっしゃるそうです」
「そりゃ驚くだろうけどさぁ」
嘘は言っていないけど驚くの意味がだいぶ履き違えて受け取られてるだろうね。承知の上だろうけど。
私は上から会場を眺めながら気になっていた事を口にする。
「あの、別におかしくなった訳じゃないんだけどミランダさんが二人に見えるのって私だけ? 疲れてるのかな?」
「え? ああ、お隣にいらっしゃるのはアルム・ゴーケン様ですよ。ミランダ様とは遠縁の仲だとか」
いやどうみても顔が瓜二つなんですけど。遠縁では済まなくない?
双子……いや、確か昔この辺りには人を造る魔法があったなんて聞いた覚えがある。
もし実在するなら受付嬢不足なんて問題すぐに解決するのに。
「あの、ところでファイナンス様」
「はい?」
「その、受付嬢ってどんなお仕事なのでしょうか?」
「ッッ!? 受付嬢に興味がおありですか!」
私は侍女の側に駆け寄る。
「えっ、あっ、まあ」
「それはそれは、お目が高いです! なんと言っても受付嬢はなりたい職業ランキング堂々の一位をここ数年維持している人気職ですから! 受付嬢に興味が湧いたキッカケはありますか?」
「あの、実は私ラーゼン様をお慕いしているんです」
「ラーゼンさんを?」
「はい……受付嬢になったらあの方にお近づきになれるかなぁって」
「……なるほど」
しまった、これは婚活だ。
冒険者ギルドの受付嬢にするためにその国の貴族が次女や三女を送ってくるケースはまあまあある。
冒険者、特に上位に位置する冒険者と子を成したら優れた武の才能を持った血縁が出来る。それによって将来的に家の力が増すからだ。
平民の血を取り込む事に抵抗のある貴族も当然多いが所詮次女や三女は跡継ぎが亡くなった時のスペア程度の存在で対して力の無い貴族の次男三男と籍を入れるなら将来的に優秀な子が出来る可能性がある冒険者から婿を取る貴族も増えている。
貴族の娘からしても金持ちのボンボンより力で成り上がった美丈夫に抱かれたいというもの。
冒険者ギルドも別に受付嬢と冒険者の恋愛にいちいち介入などしないから諜報目的で来た貴族の娘がいないか調べたら後は放置が基本だ。
おかげで私は優秀な冒険者と最後の後輩を失った。ウチの支部ではギルド内恋愛禁止にしたい。でもそれをしたら逆に冒険者が減りそうだ。
「ラーゼンさんとはどういった出会いを?」
「それがですねぇ!」
「は、はい」
自分から入れたスイッチとはいえ侍女のテンションと勢いにちょっとビビる。
受付嬢同士の推し冒険者トークはかつて日常茶飯事だったが結ばれる例は実は少ない。
冒険者だって当然選ぶ権利がある。受付でキャッキャと黄色い声を上げるファンより共に苦楽を共にした冒険者の女性と結ばれるほうが多いのだ。
だから冒険者に鞍替えするマッチョな考えに至った受付嬢もいる。それが今や冒険者のトップ帯にいるのだから人の適性とはわからないものだ。ちなみにその元受付嬢ら自分より弱くなったかつての推し冒険者をあっさり捨てているのだから本末転倒だ。
さて、このラーゼンさん推しの侍女はどうやらマリーさんというらしく彼とは彼女がこの街に来る際に定期便の馬車で出会ったのがキッカケらしい。
問題はマリーさんの推しが、私に好意を寄せているという事だろう。
私だって唐変木ではない。人からの好意には察する事くらい出来る。とはいえ今は忙しい時期だし恋愛などに現を抜かしている暇はない……言ってて悲しくなるな。大事な何かを無くしてないかな?
それはさておき推しが別の受付嬢に入れ込んでるとなったら受付嬢同士の不和が発生するのは避けられず、拗れたら刃傷沙汰にだってなりかねない。
仮にマリーさんを採用したら後ろから刺されるなんて日が来かねない。
それを踏まえて私はマリーさんの肩を叩く。
「任せてください。受付嬢になったらラーゼンさんとの仲を取り持ってみせます」
頑張れ未来の私、とエールを送る。ラーゼンさんも私なんかよりマリーさんのような愛嬌のある優しい女性が似合うだろう。
とまあそんな話をしている内に会場は温まって来たらしい。招待客との挨拶も終え、主催者であるゼニス様が壇上に立って挨拶をしていた。
「それではこれより、本日皆様にも伏せていた主賓を招きたいと思います。エルドラド王国第一王女、ルイナス・ドル・エルドラド殿下のご来場です」
温まった会場が冷や水を被ったかのように静まり返った。いやそりゃそうだ。
時が止まったかのような来賓者の注目が集まる中、無情にも会場の扉が開かれるのだった。




