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第十五話 晩餐会(アポなし)へ行こう

 人生で二度と口にする事はないかもしれない高級ランチを終えて身体の調子が実に良い私は午後の受付業務を自身が出せる最高速度で処理して行く。

 今晩は残業するわけにもいかないのでいつもなら受付業務後、夜に済ませる処理も同時並行で進めて行く。全力を出し過ぎるとヘトヘトになるのだが背に腹は変えられない。


「ギルマスさんギルマスさん、ちょっとよろしいですか?」


 そんな普段の五倍速で働く私に遠慮なく声をかけて来たのは新人記者のメディアちゃんだった。

 新人故に勝手がわからないのは仕方がない。本当に仕方ないのだが今の私がよろしいと答えると思うのだろうか?

 とはいえ職場は違えど可愛い新人だ。優しく諭してあげればいい。


 それに彼女にはある疑いがある……例の新聞に仕込まれた暗号を書いたという疑いだ。


 この辺境の街唯一の大衆向け情報機関だから所属している人の身元は詳細に調査されるし書類審査も面接も厳しいので少数精鋭になっている。ロックさんもあんな飄々とした風来坊みたいだが生まれ自体は貴族のお坊ちゃんだったりする。

 私も以前個人的に調べたが怪しい人物はいなかった。

 新人のメディアちゃんについてもカマをかけて正体を探るつもりだったのに忙しいから後回しにしていたが今やってしまうか。


「はい、手短にお願いします」

「ありがとうございます! では質問なんですが恋人はいらっしゃいますか?」

「はい?」


 危うく手が止まりそうになった……私の仕事の手を止めかけるとは油断ならない存在だ。

 私は受付中の書類を綴りながら質問を投げ返す。


「その質問の意図はなんでしょうか?」

「はい! 実はギルマスさんの写真を掲載した新聞と求人を出してから質問状が殺到しているんです! 恋人の有無や好きなタイプを教えて欲しいって! 数日前の古い記事なのに未だに買い求めてくるお客さんもいるんですよ!」


 写真写りが良過ぎたか。


 私がデカデカと載った新聞の見出しは確かに額縁に入れて飾っても問題ない仕上がりだった。だがあくまでゼニス様主導の依頼でしたという大衆に印象付けるためだけが目的だったんだけど。


「あの記事先輩に変わって書かせていただいたので私の評価がいきなり上がっちゃって」

「メディアさんがあれを?」


 暗号仕込んで殺そうとした自白かな?


「はい、ギルマスさんの写真の位置や記事の見出し、文面の配置などの校正は先輩からアドバイスされたんですけど」

「ロックさんから?」


 ついに私を裏切ったか眼鏡!


 しかし一時期は動く三面記事なんて酷評してくれた彼が私を殺してしまうだろうか?


「先輩もアドバイスをもらったそうです。何でもわかる人にはわかるネタを仕込んでるとか」

「へぇ〜、あ、すみません。こちらが依頼金の分割払いの書類になります」


 殺しのターゲットになるおっかないネタを仕込んでくれたな。しかしロックさんが他人のアドバイス通りに校正するなんて事を許容するだろうか?

 私は受付業務と並行しつつ、ロックさんの性格をトレースするがやはり彼なら校正も自分で決めるだろう。早々他人の意見など聞くまい。弱気に見えて結構融通効かないからな。


「で、そのロックさんは?」

「取材で街を離れてます。私は居残ってネタ集め中です」


 ならすぐに確認するのは不可能か……そのアドバイザーに利用されるだけされて殺されてないといいけど。

 私は左手で書き綴った羊皮紙を差し出す。


「メディアさん、取材に協力する代わりにこれを一緒に掲載してくれません? 出来れば夕刊に」

「えっ? これ今書いてたんですか?」


 メディアちゃんは私から羊皮紙を受け取り目を丸くする。

 一見すればその羊皮紙は私のプライベートな情報を網羅した記事だが例の暗号を仕込んでいる。

 ターゲットから外れた事を明記しているのでアドバイザーが更にこの内容を撤回しようとしたら明日の朝刊以降になるだろうから時間は稼げるはずだ。


「……先輩も言ってましたけどギルマスさんって字綺麗ですよね」

「受付嬢たるもの字の美しさは絶対条件ですから」

「コツって何かありますか?」

「受付嬢になる事です」

「つまり数をこなせという事ですね……あ、求人紙はウチに飾ってあるんでもういらないですよ? ぐ、グイグイ来る」


 私が押し付けた求人紙を渋々受け取りながら書いた原稿に目を通していたメディアちゃんがその可愛らしい眉を寄せる。


「……ところで恋人は仕事っていうのはなんとかなりません? 色気のカケラも無いですよ」


 だって……仕事より優先したいって思う人がいないんだから仕方がないじゃん。


「恋人募集中、お申し込みは新聞記事をお持ち込みしてくださいって書いたら爆売れすると思いませんか?」

「受付嬢なら募集中です」





 夕刊に間に合わせるためか逃げるように駆け出したメディアちゃんの背に手を振りながら受付業務を片付けていく。

 今日は残業はしないという決意のもとに働く私のパフォーマンスは最高潮に達し、まるで別の意思があるかのように私の手は次々と書類を片付けていく。

 そして本日最後の依頼人を見送って私は大きく深呼吸する。どうやら途中から集中し過ぎて無呼吸受付業務に至っていたらしい。

 受付業務が終わったと同時に冒険者へ斡旋するための振り分けも完璧に済ませ、収支計算も終わっていた。


「ふう、流石私! 頑張った私! 今夜はタダ酒! ウェーイ!」


 席を立ち、両手を掲げて天を仰ぎ見る。

 ついついテンションが上がって軽やかなステップを刻みながら消費したインクや羊皮紙をカウンター下の棚に補充していると扉が開く音と共にモニカさんが入ってきた。


「ギルマス、お待たせしました」

「大丈夫ですよモニカさん。時間ぴったりです」

「とはいえ善は急げです。奥に更衣室がありますから手早く済ませちゃいましょう」

「……今更ですけど本気ですか? 王族が参加する晩餐会に乗り込むなんて……」


 モニカさんの顔が若干引き攣っている。まあ無理もない。今回モニカさんにお願いしたのはゼニス様が王女を歓迎するため非公式に開く晩餐会への出席だった。

 晩餐会を開く貴族の格はその会場となる建物の荘厳さ、会場内の豪華さ、出される料理の美味さ、会場につめる使用人たちの美しさなど様々な項目で決まるが、何より大きな決め手になるのは招待に応じた来賓者たちがどのレベルの人間かという点だ。

 どれだけ豪華絢爛な会場に炊金饌玉なテーブルを用意しても招待に応じたのが有象無象の木端貴族では主催者の程度が知れるというもの。

 もちろん王族、それもほとんど予備扱いの第四第五王子王女ではなく時期国王足り得る第一王女が来賓すると知れば顔と恩を売ろうとこぞって貴族たちが参加するだろう。

 しかしあくまで非公式なため王女の名は出せない。ゼニス様はその領主としての力だけで王女を迎えるに相応しい来賓者を用意しなければならない。


 正味三日で。


 うん、これは完全に王女からの嫌がらせである。

 暴君とは聞いていたが単に性格が悪いのではなかろうか?

 きっと精一杯のハリボテ会場に小粒揃いの来賓者しか集められなかったとしてゼニス様を扱き下ろすに違いない。

 かといって晩餐会を開かないなんてのも論外である。

 国のトップに近い人物が自らの領地に足を運んできたのにただ要件だけ済ませてはい、さよならとはいかないのだ。

 私だって本部のグランドマスターがウチの支部に来るってなったら借金してでも青薔薇の一席くらい用意するよ。

 実際のところゼニス様はかなり頑張っているほうでこの僅かな期間で辺境に近い領地の有力な貴族に片っ端から声をかけ、商業ギルドの重鎮や下手な貴族よりも資産を持つ大商人などをかき集めた。

 平時なら十分過ぎる面子。もし私が彼らが集まる会合に出席しろなんて言われたら胃に穴が開きそうだ。

 だがこれでも王女を黙らせるには格が足りない。

 このままではきっと王女にボロクソにされた腹いせに私に愚痴りに来るゼニス様の相手を一晩中しなければならなくなるからそうなる前に打てる手があるなら打っておくに越したことはない。

 だから王女も無視できない、というか出来れば味方に引き入れたい大貴族レバレッジのご令嬢を投入するのだ。レバレッジ家って第二王子の後ろ盾だし。

 家を飛び出して自由人になったモニカさんもここまで無茶振りされたら私に迷惑をかけたなんて負い目は吹っ飛んだだろう。

 昨晩のうちに憲兵詰所まで回収に行ったラーゼンさんもそうだが失敗したからといって落ち込み過ぎれば負の連鎖が起こるのだ。

 モニカさんには期待しかしてないのだから今後もっと実力を上げて私を楽にしてほしい。私を助けて。




「ここが更衣室です」

「わぁ……」


 ギルドマスターの執務室よりも厳重なセキュリティを施した扉を開けるとモニカさんから感嘆の声が漏れる。

 生体に反応して自動的に明かりが灯り、その柔らかく明るい光によって照らされた室内には私が厳選した家具類が並んでいる。

 各個人の着替えや荷物を保管するための収納棚は幅を広く取り、着替える時に隣り合っても邪魔にならないスペースを確保して余りある。更にこれらの収納棚全てがマジックアイテムで見た目以上に物が入る拡張魔法と登録した受付嬢の固有魔力によって施錠と解錠が出来るパーソナルロックはギルドマスター代理の私でも勝手には開けられない強固な封印魔法でお城の宝物庫を守る封印魔法にだって引けを取らないクラスだ。

 磨かれた大理石の床を歩いて奥行くとそこに並ぶのは鏡と一体となった化粧台が現れる。

 女性から爆発的な人気を博している商業ギルドの一角であるヴィナス商会の人気商品で鏡に映った顔に思い通りのメイクを映し出す珠玉の一品。それが五台並ぶ様は実に壮観である。


「どうですか? これ見たらここで働きたい〜ってなりますよね?」

「き、気合い入りすぎでは……? 一体いくらかけたんですか……」

「それは秘密です」

「大丈夫ですか? 汚職とかしてないですよね?」

「もちろんですよ……多少身銭は切りましたが」

「そ、そこまで? 仕事ってお金を稼ぐためにしますよね? 稼いだお金を仕事に使うのって何か間違っているような」

「でも新しく来る新人のためにも出来る限り働きやすい職場環境を用意するのはギルドマスター代理としても先輩としても大事な事ですから……で、これ見たら働きたい〜ってなります?」

「期待が重すぎて潰れるかもしれませんよ……こちらはお借りしてよろしいんですか?」


 モニカさんが収納棚の扉の取手に手をかける。


「あ、そこはダメです。隣は空いてますからそちらをどうぞ」

「……? …………」


 モニカさんが背丈より高い収納棚の上にかけられた名札を見て表情が強張る……何故?


「そこはシンシアさん、そっちはフェアリスさん、その隣がオードリー先輩、その奥が」


 そのまま次々と懐かしい同僚たちの名前を口にしていき、つい口元が緩む。

 すでにギルドを去っているけど気の迷いという事もある。もし職場復帰を望むならギルドの門戸は開け放たれている。この名札付き専用収納棚を見たらきっと喜んでくれるに違いない。


「で、ここがセレナちゃん。あの子人に着替えとか見られるの恥ずかしがるからわざわざ死角に配置して……どうかしました?」


 モニカさんがなんとも言えない悲壮感を漂う表情を浮かべてこちらを見つめていた。


「いえ、なんでも……早く準備しましょうか。遅れてしまいます」

「? そうですね」


 私も更衣室にある専用の収納棚を開け、中に保管していた一張羅に手を伸ばした。


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