十四話 お昼休憩
「はーい、午前の受付は終了です。お待ちの方は整理券を受け取ってください。再開は午後一時を予定しています」
ギルド支部内に収まる程度まで減った依頼人たちが整理券を受け取って出口に向かう。
そんな彼らと入れ違いで一人の男性が受付カウンターまで歩いて来た。
「ギルドマスター、少し時間をいただけないかな?」
白いスーツに白いコートを着こなし、胸には赤い薔薇を刺したがっしりとした肩幅に厚い胸板の筋骨隆々な白髪オールバックの益荒男が見下ろしてくる。
ギラリと光る猛禽類のような目をした彼はローゼン商会の会長、ラウ・ローゼンさんだった。
「これはローゼン会長、ご無沙汰しています。私はこれからお昼休憩に向かいますのでそれでは失礼いたします」
「待て待て、うん、君は相変わらずだな。この私が時間が欲しいと言ってノータイムで断るとは」
「業務時間外ですので。ご依頼でしたら整理券をお持ちになって改めてお越しください」
「わかった。ではギルドマスターではなくフランドール・ファイナンス、君個人を昼食に誘おう。如何かな?」
「奢りですか?」
「そこもノータイムか。私の系列の店なら構わんよ」
「では青薔薇でランチをお願いします!」
青薔薇。ローゼン商会が経営する店の中でも王都の高級レストランに引けを取らない超が三つはつく高級レストランだ。
ローゼン会長、流石に引いてるっぽいな。
でも別に最高級だから選んだ訳ではない。ローゼン商会系列の店だと一番冒険者ギルド支部から近いのが青薔薇だっただけの話である。
青薔薇という名に反して赤い絨毯が引かれた大ホール。そこにはいくつもの丸いテーブルが並び、煌びやかなシャンデリアが天井から吊るされている。
そこに使われた宝石や魔鉱石だけで一体いくらになるだろうか? その内装の美しさよりもついつい金額ばかり気になってしまう。
テーブルに並べられた料理もまたどれもが高級品であり、肉なんて滅多に出回らないドラゴンのものだという。あの凶悪な見た目に反してほろほろと崩れる肉の柔らかさは乙女の柔肌以上だ。
舌でとろける食感に溢れる肉汁からガツンとくる肉の旨みは今生これ以上の美味を味わえないのではないかと不安にさせるほどだ。
あまりの美味さに夢見心地だったが一口だけで一体何十金貨かかるのだろうかという思想に至り現実に引き戻された私はなるべく上品にナイフとフォークを皿に並べた。
「どうだね? 最近冒険者ギルドの方は」
「んーぼちぼちやってますよ……仕事の話をするならお暇しますが?」
「失礼、君個人を誘ったのにな……実は折り入って相談があるんだ」
「お金なら貸せません」
「有り余っているから必要ないよ。相談というのは娘の進路の事でね……私の跡を継がず冒険者ギルドの受付嬢になりたいと言って来ているのだ」
「詳しく」
私はずい、と身を寄せる。
「娘……ローラは長年私の後継者として教育を施して来たが遅れて来た反抗期か商会を引き継がずに自立すると言い出したんだ」
「自立する事はいい事なのでは?」
「そうだな。私も商会を大きくするため色々手を出したが娘にはクリーンな商会を残すために今やっている一部事業は畳むつもりでいた。そっちに手を出さずとも今は充分儲かるし、先日領主による一斉摘発で大分そちらの人員がかなり持っていかれたしね」
私がラウさんのやってる密輸事業を知った前提で話して来るなぁ。うっかり答えたら私消されるんじゃないかな?
「よくわかりませんが……大丈夫ですか?」
「ハッ、サーティン家の繁栄には我々ローゼン商会からの献金が大いに影響している。今回も無茶振りな調度品の手配と会場設営から手を引くと言ってやったらあっさり折れたわ」
ああ、王女を招くための晩餐会の件か。ゼニス様も清廉潔白じゃ領主は務まらないよねぇ。
「キミにも尻尾は掴まれていたようだしな。引き時だろう」
「さて何のことやらさっぱり」
「……まあいい、今は娘の話だ。ローラが自立すると決めて選んだ仕事が冒険者ギルドの受付嬢だった。街中でキミが載った求人を見てね」
私はそれを聞いて席を立って顔を会長に寄せる。
「素晴らしい選択だと思います。聡明で理知的で先見性があるまさに英断ですよ。さすが会長のご息女。天才! センス良し!」
キラキラした私の瞳を見て両手を合わせ、手の甲に額を乗せたラウさんが絞り出す様にして話す。
「私は娘を止めたいと思っている。娘の意思なら自立して家を出ようがどこぞの馬の骨と結婚しようがノータイムで受け入れる覚悟だったが受付嬢になるのだけは阻止したい。娘を……守りたいのだ」
「…………?」
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「あの、冒険者になるつもりじゃなくて、冒険者ギルドの受付嬢になりたいって言ってるんですよね?」
「そうだ」
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「あの……冒険者ギルドの受付嬢は別に危険な仕事では……べつモンスターと戦ったりするわけではないですし」
「そうかな? 私はキミの事をこの街に来る前……王都で働いていた最後の年から知っているが下手な冒険者より死に直面していたと記憶している」
「? そんなに死にかけましたっけ?」
「それだよ!」
ラウさんがバン、と勢いよくテーブルを叩く。
「当の本人がこれだ! 娘はきっとキミに染まって自らが死地にいる事すら気付かずに力尽きるのが目に見えている! ローラのような普通の娘はきっと……きっと死んでしまう!」
「落ち着いてください会長、ワイン飲みます?」
私が給仕の方を呼んで用意してもらったワインをグラスに注ぐとそれを一口で飲んでしまう。
「だがローラは私への反抗心から聞く耳を持たない。どうにか彼女の進路を変える手段を考えて欲しい。というか面接で落としてくれ!」
「そ、そんな! 冒険者ギルドの受付嬢は素晴らしいお仕事ですよ!? なりたい職業ランキング堂々の一位をここ数年維持している働く女の子の憧れです」
「ではなぜ君は一人で働いているのかね!?」
「うごぁっ!?」
どぎつい正論パンチに内蔵を抉られそう。
「私は王都で起きた商業ギルドのくだらん抗争で妻を失った。あの時キミが手配していた冒険者がいなければ娘も失っていただろう……私は娘の命の恩人に娘の命を奪わせたくない。どうかわかって欲しい」
一部では死の商人なんて呼ばれるラウ・ローゼンが席を立ち、膝を着こうとしたところで私は慌てて止める。私に土下座する気だこの人!?
「わ、わかりましたって! ギルドマスター代理としては面接での不正行為なんて看過出来ませんがまあ私個人として協力はしますから!」
「ありがとう……ありがとう」
な、泣いてる。
この人の中では受付嬢はどれだけブラックな仕事になっているのか……人手があれば全然普通のお仕事なのに。
座り直したラウさんに私は確認しておこうと思っていた事を口にする。
「じゃあ、個人的にお聞きしたいんですけど……先日のゴーレム事件、犯人に心当たりはありますか?」
「……いや、娘の為に以前からそっちの事業は縮小していた。あそこで扱う品の中身を知っていたのは私と側近の二名、それとキミだけのはずだ」
「私は何も知りませんが……その側近の方はシロでした?」
「無論だとも。つまり狙ったとしたら君だが敵に回さないようにするため冒険者ギルドに依頼が行かないよう細心の注意を払っていた。君がギルドを通さなければ己の正義感から冒険者を私的に利用しないこともよく知っているからね。偶然で片付けたいというのが私の本音だ」
だから知らないってば。まあまったく信じてもらえてないな。実際知ってる訳だけど。
しかし偶然にしては出来過ぎなんだよなぁ。
とはいえこれ以上詮索してローゼン商会を敵にはしたくない。丁度時間も来たし私は席を立つ。
「ご馳走様でした。素晴らしい料理の数々に感動しました……ちなみに今回のランチっていくらですか?」
ラウさんが指を曲げて支配人らしき男性を呼ぶ。
「いくらになる」
「は、最後のワインを含めますと二百八十金貨になります」
もう二度と味わえそうにないな……。
高いだろうとは思っていたが想像を遥かに超えた金額に苦笑いを浮かべそうになる。
でも奢ってもらってそんな表情は浮かべられない。私はニコニコと笑みを浮かべた。
「ところで君も関わって来るだろうから伝えておくが今夜領主の元に訪れる王族だが」
「ルイナス殿下の事ですか?」
「……うむ、まあ、その通りだ。相変わらず耳が早くて恐れ入るよ」
「でも結局何しに来るんですかね? 他国が辺境の街への関心が集まらないよう王族の干渉は避けて来ていたのに」
「そのあたりの事情も把握済みか。私も目的まではわからないがあの王女は稀に見る暴君だ。ロクな事は考えていないだろうな」
そう言ってラウさんは残っていたワインをグラスに注ぐとあおり飲むのだった。
投稿を初めて早一週間。
たくさんの方に読まれているようで嬉しいです。
一章も折り返し。
ぜひ最後まで楽しんでいただけばと思います。




