第十三話 ワンオペレーション⑦
「さて、今日も一日頑張りますか!」
受付カウンターの拭き掃除を終えた早朝、普段よりも心無しかウキウキとした気分でインクや羊皮紙を準備する。
今日の夜はいよいよ王族の来訪というビッグイベントだ。 昨日のうちに冒険者たちをそれとなくゼニス様の屋敷周辺でブラついてもらえないか頼んだし、諸々の準備もした。
あとはつつがなく無事に王族がお帰りになるのを祈るだけだ。
「まあ、無理だろうなぁ……」
私はアルムさんとの打ち合わせの後、街への物資の流通の動き、最近周りで起きている事件の数々を思い出してため息をつく。
王族の誰が来るかはアルムさんには隠されているが出迎えるゼニス様たちの動きと街の不穏分子掃討への力の入れようからみて間違いなく王位継承権を持つ第一から第三王子と王女のいずれか。
非公式ながら晩餐会を開くための会場設営のためにゼニス様の屋敷に運び込まれた調度品の派手さやゼニス様のドレスが貴族としては控えめな色とデザインかつ急ぎでオーダーメイドされた点をみると主賓より目立たない事を意識している。
王子が相手なら相手を喜ばせるためにもっと美を強調するドレスで出迎えるだろう。なら相手は王女、となると派手さを好む第一王女に違いない。
第一王女ルイナス殿下と言えば軍拡を推し進めてまた戦争を起こそうとしていると噂されており、冒険者を引き抜いて軍に取り込もうなんて考えている可能性があるとして冒険者ギルドから注意人物としてマークされている御仁だ。
ぶっちゃけ敵が多い。
私が王都にいた時もルイナス殿下絡みでの依頼があった。彼女を狙った暗殺組織の壊滅作戦には軍に混ざって冒険者も駆り出された。今思えばあれはかなりアウト寄りのグレーなラインの依頼だったな。ほとんど国の軍事作戦への参加だったし。
そんな敵だらけなルイナス殿下が冒険者を一人だけ連れて王都を離れるとなったらそりゃもう命を狙う輩からしたらボーナスタイムだ。暗殺者をダースで雇うだろう。
まあ実際はトニーさんという反則級の冒険者が護衛しているので軍隊をダースで用意しても足りないのだけれど。
「それにしても不鮮明でモヤモヤするなぁ」
私はアルムさんとの打ち合わせした日からここ半年くらいにかけて行った商会の護衛依頼を拾い出した。それは例の違法ゴーレム騒ぎからもしかしたら他にも変なものを街に運び込まれてるのでは? という虫の知らせから行った手慰みレベルの作業だったがここ三ヶ月の間、昨年と比較しても倍近く街への物資搬入が行われている。
比較的ギルドに協力的な各商会に確認をしたがはぐらかされてしまった。しかしそのはぐらかし方も何か後ろめたい事をしているような感じではなくどこか楽しそうなのが余計気になる。
だからメアリーさん経由で裏にも調べてもらうよう手を打ったがそちらからもはっきりとした情報は回ってこなかった。
何かありそうなのに何もできないというのは実にもどかしい。でもまあこれが私の限界か。
大した取り柄もない……いや美少女という強みはあるだけのギルドマスター代理にしては頑張ったほうである。何せ本業である受付嬢としての業務は今日までで依頼遂行率百パーセントを維持しているのだ。余った依頼、通称漏れクエストがゼロ件というのは冒険者ギルドの受付嬢としては完璧と言える。あとはそのまま達成率百パーセントにするため冒険者たちの活躍を祈るしかない。
「私みたいなギルマス代理が他のギルマスに強く出れる唯一の項目なんだから」
「ギルマス!」
「はい? あっ、冒険者ギルドへようこそ!」
営業開始時間になるや否や、ギルド支部に入って来たのは先日オーク退治に向かったアランくんだった。無事の帰還を喜びつつも、彼が浮かべた表情は依頼をやり遂げた感が無い。やな予感するな。
「俺には、彼らを殺す事なんて出来ません!」
……なんか物語の主人公みたいな事言い出した。
両手両膝をついて入り口で慟哭するアランくんを遠巻きに見ている依頼人たちからのなんとかしろという無言の訴えに応えるべく声をかける。
「あ、はい。じゃあ詳しくお話しを伺うのでこちらにどうぞ。他の依頼人さんが入れないので」
「彼らだって生きてるんです」
そりゃ生き物ですし。
「長のオーグさんは最近子供が産まれたばかりで……」
情に訴えられたかぁ。
「何とかなりませんかギルマス!」
「そうですねぇ」
うーむどうしたものか。
私は笑顔で相槌を打ちながら他の依頼人の話を聞きつつ思考を巡らせる。
会話が成り立つモンスター討伐の依頼はこういった事態も珍しくはない。私だってもし僕悪いモンスターじゃないよ、なんて涙ながらにスライムや首刈りウサギに訴えかけられたら躊躇するだろう。
しかし冒険者ギルドにおいてモンスターにカテゴライズされた生物はこちらから生活圏を脅かさない限り襲ってこない魔獣と違い、向こうから積極的に人間種を襲ってくる習性、思想を有している。
山で十分食料は獲れるのに人里を襲ってくるゴブリンなんかはまさにモンスターの代表例だ。
オークも例に漏れず、自らの意思で人間を襲い、犯し、喰らう存在には違いない。
とはいえもちろん思想には個体差がある。人間と争う事を望まないオークだっているだろう。
聞けばアランくんたちと遭遇したオークたちはすぐに武装解除して交渉を持ちかけて来たという。
アランくんもすぐ引き上げたりはせず近くの村で滞在しつつ、何度か訪れても同様だったらしい。
慣れすぎているのが逆に怖い。
最近山岳に住み着いたという情報が正しければ彼らが人間と関わるのはアランくんが初めてのはずだ。
住み着く前に人間に関わっていたのだとしたらそこでは仲良く出来なかったのかな? じゃあその原因はなんだろう?
私はアランくんが首から下げた認識票が目に止まる。冒険者に憧れて農村から出て来たからかその証たる認識票は磨かれてピカピカだ。
「認識票ってオークに見せました?」
「? ええ」
つまり彼らは冒険者という存在を認知しているのだろう。だとすると襲わなかった理由は冒険者が強いと知っているが故かもしれない。
となるとアランくん以外の冒険者を送っても同様の結果になりかねない。これは駆け出しに限らず中位冒険者にも見られる傾向なのだ。
中位から上位に昇級する基準の一つとして言葉を介するモンスターの討伐実績の数が設けられている。
これは上位冒険者でなければ倒せないようなモンスターには言葉を武器にしてくるような狡猾なタイプが増えるからである。
ウチだとガルボーさんやシュラさんがどれだけ情に訴えかけて来てもうるせぇ死ね、が出来る鋼メンタルの持ち主なのだがあいにく別件を任せてしまっていて不在だ。
さて遂行中の依頼を冒険者都合でキャンセルとはいかない。オークが実はオークに似たおじさんでしたというなら話は簡単なのだがそうではないならオークは明確に冒険者ギルドの討伐対象である。可哀想だから倒せないとはいかない。
さてどうしたものかと受付業務がてら考えていると何とも珍しい人が来た。いや、以前はよく見ていたのだけど。
「あ、クライムさん。冒険者ギルドへようこそ! 冒険者登録ですか?」
「ちげぇよ……というか何でピンピンしてんだ?」
「? 私はいつも元気で笑顔。皆さんを愛し愛される受付嬢ですから」
「愛してんのか? いや、矢で射抜かれたってメアリーから聞いてな」
おや? おやおや?
私がメアリーさんに矢で射抜かれた話をしたのは裏で手を回すために依頼しに行った昨晩の事だ。
世間話でする話じゃないって言われたけどもう治っちゃったしな。
「クライムさん、メアリーさんのとこまた行ったんですか? 一人で? ほぉ〜ん?」
「何だそのツラ」
「いえ別に? メアリーさんを狙ってる人多いですよ?」
その心も、命も両方だけど。
「そういうんじゃねぇ……邪魔したな」
……いやマジで邪魔されただけなんですけど? 世間話しに来ただけ? 嘘でしょ?
受付嬢として看過出来ない案件だ。用もないのに受付嬢の時間を奪うとは万死に値する。
美人揃いの受付嬢目当てに長話する依頼人というのは王都でもよく見かけたものだ。それで得られるのは受付嬢からの負の感情だけ。依頼人と受付嬢が上手く行くケースは大体ストイックで余計なことをペラペラ喋らないタイプだ。受付嬢側から世間話を振り出したら脈ありである。
「アランさん! この北の山岳地帯のオーク討伐ですけど、今度は認識票は隠して行ってみてください! 彼らが本当に人間と争う気がないならきっと今回と同じ展開になりますので、その時は改めてこの依頼をどうするか検討しましょう! あー、でももし狡猾なオークが相手だったら危険かもしれませんからすぐに逃げられる準備はして行ってくださいね!」
私はあえてうるさいくらいに大きな声でアランくんに伝える。キョトンとしたアランくんの後ろでお人好しが背を向けたまま足を止めていた。
「……わかりました。準備をしたら直ぐに」
「はい、ではお気をつけて」
アランくんの背に向かって手を振り、私は待ちくたびれていそうな依頼人に声をかける。
「お待たせして申し訳ございません。次の方どうぞ」
視界の端ではもうクライムさんの姿は消えていた。やっぱり彼はお人好しだと思う。




