第十二話 残業③
「いやはやアルムさんのおかげで大分楽できますね」
私は執務室の机に置かれた書類をまとめて無駄に座り心地のいい椅子の背もたれにもたれかけて大きく伸びをする。
王族が来るというビッグイベントのおかげで前々から気になっていた街の不穏分子……要は犯罪者を一斉摘発が出来るからだ。
冒険者ギルドへ持ち込まれる依頼を手繰れば何割かの発端は街に巣食う犯罪者だ。
本来なら街の治安維持を努める憲兵の仕事だが表沙汰になって来る内容はどちらかというと冒険者ギルドに投げるような事案ばかりだ。
裏で糸を引く連中がいたとしても冒険者ギルドはあくまで依頼人から持ち込まれた依頼を達成するまでが仕事だ。
例えば村を襲ったゴブリンを倒して欲しいという依頼を受けて冒険者が実行するのはゴブリンを倒すところまで。そのゴブリンを村に解き放った犯人がいたとしてもそこまで関与することはない。
となると原因が排除されないから同様の事件が何度も起こる訳である。
私はそれが嫌だから依頼内容から違和感を覚えたらついつい深掘りしてしまう。場合によっては領主や憲兵への越権行為になりかねないがそうでもしないと依頼が嵩むのだから仕方がない。
だから今回憲兵師団が街の不穏分子の掃討を計画してるのならと依頼時に掴んでいた情報を流した。
溜まっていたゴミ箱が空っぽになったかのような爽快感に頬を綻ばせながら気持ちよく残業に取り掛かろうとしたらとっくに出て行ったと思っていたアルムさんが戻って来た。
「あれ? 何か忘れ物ですか?」
「……いや、まだ帰らないのか?」
「帰る……?」
チラリと執務室の壁にかけた洒落た時計を見る。
針は日付を跨いだばかりだった。
「何を言っているんですか? ここからが本番じゃないですか」
「……そう、か……邪魔、した」
「?」
私が渡した文書が入ったケースを下げてアルムさんが部屋から出て行った。
きっと今から戻って仕事の続きをするのだろう。
「そうだ。私は一人じゃない。この空の下、私みたいに残業をしてる人もいるんだ」
アルムさんに親近感を覚えながら天井に設置した剥製を眺める。
「トニーさんが来るってことはセレナちゃんも来るかな?」
去年寿退社した後輩の顔を思い浮かべる。
この時間になるとテンションが上がり始め、将来はイケメン冒険者と結婚して幸せな毎日を過ごすという夢と冒険者たちへの個人的評価を延々と語り出す様子は今でも鮮明に覚えている。
「そういえば招待状もらえなかったんだよなぁ」
今年の春に挙式を挙げたはずだが先輩にして上司だった私の手元に彼女から式への招待状は届かなかった。確かに友達という訳ではないから辞めてしまえば無に帰す関係だったのかもしれないが……少し寂しい。
執務机の引き出しを開け、中にあった小箱を手に取る。それはセレナちゃんの結婚祝いに贈ろうと買っておいた品なのだが彼女の新居も分からなかったので贈れず終いになっていた。
「丁度いいからトニーさんに渡しておけばいいか。いや、会うタイミングが出来ないか……セレナちゃんがついて来てたら……寄って来れるかな?」
冒険者ギルド支部は彼女にとっても思い出深い場所のはず……まあろくな思い出しかないから近寄りたがらない場所かもしれないけど。
私が小箱を戻して席を立とうとすると控えめなノックが響く。
「はい、どうぞ」
「……失礼します」
顔を覗かせたのはふわりとした少しクセのある淡い金髪を肩まで伸ばした冒険者、モニカさんだった。
いつもは後ろで束ねた髪を下ろしているからか普段よりもお淑やかな印象を受ける。
着ている服も普段の革鎧でもなくギルド支部の更衣室に入れていた私の私服で白いフリルのワンピースなのだが私よりもよく似合っている。
「すみません、すっかり寝てしまって……」
「いいんですよ。憲兵さんの相手に時間を取られてましたから……ゆっくり休めましたか?」
「は、はい」
「それは良かったです……少し場所を変えましょうか」
うっかり天井を見たら気を失うかもしれないし。
場所を変えて応接室へとモニカさんを案内する。
こちらの調度品は執務室に比べると劣るがそれなりに質が高く、執務室に比べて少し色合いが派手だ。
高級宿屋のラウンジのような見た目を目指しただけあってここに入った冒険者は大抵感嘆してくれるがモニカさんの反応はごくごく普通だった。そういえば元々は貴族のご令嬢だから当然か。
私は据え付けてある棚から茶葉の入った箱を取り出し、同じ棚から陶器製の白いティーカップを二つ並べる。
水を湯に変える魔法瓶に水差しから水を注ぎ、立ち上る湯の温かさに問題がないか確認する。
そうして用意した紅茶をテーブルに並べ、来客用の茶菓子を添える。もちろん経費で買った品々だ。
「あ、あの私は……」
「紅茶はお好みではありませんでしたか? レバレッジ領と言えば香辛料と茶葉が有名でしたからお好きかなぁと思いまして」
ちなみに茶葉一掴みが同量の砂金と同額という狂気のお値段だ。私も飲んだ事がない。
「……いただきます」
ティーカップを手にして口にする所作が綺麗だ。大体の冒険者って水も紅茶も酒もポーションも一気飲みするイメージだが流石貴族。
「……デイトレイドのものですね……今度レバレッジのオススメの茶葉をお持ちしますね」
「ありがとうございます」
マジで?
予想外の幸運にちょっと舞い上がりそうになるが冷静になって深く礼をする。
というか自然にデイトレイド領の茶葉より自分たちが上ってアピールした……家を出てもやはりその辺りのプライドは消えないのかな?
「それで、今回の依頼での事ですが……」
今朝無事に帰って来たモニカさんたちからの報告を優先的に処理しようと考えていたが三人とも疲弊していたし私は矢が生えてたし頭を射抜かれた襲撃者は転がっているしでとても話を聞ける状況ではなかった。
モニカさんたちは憲兵への連絡に向かった後でギルド支部に戻って来てすぐにでも報告してくれようとしたが休息を優先してもらうため仮眠室で休んでもらっていた。
すっかり体調も戻ったモニカさんから今回の依頼で起きた出来事を詳細に伺う。
ゴブリンを追って見つけたという山中にある建物の存在は私も認知していない内容で後で地図に記載するとして謎の黒ずくめ集団から三人を救ったのは間違いなくクライムさんだろう。
モニカさんが彼の口調を真似てるのがちょっと面白い。
「とまあこんな感じで……すみません」
話終わるとモニカさんが頭を下げて謝罪してきた。
「? 何がですか?」
「あの人、ギルマスが手配してくれたんですよね?」
「ギルドは関与していませんよ? その謎の人物、一体何者なんでしょうか?」
「そういう事にしておきます……私がレバレッジの人間だと知っているのはギルマスだけですから」
クライムさん、まさかレバレッジの人間か確認したの? そういえば依頼書にフルネームで書いてたっけ……ズボラな癖に変なとこで真面目になるの困るな。
「やはり……私が貴族だからこのような待遇を?」
「冒険者ギルドは冒険者さんの出自を理由に扱いを変える事はありませんよ? まあその人が冒険者になって何を成したかによっては優遇したりしますけど」
一方で問題起こしたら問答無用で降級だし内容によっては一発追放だったりで落差すごいけど。
「私は何も成し得ては……実力が足りていないもの今回の件で痛いほどわかりました」
他所の冒険者ギルドは依頼を受けた冒険者の死は自己責任だなんて言うが実力が足りてないからって死んでいいはずもない。
私としてはどうせ依頼を再手配するなら早めにして失敗した冒険者が助かる確率を少しでも上げたほうが長い目で見たら良いと思っているだけである。
「実力なんてこれからいくらでも伸びますよ。モニカさんにやって欲しい依頼なんて山のようにあるんですから」
それにモニカさんは既にある事を成しえている。
それは彼女が立ち上げた冒険者クラン、スプラウトだ。
冒険者は一部例外を除いてその実力と審査結果に応じて七つのランクに分類される。
一級からニ級は上位、三級から五級が中位、六級から七級が下位と大別される。
当然駆け出し冒険者は七級からなのだがスプラウトは六級と七級の冒険者たちで構成されている。
そんな下位冒険者のクランがどう役立つのかというと下位冒険者たちの能力水準の向上である。
駆け出し冒険者の面倒を見るというのは非常に大変だ。依頼の受け方報告の仕方がわからなかったり武器屋すら見つけられず街を右往左往したり冒険者生活初日から宿無しだったり依頼人と喧嘩するなんて人もいる。
中には依頼書を読んで勝手に現地に赴いて人知れず死んでいくというあまりにも悲惨な末路を辿った駆け出し冒険者もいたりする。
かといってそんな下位冒険者たちに一から十まで手取り足取り教える訳にもいかない。いや、私も努力はしているのだが冒険者でもない受付嬢に教えられる事を恥だと感じて拒否する冒険者も珍しくない。
なので冒険者には冒険者。中位ランクの冒険者から教われば改善されるかと言えばそれも否で、基本的に冒険者は仲間意識が薄い。いや、パーティーメンバー同士は家族より強い絆で結ばれているケースが多いけれどそれ以外の同ランク帯はライバル意識が強いのだ。
見返りもないのにいちいち下位の面倒なんて見ないし話をするにしても自慢話ばかりで益はない。
そんな冒険者たちの中に降って湧いた貴族生まれのモニカさんは自分が駆け出しの時に困った時にどうしたかと教えるために下位冒険者たちを集めクランを結成し、各種手続きのやり方や下位冒険者あるある失敗談を共有して依頼成功率を高め、今ではメンバーで資金を出し合ってクラン全体の装備の充実や宿の確保までしている。
そしてこのクランの特筆する点として挙げられるのが五級に昇級したら強制脱退という規定だろう。
この手の集まりは古株になればなるほど段々増長し、横暴になるものだ。時には私的にクランを利用する者も現れるだろう。
しかし強制的に脱退となるともうクランメンバーではないのだから上の立場という意識は消える。
さらにわざと在籍しようとランクを上げないというのも難しい。普通に冒険者をやっていれはどんなに遅くとも二年。この街で冒険者をやっていたら一年足らずで五級に昇級する。つまり何年も六級なんて立場でいれば偉ぶれるどころか嘲笑の的になるからだ。
実際設立したモニカさんも既に五級に上がって脱退し、今は彼女のパーティーメンバーである六級のレイチェルさんがクランリーダーを勤めている。
他にも五級に上がって脱退した冒険者は多くいるがそんな彼らは駆け出しの頃からそういった助け合いを経験したからとにかく連携、共闘が出来る。
私が依頼を振る先を考えていたら暇してる冒険者を引っ張って来てくれるし応援が必要なら周囲に声をかけて動く。
さらに脱退したからといって無関心にならず、駆け出し冒険者たちをパーティーに加えて依頼をこなしながら実戦での育成も始まっている。
はっきり言って下位冒険者の質はどこの冒険者ギルドにも負けないだろう。なんなら私なんかより組織運営がしっかり出来ている。
そんな一部ではモニカ世代と呼ばれる彼らに対抗してそれ以前から中位、上位ランクだった冒険者たちはマイスターなるクランを立ち上げたが実態は情報共有という体のバカ飲みクラブで私に酒場で三度の土下座をさせた伝説と共に解体されたクソクランメンバーに比べたらモニカさんは神だ。いや比べるのも烏滸がましいな。
あの頃はセレナちゃんと一緒になってモニカ神を讃える舞を踊っていたのが懐かしい。
「ありがとうございます。ギルマスからそう言っていただけると嬉しいです」
にこりと笑みを浮かべるモニカさんが可愛すぎて困る。流石男性冒険者たちの人気を集める女性冒険者筆頭だ。
「あの……よろしければ今度是非お礼をさせてくださいませんか?」
「そんなに気を遣わなくても……あ」
私はふとモニカさんだからこそ行ける場所ができる事を思い出して彼女に耳打ちする。
「え゛っ!?」
何かすごい声が出た。
「すみません。親元を離れ独立したいというモニカさんには嫌な相談だとは分かっているんですが」
「ギルマス……あの、お気は確かですか? 疲れが溜まっているのではないでしょうか?」
「疲れ?」
大丈夫、平常運転です。
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