第九話 残業確定
主人公外の視点のお話になります。
辺境の街。そう呼ばれているから荒廃した痩せた土地にぽつんとあるような集落をイメージされるが実際にはまだまだ未開の地が広がる豊かな大地が広がる地域であり、街の規模も下手な国の交易都市並には大きい。
ではなぜ辺境の街などと呼ばれ、未だ街の名前すらつけられていない理由を説明するにはこの国が戦乱期を迎えた百年ほど前に遡る必要がある歴史を持つ街の中心部に位置する区画に建てられた憲兵師団本部は小さいながらも造りは堅牢な城砦である。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさいアルム」
その兵長室にいたのは領主ゼニス・サーティンの秘書官ミランダ・スーンであった。
アルムは被っていた兜を外して小脇に抱えるとそこには目の前にいるミランダと瓜二つの素顔が現れた。
違いといえば眼鏡の有無と髪の長さくらいだろう。
アルムとミランダは双子の姉妹……ではなくサーティン家が昔造り出した人工生命体ホムンクルスなのである。
エルフに並ぶ長命なホムンクルスである彼女たちは百年以上サーティン家に仕えており、その忠義を捧げて来た。
アルムが素顔を晒さないのも瓜二つの素顔を見られたら本来禁止されているホムンクルス製造の疑いを持たれるかも知れないからだ。
アルムは武術を、ミランダは魔法に特化して技術を学び、サーティン家の懐刀として運用されてきたがそんな片割れであり、製造順でいうと姉と言って差し支えないミランダが……数年前壊れた。
「ねぇギルマスは大丈夫だった? 死んで無いよね? 矢で射抜かれたとか嘘だよね?」
部屋の扉が閉まるや否やアルムの肩を掴んで涙目でガクガクと揺らしてくる。その姿に普段見せる完璧な秘書官の面影は皆無だ。
今朝、ゼニスと一緒に詰め所にやってきたミランダと三人で先日起きた違法ゴーレムを持ち込んだ犯人一味から得た情報を元に打ち合わせをしているとギルド支部での騒動を三人の冒険者が知らせにやって来た。
アルムは部下に任せようとしたらギルドマスターが矢で射抜かれたと聞いて血相を変えたミランダにすぐ見に行くようにとほとんど無理矢理お願いされたので仕方なく出向いたのである。
「ええ、普通に業務をこなしていましたよ」
「はぁ〜なんだよかったぁ」
いつもの凛とした声色と違ってまるで愛玩動物を愛でるような猫撫で声で安堵のため息をつく姿を見てしまえばとても胸に矢が刺さったままだったとは口が裂けても言えない。
元々二人には感情というものはなかった。しかし長年稼働していく内に性能が剣か魔法に向いているくらいの差しかなかったはずが個性と呼べるくらいに性格の差が出来始め、伝えなくていい事は伝えないという判断までするようになった。
ゼニスからも最初は人間臭すぎてホムンクルスとか嘘付くななんて言われるくらいだ。
だがそれにしたってミランダがあのギルドマスターに向ける感情は異常である。
最近なんて街で配られていた求人募集のチラシを部屋の至る所に貼り付けて飾るという異常行動を起こしていた。
それがアルムにとってなんだか面白く無い。あと少し怖い。ホムンクルスに恐怖なんて感情はないのたが、アレがきっと恐怖だと理解した。
「ミランダ、領主様は?」
このまま放置したら延々とギルドマスターの話しかしなくなるのでさっさと話題を逸らす。
ミランダはすんと表情もテンションも落ち着き質問に答える。
「屋敷に戻られて視察の最終準備をされているわ。街道警備には冒険者を回して街に入ってからはアルムたち憲兵師団に一任します。屋敷内の警備はすでに手を加える程がないくらいに強固にしてるからあとは仕込んだトラップがうっかり来賓を襲わないように調整ね」
昔からそんなヘマはしないであろううっかりだが今のミランダだとちょっと心配だとアルムは内心冷や汗を流す。こんな心配をしてしまうのも今までなかったというのに。
「しかし今回の視察は何が目的だと思う? わざわざ王位継承権第二位である第一王女が出向いて来る以上何かあるはずだ」
王女来訪の知らせはまさに青天の霹靂だった。
ゼニスは予定していた領主の仕事を全てキャンセルして王女を出迎える準備に割かれる事になった。
先代が亡くなられた時は涙一つ流さなかったのによほど嫌だったのか半泣きになっていたのをアルムは目撃している。
「そうね……私たちの事ではないでしょうし……領主様が代替わりしたからその関係かしら」
「わざわざ辺境まで? あえて名も付けず国からみて価値が低い土地と触れ回って来たのに王族が出張ったら長年の苦労がパァだろう」
そう、辺境なんてどんな国でも大抵資源も何もない酪農などの農業地帯だ。
しかしこの国に限っては未知が広がる可能性の大地なのである。
元々王都から離れた上に山脈に遮られた未開の地であったのだが百年ほど前に領土拡張のため当時末端の貴族だったサーティン家に開拓が命じられた。
それから程なくして数カ国で戦争が勃発。開拓の事などすっかり忘れて戦いに明け暮れ、十数年に渡って続いた戦争は終結した。
国力が大きく衰退した王国の戦後復興にひと役買ったのがサーティン家であった。
山の向こうで黙々と開拓を進め、当時から冒険者ギルドと連携しながら未開の地に踏み入り、希少薬草の群生地や希少鉱石の鉱脈を発見し、戦争で焼き出された他国の村や街から逃げて来た人々や亜人種なども積極的に受け入れた結果多くの王都や周辺の街の食卓を潤すだけの食料と復興のための資機材を提供出来る領地に成長していたのだ。
慌てて国から調査団が向かった結果、辺境の街は独立国としてもやっていけるだけの生産力と資源を有している事がわかった。
当然国はこの辺境の街を欲した。しかし十数年統治してきたサーティン家への領民の信頼と忠義は厚く、力が衰えた王家が下手に介入すると内戦が起こりかねない。
さらにこの地の資源が明るみになればそれを狙って再度開戦する事は間違いない。
だから国はこの地を辺境の街として扱い、街としての名前すら与えずにいた。そうする事で他国と貴族たちの目を欺いて来た。
辺境の街と各領地の間に急ピッチで交易都市を作って国内に行き渡る資源や食料の流れを不鮮明にするという擬装まで行って。
おかげで住んでいる領民たちも自分たちが辺境の田舎者という認識で留まっている。
だがそれも薄々気づかれて来ているのだろう。
ここ最近不穏な影が街に入り込んでいた事はアルムも把握していたがその実態は掴めずにいた。だが先日の違法ゴーレムを持ち込んだ犯人を捕まえた事で彼らが隣国でその勢力を伸ばしつつある犯罪組織の構成員だった事が判明した。
独断か、国から秘密裏に諜報活動をするために手を結んだのかまでは定かではないが何かしら手を打たねばこの街が戦争の引き金になりかねない。
状況が悪化しないように今回の来訪も万事問題無く済ませてさっさと帰還してもらうためトラブルの原因は徹底的に排除しなければならない。
領主になって一年目でそんな状況を突きつけられた領主ゼニスの心労は察して余りある。今朝の様子も痛ましいものだった。
「王族が来ることと先の事件、全くの偶然とは思えない」
「そうよね……でもよりにもよってリーダー格である男が真っ二つになってたからゴーレムを暴れさせた真意が不明なのよね」
ミランダはフランドールから受け取った魔法薬を解析し人数分量産した。しかし最後の一人は真っ二つに割れていたせいで石化を解くのにあと五日はかかる。視察は三日後だから間に合わない。
「あのギルドマスターめ、余計なことを」
「ちょっと彼女は襲われた側なんだから責めるのは可哀想よ。本来なら彼らの存在を突き止めて捕えるのは憲兵師団の仕事でしょ」
その通りではある……が、アルムはついフランドールを逆恨みしてしまう。
何かとフランドールを引き合いにだされてミランダから嗜められる機会が増えたせいで謂れのない恨みがフランドールに向けられているのだが彼女がそれを知る由もない。
「それじゃあ私も一度屋敷に戻るわね。街中での人員配置と兵たちの身辺調査、不穏分子の溜まり場の洗い出しに当日の移動ルートの計画書はダミーも交えて今夜中に提出よ」
「ミランダ、私の身体は一つしかないんだぞ?」
「そうね……でもギルドマスターならきっと済ませちゃうわ」
そう言い残してミランダが部屋を立ち去り、残されたアルムは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて執務机に座る。
全く持って不本意だが、胸から矢を生やしたまま別の生き物のように両手を動かしていたフランドールの姿を見た直後だからか本当に済ませてしまうんだろうという気がしてしまう。
そんな異常存在に負けじとアルムは羊皮紙を広げ、先ずは身元が確かな兵たちの配置から考えるのだった。




