プロローグ 最後の一人
冒険者ギルドの受付嬢。なりたい職業ランキング堂々の一位をここ数年維持している働く女の子の憧れだ。
福利厚生が充実し、可愛らしい制服を着て働ける華やかな職場。加えて英雄なんて呼ばれる冒険者にお近づきになれて結婚だって出来てしまう夢のような仕事だ。
教養、容姿、出自など採用条件が若干ハードルは高いものの毎年何百十人という希望者が集まってくる人気の職業に私、フランドール・ファイナンスも歳を偽って五年ほど前に就職した。
少々トラブルを起こして配属されていた王都のギルド支部から辺境のギルド支部に飛ばされたが私ほど有能かつ美少女な受付嬢をいつまでも放っておけないだろうとタカを括って辺境の街で働き始めた。
それから三年。私は荷物をまとめてギルド支部から立ち去ろうとする少女の足にしがみ付いて必死に叫んでいた。
「待って! 今辞められたら私が最後の受付嬢になっちゃうから! 業務はまだ沢山残ってるから! せめて月末まで残って! 私を見捨てないで!」
華やかな職場とは思えない必死の嘆願で縋り付く私を見下ろすのは今日、冒険者ギルド辺境支部のギルドマスターの代理を兼務している私に辞表を出して去ろうとした後輩受付嬢のセレナちゃんだった。
憐憫と、うわコイツ面倒くせぇという感情が三対七くらいの割合を占めた複雑な表情をしたセレナちゃんは申し訳なさそうに、でもキッパリと口にする。
「ごめんなさい先輩。私もう無理です。耐えられません。このままじゃ死にます」
「死なないから! 人間ってもっと頑張れるから! 私がいいお手本でしょ? こんなに元気!」
「先輩のは元気じゃなくて狂気です!」
「ええっ!?」
しがみ付く私を引き剥がすように足を引き抜き、一歩外へと近づくセレナちゃん。手を踏んだり頭を蹴ったりしない分、まだ私に配慮する余裕がある辺りまだ頑張れるはずなのだ。前に辞めた子は土下座する私の頭を踏み躙っていったもんなぁ。
「私受付嬢のお仕事ってもっと楽で明るくて楽しい職場だと思ってたんです!」
「楽しいよ!? 私と毎晩おしゃべりしながらのお仕事は楽しくなかったの!?」
「毎晩ってのが問題なんですよ! この半年夕暮れの街並みを見た記憶が皆無なんですけど! 霞む朝日か星空しか覚えがない!」
「まだ大丈夫だから! 私なんて自分のお家が何処だったか覚えてないし!」
「どんだけ職場に泊まったらそうなるんですか!? 私先輩みたいになりたくない!」
「来たばっかりの時は憧れてくれてたよね!?」
「憧れなんてもう忘れました……それに私、結婚するんです!」
「へ?」
ギルド支部の出入り口の扉に手をかけたセレナちゃんが叫ぶ。
私は身を起こしてその言葉の意味を咀嚼する。
「えっ……おめでとう……えっ? 知らなかったんだけど? えっ、何で今まで教えてくれなかったの?」
「だって教えたら先輩邪魔するじゃないですか!」
「しないよ!? ……あ、待った。まさか結婚相手ってウチの冒険者じゃ……」
「トニーさんと、一年前からお付き合いしてました。次の春から王都で暮らします」
セレナちゃんが口にした冒険者の名前は私にとって、いやこのギルド支部にとっても重要人物だという事に顔を青ざめる。
彼は上位ランクの冒険者でその実力は王都のトップランカーにも劣らない。というか私の知る限り最強に近い。
「う、ウチの支部のエースもエースじゃない! 待って! 結婚ストップ! いや、結婚はいいけどこの街で暮らそうよ! いい街だよ何もないけど」
「嫌です! トニーさんは前から王都で活躍して名声を高めたいと言ってました! 何処かの誰かがずぅっと引き留めたせいで辺境でちょっと名の知れた冒険者止まりですから!」
「だってめちゃくちゃ仕事が早くて何でもイエスって答えてドラゴンだって狩ってくれるんだもん! 冗談だよね? セレナちゃん流のブラックジョークだよね?」
「……」
セレナちゃんが何とも言い難い神妙な表情を浮かべる。どうやらマジのマジらしい。
「いーやぁー! 貴重な人材がぁ! 依頼回んなくなるから! もう辺境の冒険者ギルド支部はおしまいです!」
「いいじゃないですか。そもそもギルドマスターが蒸発するような支部ですよ? とっくに終わってるんですよ」
「冒険者ギルドに助けを求めてくる依頼人を放っておけないでしょ? せめて春の新人が来るまで辞めないでぇ!」
「先輩の頼みでももう聞けません。悪いことは言いませんから先輩もさっさと辞めちゃったほうがいいですよ! それじゃあさよなら!」
「待ってぇ〜! せっかく増改築した冒険者ギルド支部にひとりぼっちとか辛すぎるからぁ! 給料もアップするからぁ! カムバァーック!」
更衣室に置いてあった私物を持って立ち去るセレナちゃんを追いかける訳にもいかず、私はギルド支部からただ声をかけるしか出来なかった。
何故ならあと少しで冒険者ギルドは始業時間になる。
わざわざ早朝にやって来て一応私と会話が出来る時間を作ってくれたセレナちゃんは実に良い後輩だったと失ってから改めて思い知ってしまった。
「あ、いけない。もう時間だ」
私は涙を引っ込めて受付カウンターに向かうと身嗜みを整えて背筋を伸ばす。
街の中心にある冒険者ギルド支部には巨大な時計塔が備わっている。それが午前八時を指すと人気のなかった支部の中に大勢の人々が押し寄せて来る。
私は心の底から叫びたくなるような悲鳴を押し殺し、受付嬢の鉄則である絶えない笑顔を浮かべて大きな声で挨拶した。
「冒険者ギルドへようこそ!」
これが私の地獄のようなワン・オペレーションによる冒険者ギルド支部運営という孤独な戦いの始まりだった。
今作初投稿になりますのでまずは一章完結を目指して頑張ります。
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