1話 柵を超えた先
「ん…っ。」
なんだろう…、冷たい。頬に触れる空気がすごく冷たく感じる。
ゆっくりと瞼を開く。視界に広がるそこは見たこともない、知らない景色が広がっていた。
「ここどこ…。」
声が小さく響く。体を起こして回りを見渡す。
高く伸びる木々。空を覆う程の枝葉、そこから見える空はどこかいつも見ていた空の色と違う。足元には見たこともない草花。
ここは、森…?どこまでも木が続いている。街も、道路も、人もいない。
枝の先にいるあの黒い塊は何?え…、鳥??目がどこにも見えないし羽もない。ジッと見つめていると突然黒い塊からギョロっとした大きな目が出てきた。
「きゃ…っ!」
黒い塊は私を見てくる。何かをするわけでもなく私を見つめてくる。気持ち悪い…。でもあれ何?目が出てきたけど見たこともない生き物。あんな動物いたかな?
―――バサッ!!
突然羽を出して空高く飛んでいった。
「今、羽あったよね…。」
胸の奥がざわつく。ここは、本当にどこだろう。
私は確か―――。
あの日。
雪が降っていた。
軋んだブランコ。
真っ赤な雪。
思い出の公園。
私は―――。
そこまで思い出して息が止まる。反射的に自分の体を見下ろした。怪我をしていない。血も出てない。むしろ信じられないほど普通だった。それどころか―――。咄嗟に辺りを見渡す。探していたもの、すぐそばにあった。
使い古したボロボロのケース。
「よかった…。」
中のヴァイオリンにも傷一つ付いていない。
指先でそっと触れる。ちゃんとここにある。傷も、壊れてもいない。
「なんだこれ…。」
思わず口から漏れた言葉に少しだけ自分で笑ってしまう。
何度も壊そうとしていたのに、今ここにあることに安心しているなんて。
「馬鹿だなあ…。」
やっぱり捨てられるはずなかったんだ。そんな勇気もなかったんだ。
胸の奥がぎゅっと痛む。思い出そうとすると息が苦しくなる。
白いはずの雪が真っ赤に染まった。
真っ赤に染まったあの人。
世界から消えた音。
私は顔を振った。
「とりあえず…。」
ここがどこかわからない以上、立ち止まっていても仕方がない。森を見渡す。空気がやけに澄んでいる。聞こえるのは風の音だけ。――――すごく静かだ。
「本当にここどこなの。」
小さく呟きながら歩きだす。胸に抱えているのはヴァイオリンを入れたケース。歩くたびに枯れ枝が折れる音、落ち葉を踏む感触。空気は澄んでいる、空だったまだ明るい。それなのに森の中は思っていた以上に暗かった。
――――――――
どれくらい歩いただろう。時間の感覚がわからない。ただひたすら歩みを止めず森の中を歩き続ける。
「疲れた~…足も痛い…。」
かなりの距離を歩いている気がする。手元にスマホがあれば時間がわかったのかもしれないけど、今手元にはない。
「どうしよう、お腹も空いたし。もう歩けないよ…。」
それでも進み続けるしかない。きっとここは私が元いたところじゃない。天国か地獄か…。地獄かな。私はもう生きていたらだめなんだから。
「はは…っ。」
乾いた笑みが零れる。
「神様なんて…」
――――どこにもいないんだよ。
その時だった。―――…リィン。
どこか懐かしくて悲しい音が長く尾を引いた。
音が聞こえた方を向くと変わらない森の中。だけど、何故かわからないけど呼ばれている気がする。
リィン―――…。リィン…。
音に導かれるまま私は足を進めた。




