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0話 プロローグ



寒い、雪の降る日だった。変わらない日常、変わらない私と”彼”。それだけで良かった。充分だった。幸せな”音”が毎日、毎日私を包んでくれた。音が私たちを愛してくれていた。だけど、私たちは望まれすぎていたのかもしれない。世界のどこかで私の”音”が。”彼”の”音”が。誰かの心を、少しだけ歪ませたのかもしれない。その歪みが、誰かを傷つけて、苦しめ、追い込んだのかもしれない。


噂で聞いた『神様は、綺麗なものを呼んでしまう』と。

私たちは大丈夫だね、呼ばれてもまだまだ先の未来だねって笑いあって…。いつもと同じ、あのまだ冬に取り残されている雪の解けていない丘の公園で私は軋むブランコに座ってヴァイオリンを弾いて、”彼”は私の音を聴きながらピアノを弾くように空中で指を動かしていた。…気づかなかったんだ。背後から迫る不気味な音に。



―――バチンッ。


世界が壊れる音がした。







振り返るよりも早く誰かの腕が私を強く突き飛ばした。雪の上に体が投げ出される。


『―――音途(おと)!!』


聞きなれた声だった。私は降り積もる雪の中に投げ出された体を起こし顔を上げた。



『***―――?』



白い世界が赤い―――。



『***…?』



バチンッ。

ヴァイオリンの弦が1本。








『***?』



バチンッ。

ヴァイオリンの弦が2本。







『***!!!』



バチンッ。

最期の1本が、音が、消えた。














白い世界の中。

真っ赤に染まる彼を

泣き喚くことしかできない私を、



ナイフを持った男が私たちを見て、笑っていた。

















―――その日、私の世界から音が消えた。
















―――――――――――――――――――――――――――――――――









街は、うるさかった。


大型ビジョンのニュースが何度も同じ映像を流している。『訃報。若き天才ピアニスト、***さん(17)が3月2日に―――。』新人なのであろう若い女性アナウンサーの声かうるさいほど耳に響く。『事件当日一緒にいたヴァイオリンニストの※※さん(16)は命に別状はなく―――。』緊張でもしているのであろう。声が微かに震えているのがわかる。


映像の前では足を止めてニュースを見る人々。騒めき。若い通行人たちの手にはスマートフォンがあり、カメラ機能を使ってニュースを撮っている。

私はその人混みの中を俯きながらただ歩いていた。


誰も私には気づかない。帽子を深く被り誰とも視線は合わせない、胸に抱いているのは使い古したヴァイオリンのケース。ぎゅっと抱いて、離さないように。



「…ッ。」


風が強く吹いた。咄嗟に私は帽子を押さえる。その時、1枚の新聞紙が目の前に落ちてきた。そこには大きく書かれている。『未来を捨てた天才ヴァイオリンニストはどこへ!?』

私と***の写真が大きく載っている。ステージの上で、ヴァイオリンを弾く私と、ピアノを楽しそうに弾く***。





―――あの日。


視線を逸らす。胸が痛い。溢れそうな涙をグッと堪える。

歩みを止めることなく私はただ、目の前の現実から逃げるように歩き続ける。この街を―――。








「うわぁ…まだ雪残ってる。」



坂道を登って、少しだけ遠い丘の上の公園。まだ雪は解けていなくて、どこか寂しそうな場所。

風が吹くたびに静かに揺れるブランコがギィ…、ギィ…と音を鳴らす。

私はヴァイオリンケースを強く抱きしめた。冷たい風が頬を撫でる。



「ここはあの日から変わらないね。」


小さく笑ってしまった。目を閉じれば***との思い出ばかりが脳裏をよぎる。


笑った顔。怒った顔。拗ねてる顔。悪戯が成功して小さな子供みたいに無邪気にはしゃいでいた、大切な人との記憶。



「初めてここで会ったんだよね…。ここが私たちの始まりの場所なんだよね。」


そう、ここが始まりの場所で、私たちの終わりの場所。

だからこそこの場所で――――。




「―――もういないんだよ。」



こんなにも、世界は静かだった。騒がしかった懐かしいあの頃はもう、ない。

私はヴァイオリンをケースから取り出した。

傷一つない、綺麗なヴァイオリン。ケースは使い古したかのように汚れてボロボロなのに、大切だったヴァイオリンは綺麗なままで。

―――壊そうと、何度もした。もうあの頃に戻れないなら、私が***を殺したなら、音が壊れたなら、もう必要ないと思った。なのに壊せなくて。



「…ごめんね。」



もう音楽はいらない。もう、この世界にいないなら。




私はヴァイオリンを胸に抱えたまま、柵を超えた。

丘の下は暗く闇を感じさせる。遠くを見ると街の光が見える。

冷たい風が吹く。



「寂しいでしょ。いっつも寂しいって言ってたもんね。…――――そっち、行くね。」





目を閉じて、足を一歩前に出す。





落ちていく。空が遠ざかる。

その瞬間。


ビンッ―――。



ヴァイオリンの弦が震えた気がした。




























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