第二幕
やあ、君。
逢魔ヶ時の太陽がきた。
血のように大地を染め上げる日光。
白き潔白の着物は、
やがて異界の色へと変貌する。
そうして怪異のごとき存在へ堕ちる。
繰り返し。
繰り返し。
赤い光に照らされて
ーー僕は”赤マント”だ。
本名なんて意味はないーー。
第一幕では、
吉原での馴染みの女が
死んだと女将から告げられた。
この言葉を理解するのに、時間がかかってしまった。
「若旦那。大変申しあげにくい事ですが、
あの女は死にました。」
しばらく僕は黙っていた。
ここは、日中の吉原の玄関先。
そこに夜の気配がなく、
薄汚れた本性を見せていた。
「死んだ?」と僕は繰り返した。
それから「どうして死んだ?」と女将に聞いた。
太った女将は、人の良さそうな表情のまま、僕の耳元へと囁いた。
「心中ですよ。ほんと忌々しいことです。死んで何の役に立ちましょうかーー」
「心中? 誰と?」
「あの娘の幼馴染とですよ、若旦那。
ほんと、これからだって時にさぁ。
身請けも決まってたんですよ。
なのにーー信じられないです。
全部、ぜんぶ、ムダにしちまったんです。」
この恨み節を聞きながら、
僕は彼女の姿を思い出した。
妖艶な香が焚かれた部屋。
粘つくような煙が僕らを包んだ。
艶やかな紅の唇。
白粉をぬりつけた白肌。
艶やかな着物をはだけさせ、
その乳房は赤く燃えていた。
あの女の囁く話はモノ珍しく、
声音はヴァイオリンのように、
言葉を音楽に変えた。
頭の良い女だった。
吉原の夜という檻の中で、
芯をもてる女は一握りだ。
気高く生き残るために、
あの女は生きていた。
なのにーー女の過去がーー
女の人生を打ち砕いた。
バカみたいだ。
何もかもがバカらしかった。
ふつふつと怒りが込み上がってきた。
僕の不機嫌を察したのか、
女将は申し訳なさそうに言った。
「若旦那。今日のところは、別の器量良しを紹介させてもらいましょう。
けっして、後悔なんてさせませんから。ぜひ、帰るとは言わず座敷にお上がりくださいよ」と言われた時に、思わず怒鳴ってしまった。
「ふざけるなっ!
あの女の代わりなどいるものか。」
僕は罵倒の言葉を、グッと飲み込んだ。
女将は何もわかっていない。
あの女の代わりなど、
代わりなどありえないーー。
あの生きる輝きを失わなかった女のようなものはーー。
僕はーーやるせなくなった。
顔を下に向けて、一言だけ呟いた。
「今日は、もう帰る。
怒鳴ってすまなかった。
あの女の代わりはーー欲しくないが、紹介できる娘がいたら、用意してくれ。」
そう事務的にいい終わると、門の外へと出ていった。
頭の中では、あの女と昨日、何を話していたかを思い出していた。
特に気にしてなかった。
死が彼女を掴んだ瞬間、
特別なものへと変わっていった。
黒い門を越えて日常に戻ったが、
暗い気持ちからは逃れられない。
あの女は死んだ。
僕は死んだ女の後の世界に取り残されたまま。
また虚構の愛を受け入れていくだけの男になるだろう。
堕落して生きるよりかは、
無邪気なまま終わることで、
人は特別へとなるのだろうか。
この黒い考えが、
地獄の口のように開いてた。
それは振り下ろされるナイフを、
待ち焦がれている幼子の顔を想像させた。それは僕の顔をしているんだ。
駒込の豪邸に戻ると、僕の使用人のバアヤが出迎えてくれた。
僕の白いマントを脱がせてくれて、
何があったかを聞いてくれた。
「お早いおかえりですね、坊ちゃん。
何かあったのですか?」という感じにね。
その目には、僕を憐れむような想いを込めてるようで嫌だった。
こうして、第二幕は老婆の憐れみにより幕を閉じる。




