第7話 ルミアの小さな勇気と優しい手
優しい人達に囲まれる、ルミアです。
「こちらが今週分のお薬です。エレナさんが随分と心配していましたよ。夜中の咳は少しは良くなりました?」
「ああ、ありがとうねぇ。ルミアちゃんが来てくれるから助かってるよ。咳はまぁ歳だしね。こんなおばあちゃんとお話してくれてありがとうね」
薬を受け取りながら、優しく話しかけてくれるエミさんはとても優しい目で私を見てくれる。
――そう。いい人も沢山いるんだ。だから大丈夫。
「いいえ、エミさんとお話するのは凄く楽しくて、為になる事ばかりなんですよ!この間の、服のシミ取り、言われた通りにしてみたら本当に綺麗になりました!」
「そう。良かったねぇ……」
にこにこと笑いながら、色々な事を教えてくれる。昔は家庭教師をしていたらしい彼女は、少しずつ私に文字を教えてくれる。
まずは名前から、ということで『ルミア』の三文字を教えてもらった。身近な人の名前を書きたくて、今は『キアン』を教えてもらっている。
でも今日は、外でその本人を待たせてしまっている。
「あの――エミさん。これ、どうぞ」
「あらら。どうしたの、いきなり?」
さっき買った小さな蜂蜜の小瓶をエミさんに手渡した。
喉の咳のせいで薬を飲んでいるエミさん。
エレナさんの薬は確かによく効くけれど、苦いのも確かで。
この蜂蜜なら、飲みやすくなるかな、と考えたのだ。
「エレナさんにお駄賃を貰ったんです。でも使い道が思いつかなくて。それなら、いつも字を教えてくれるエミさんに何かお礼をしたくて。それで、薬を飲む時には蜂蜜が丁度便利なんじゃないかと思って……それで」
人に何かをあげるのは慣れていないから、つい早口で説明していた。『いつものお礼です』だけで十分だったかも――。
「ありがとう。大切に使わせてもらうね。あ、じゃあ一緒に飲みましょうか。『赤いお茶』に蜂蜜を入れると美味しいよ」
「あ――。ありがとうございます」
――赤いお茶。エレナさんにも前に淹れてもらったものだ。
ちょっと酸味があるけれど、身体がポカポカと温かくなる、この村の『赤いお茶』。カーマイン・ベール。
村の色々な場所で見かける花。
花壇に咲いていたり、鉢植えされていたり、今のようにお茶にする為に窓際に干していたり……。
「街中にありますね、このお花」
いつの間にか、ポツリと呟いていた。見たくなくても、村中の至る所に咲いている。
皆に愛されている『赤い花』。
「ああ、これは二十年くらい前かしら。エレナさんが村の人達に無料で配ってくれたのよ」
「え……!そうだったんですか?」
「育てやすくて、冬にも強くて、多年草。あんまり花なんて植える習慣の無かった村にも自然と根付いてねぇ。お茶にも簡単に出来るから本当に便利なのよ」
――そうだったのか。
エレナさんが村の人達にこの赤い花を。
その、村の皆の為に配った花を。
私は嫌いだと思っているのか……。
何だか申し訳なくなってくる。
「あ、あの。外でキアンも待っているんで、お茶はまた今度お願いしますね」
「あら、それは引き留めちゃってごめんなさいね。あぁ、文字ならキアン君に教えてもらった方が早いかもしれないわねぇ」
エミさんは頬に手を当てて、首をかしげる。
え、キアンに?でもそうか。エレナさんの手伝いをしているキアンなら、更にはセラちゃんだって文字くらい書けるだろう。
「じゃあ、次はトーマスさんのお家に届けに行くんで、また今度よろしくお願いします」
「あ!ルミアちゃん、これ本当にありがとうね!」
そう言って蜂蜜の小瓶を両手で持ち上げてお礼を言ってくれる。それは本当に小さな小瓶。子どもの手にも隠れてしまう程のものだ。でも、喜んでくれた。
「はい、『どういたしまして』!」
◇◇◇
「待たせてごめんねキアン」
壁にもたれ掛かりっていた彼が首を振る。
「いや?俺って立ちながら寝られるから大丈夫。昼寝してた」
――ふふふ。本当かな?彼の不器用な所と要領の良さのバランスが面白い。
「今度はトーマスさんに薬を届けに行くね」
「ああ、了解――って、あのじぃちゃんかぁ……」
「え、何かあるの?」
うーーんとキアンが悩ましげに腕を組んだ。
彼がやけに渋る。珍しいな。
「苦手、というか……。昔、色々あって、計算なんかも教えてもらったんだけど、怖い、いや……弱点、いやいや。俺も、もう数字は怖くないし平気だしな……多分!」
「!キアン、計算も出来るの!?」
驚いて目を丸くしてしまう。
正直に言ってしまうと、彼は勉強が得意そうにはとても見えない……。人は見かけによらないらしい。
「なんか失礼な事考えてない?おまえ」
「いやいやいや。そんなんじゃないよ!でも、凄いね。エミさんもキアンに字を教えてもらったら?って言うしさ。文字を書けるのにも驚いたのに計算まで!」
――まぁ、そうか。
数字に弱かったら、相手に騙されるので商売は出来ない。
キアンは隣の街まで薬を売りに行き、お得意さんに届けに、そして買い付けもして帰ってくる。
「でも、トーマスさんは別に怖い人じゃないよ?」
「それは知ってるけどさぁ。数字が得意じゃないというか、あの人が細かすぎるんだよーー!商売にはおまけや値切りなんて当然なのに!」
ああ。なんとなく想像出来てしまう。
それが面白い。
トーマスさんは静かで口数が少ないけれど怖い人じゃない。それをキアンが知らないはずも無く。
彼の、商売のスタンスとトーマスさんの価値観が噛み合っていないんだろう。
「トーマスさんは、薬屋の帳簿を任されてる人なんだっけ?それならキアンはよく会うんじゃないの?」
「会うよ!でも、ここの数字はなんでズレているとか、銅貨一枚でも妥協しないんだ。おまけしてあげたんだよ、って言うんだけど。だって商売ってその場の空気みたいなものもあるの!それがわかってくれないんだよーー」
――なるほど。まったく性格が違うから苦手なんだ。
キアンにも苦手なものも、得意なものも沢山ある。
私は、今は勉強中で何が得意で何が苦手か手探りだけど、やっぱり世界が広がるのは楽しいな。
◇◇◇
「トーマスさん、お薬を届けに来ましたーー!」
私が彼の家の扉をノックすると、キアンは入り口から見えない場所の壁に張り付いた。
(……逃げたわ。こういう子どもっぽい所が憎めないよね)
中から少ししわがれた男性の声がする。トーマスさんだ。
先日から少し風邪を引いているのと、長らく膝を痛めてあまり長時間立っていられなくなってしまったらしい。
「どうぞ。開いています」
返事があったら勝手に開けて入っていい――というのが前にトーマスさんとしたお話だった。
「お邪魔しますね、トーマスさん」
「ええ、ありがとう。ルミアさん、こちらに置いてください」
微かに香る木炭の匂い。
彼は、よく羊皮紙に木炭を削った物で帳簿をつけている。
紙じゃないのが不思議だけれど、それが彼のこだわりなのかもしれない。
「今週分のお薬を持ってきました。風邪の方はどうですか?」
簡素な部屋には、あまり物が置いていなくて、きっちりと整頓されている。隅にある本棚には沢山の本が並んでいて、入った瞬間から別の空間に来たかのような錯覚を覚えた。
とても静かで落ち着く、トーマスさんらしい家だった。
「ああ、季節の変わり目だからね。いつもの流行り病かもしれないな」
――毎年、冬になると流行る風土病。『霜風邪』という、発疹が首や手足に出来て高熱が出る。特に子供とお年寄りが重症になりやすい感染症だった。
それでも、特別によく効く薬もあり、早めに対処すればそこ迄恐ろしい病気でもない。高熱が厄介なので解熱剤は必須だ。
毎年、この流行り病の為に、秋になると薬草を収穫してその薬を大量に備蓄するらしい。
「じゃあ、解熱剤と膝の重さを緩和する痛み止めを置いておきます。それと、霜風邪の薬をエレナさんにお願いして、すぐに持ってきます!」
「ああ、それは戻って伝えなくても大丈夫みたいだ。そこの窓からあの坊主の頭が覗いているし、その後ろの木の陰から薬師も隠れているみたいだ」
「――え!?」
さっきまでキアンと一緒だったから当然それは知っていたけれど、エレナさんまで!?
全然気づかなかった。
トーマスさんは、少し声を張り上げて、外のキアンに声をかけた。
「キアン、聞こえているんだろう?お前さん、今日は薬草の買い付けはどうした?――エレナは?今日の薬屋はセラが店番か?」
「う……。俺だけ責められるのは納得出来ないよ……。主犯はエレナ母さん!ルミアがちゃんと露店通りで買い物出来るか見守ってたんだよ!」
なるほど。だからすぐに駆けつけてきたのか。
そしてエレナさんまで――。
何だか心配されて嬉しいような、でもどこか恥ずかしくて動揺してしまう。
「あ、あの!それで露店でこれを買ったんです……!この前、数の数え方を教えてくれたから、お礼です!」
トーマスさんは、村で一番数字に強いらしく、お店の帳簿などの相談を聞いてあげたり、それを教えてあげたりする立派な人だ。
私にも、少しずつ『数字』というものを教えてくれている。
トーマスさんに手渡そうと、私の手のひらにもすっぽり収まってしまう程の小さな小瓶を彼の方に、差し出すと――。
「これは銅貨何枚で買ったのかな?」
「え?」
突然、そんな質問をされた。銅貨何枚?えっと、四枚渡して二瓶貰ったから……。
「銅貨二枚です。蜂蜜って結構高いみたいですね……。こんなに小さい小瓶なのに」
「そうか。まぁ嗜好品だしな。ではルミア、私は君にお返しがしたいと思う。台所からじゃがいも三個と卵三個とパン二つあった筈だ。そこにあるものを全部この上に並べてくれるかい」
彼は、奥にあるキッチンの貯蔵庫を指差して私に指示を出した。
「――お礼?別に、私が勝手にやったことなので……!それに、そんなに沢山並べるんですか?」
「いいから、言う通りに並べてごらん。話はそれからだ」
こうなったら、トーマスさんは譲らない。
私は言う通りに、じゃがいも、卵、パンを言われた通り並べて置いた。
「じゃあルミア。蜂蜜は銅貨二枚だった。私は同じ金額で君にお返しをしたい。どれを選んだら銅貨二枚分になるかな?」
「え。えっと……」
――これは私への問題だったんだ。
銅貨二枚。パンは一つで大体、銅貨一枚だ。でもこのパンは半分に切ってある。じゃがいも?じゃがいもは三個で大体銅貨一枚分。卵?卵一個はいくらだっけ……。
「うーん、えーと……。卵?卵は、銅貨一枚だっけ……?パンは半分、だから半銅貨……?じゃがいも、二個だと銅貨一枚は高すぎる……」
「そうだね。大きさも色々と違うからね。どうする?」
(卵二個っていうほうが簡単だけど、きっとトーマスさんの期待する答えじゃないのよね?)
「じゃあ、卵一つとじゃがいも一つとそのパンの、半分をください!」
「ああ、いい答えだ。それで朝食が作れるね。ただ、パンを半分にするには手間がかかる。そういう時はどうするかい?」
「う……。わかりません……」
「手間を省いて楽をするんだから、ここはそのまま渡したほうがこっちも得だ。――それともう一つ方法がある。君があのパンを丁度いいサイズに切り分ける事だ」
丁度いいサイズに切り分ける。難しい……!
でも、トーマスさんが提案してくれた事だ。せっかくの好意を無駄にしては駄目だよ、ルミア!
「わかりました。――上手に切れなかったらごめんなさい。私、やってみます!」
「パンの形が多少崩れても味は変わらない。そこまで気負うことじゃないさ」
彼は、フッと笑ってこちらを見た。トーマスさんが笑った!珍しい。初めて見た彼の優しい笑みにやる気が出てくる。
私はパンを切り分けるために、キッチンに立ってナイフを手に持った。
外では、キアンがこちらを見ている気配がする。
さらに向こうにはエレナさんも居るのかな?
――皆、優しい人達だ。思わず笑ってしまう。私は五歳のリナちゃんじゃないんだから。でも、きっと上手く出来たら沢山褒めてくれて、失敗したら笑い飛ばすか慰めてくれるんだろう。
よし、頑張ろう!
今日も、書き終えました。
また、明日も、少しずつ書いていきます。




