第6話 『お前も頑張ってる』という、小さな支え
ルミアにとっての大切な言葉です。『お前も頑張ってる』
エレナさんから渡された鉢植え――カーマイン・ベール。
その名前すらも聞きたくない、赤い花を持って、私は部屋に戻ろうとしていた。
「ルミアちゃん!――それ、お母さんからのプレゼントでしょう?それとも宿題?」
廊下の後ろから、セラちゃんが話しかけてきた。
そういえば、二人きりになるのは、初めてかもしれない。
エレナさんに似て、茶色い髪に、ダークブラウンの瞳。
そこには確かな知性を感じる女の子だ。
「わからない。枯らしてもいいんだって。任せるって言われちゃった。でも、何かを期待されているのかもしれないから――」
頑張らないと。試されているのかもしれない。そんな事は無いってエレナさんは言っていたけれど、失望されるのは怖かった。
私が強張った顔をしていたからだろうか。
セラちゃんもエレナさんみたいに、私の頬をつまんで上に持ち上げる。
「笑顔、笑顔。お母さんはそんなに意地悪じゃないよ?きっと、本当にルミアちゃんに育てて欲しくてプレゼントしただけだと思うなぁ。深く考えちゃ駄目だよ。それは、思考が後ろ向きになる第一歩だ!」
ふふふ。かわいい。セラちゃんは本当に気が回る女の子だ。
私の不安を感じ取って、こうやって励ましてくれている。
「ありがとう。なんだかセラちゃんと話していると気が楽になるね。凄いな」
「えへへ、そうかな?じゃあ、そんなに不安なら、二人で育ててみようか、そのお花!」
思いがけない提案をされた。
全て自分でしなくてはいけないと思っていた私に、新しい視点をくれた。
目が覚めたような気がした。
そうだ。別に一人で頑張って育てなくてもいいんだ。誰かと一緒に協力してもいいんだ。
「じゃあ、私は何かを育てるのが初めてだから、手伝ってくれる?」
「勿論!私はね〜、意外と薬草に詳しいんだよ!任せて!」
――意外となんて言っているけれど。いつも真剣に薬草を育て、エレナさんからその薬草を薬にする過程を教えてもらっているのを知っている。
でも、それを驕りもしない、言いふらさない彼女がとても素敵だった。
「じゃあ、わからないことや困ったことにアドバイスしてあげる!順調なら褒めてあげるよ〜」
◇◇◇
「ねぇ、ルミアちゃんお母さんが呼んでたよ?多分薬を届けに行くお使いじゃないかな?……村には、私も一緒に行く?」
「わかった、エレナさんの所に行ってみる。村にお使いでも一人で大丈夫だよ」
セラちゃんは、私がまだ村でどんな扱いを受けているか薄々と知っているのだろう。エレナさんは少しずつ私を村の風景に溶け込ませたいみたいだった。
――慣れているから大丈夫。
でも、セラちゃんにそれを見られるのが少し恥ずかしい。
私を偏見も持たずに接してくれる人に、村の人に無視されたり、暴言をはかれている私の姿を見られるのが何故か嫌だった。
「ああ、悪いねルミア!こっちこっち~。薬の配達頼むよ!」
「わかりました。エミさん?それとも、あのおじいちゃん、えーとトーマスさんかな」
「うん、そうそう。二人とももう年だからあまり動けないからねぇ。ついでに、これで商店通りで買い物でもしてきなよ、ほら」
そう言って私に薬の袋を二つと、銅貨四枚を握らせた。
これだけあれば、何かお菓子でも買えるかもしれない。どうしようかな……。
まだ一人で買い物はしたことが無い。
「ありがとうございます。えっと、何か必要な物とか買ってきましょうか?」
「バカだねぇ。それはあんたの報酬!いいから行っておいで!」
――え、ちょ、ちょっと待って……!
そう言ってエレナさんは私の背中を押して、玄関まで強制的に移動させた。
「ほらほら、お客を待たせちゃ駄目だよ!ちゃんとよろしくね」
返事も聞かずにバタリと扉を閉めてしまった。
これは、ある意味エレナさんの優しさなんだろう。
自分の好きなものを、自分で選んで買って来いということだ。
(どうしようかな……)
私は頭を悩ませて、村の中央まで歩いて行った。
今日も晴れている。
お日様が私にほんの少しの勇気をくれる。
「よし、緊張するけど頑張ってみよう……!」
◇◇◇
エミさんとトーマスさんのお家に行く前に、買い物をしようと思い、市場通りに足を向けた。
しかし、立ち並ぶ露店に近付けずにウロウロとしてしまう。
私が想像していた以上の活気溢れる場所だったからだ。
赤や青、黄色等の様々な露天の屋根が色鮮やかに通りを彩っている。更には、そこかしこからとても色々な香りがする。果物の爽やかな甘い香り、お肉が焼ける食欲を誘う香り。
道行く人々は皆笑顔で、ある人は買い物袋を抱えていたり、実際に食べ歩いている人もいる。
あまりにも目にも香りも人も賑やかな場所に気後れしてしまった。
これでは不審者だ。でも、そこまで大きな村じゃないからすぐに噂は広がるのだ。
『ほら、あの子……』
『ああ、薬屋が引き取ったっていうね』
『――やっぱり不気味な色ね』
風に乗って何処かからそんな声が聞こえてくる。
でも、大丈夫。
せっかくエレナさんが背中を押してくれたんだから。
買いたい物はもう決まった。
後は、そこまで行くだけだ。足早に、前髪で出来るだけ瞳を隠しながらその店の前に立った。
看板には蜂のイラスト。
露天の後ろの方には丸太で出来た蜂の巣箱がぶら下げてある。そこから羽音とともに、何匹かの蜂が巣箱の周りを飛び回っていた。
「……!」
薬草園で、蜂を見たことはあったが、蜂の巣は初めてだ。
前にいた街にはこんな光景はなかった。
でも、道行く人達は気にしてもいない。
これが、この村の『当たり前の日常』なんだろう。
「あ、あの……!」
声が思わず上擦ってしまった。
緊張して、ポケットからエレナさんにもらった銅貨四枚をカウンターに座っていたの男の人に渡す。
「こ、これで、一番小さな小瓶の蜂蜜を二つください!」
「……」
十秒くらい、お互いに無言が続いた。ギュッと目を閉じて相手の反応を待つ。
しかし、幾ら待っても何も反応がない。少し怖い……。
こわごわと目を開けると、蜂蜜の瓶を用意していてくれたみたいだった。
「……銅貨四枚で二つっていったら、このサイズだな」
「あ、ありがとうございます……!これを下さい!」
店主のおじさんはその小さな瓶をこちらに向けて押し出して、銅貨四枚を受け取った。
ずっと無言だったが、それでも私に売ってくれた。
追い払いもしなかった。
「ありがとうございました!」
何の返事も無かったが、それでもちゃんと買えた。村での初めての買い物だ。きっとこれで成功だ。良かった。
私は意気揚々と、今度は薬を届けに向かった。
その時――。
誰かに足をかけられ、荷物を抱えたまま転んでしまった。
薬と蜂蜜が駄目になると思い、身体を捻って肩から倒れ込んだ。慌てて腕の中を確認する。
――大丈夫そう。良かった。
「おい、余所者。こんな目立つ所でウロウロするんじゃねぇよ、他の人間が皆お前を歓迎しているとでも思っているのか?もっと影の隅でコソコソしてりゃこっちも嫌な気分にならねぇってのに」
見上げると二十代くらいの若い男性だった。私を冷たく見下ろしている。打ち付けた肩が痛い。でもそれ以上に彼の言葉が胸に刺さった。
「あ、ごめんなさ――」
「ルミア、謝るんじゃねぇ!てめーー、ふざけんな!」
何処から飛び出してきたのか、キアンがその人に体当たりをしていた。え?なんで?
あまりにも突然現れたので、彼を制止する言葉も出てこない。
キアンの突進で身体のバランスが崩れたその男性はよろけてそのまま尻もちをついた。
「ほら行くぞ!立て、相手にするな!」
キアンが無理やり私を立たせて、村の中を走り出した。
いや、速いって!
「キアン……!待って……!速い、速いから!また転んじゃう……!」
「あー……。悪い。ここまで来れば平気か」
そう言って彼は足を緩めた。
道の角を幾つも曲がり、どれだけ走らされた事だろう。
もう、息が切れて苦しい上に足が縺れそうだった。
「ほら、用があるのはあそこの家だろ、待ってるから行ってこいって」
キアンが顎で指し示した先――。そこにはエミさんの家があった。ここまで連れてきてくれたのか。しかし。
「いやいや、なんでキアンがあそこにいたの??ビックリしたよ!」
「――そりゃ、初めて村の市場通りに行くって聞いたから……」
初めての買い物が心配で!?
まるで幼児扱いだ。でも、きっとそれはさっきの様なトラブルを見越していたんだろう。
「そっか。ありがとう。じゃあ、薬を届けてくる」
情けない。なんて情けなくて無様な所を見せてしまったんだろう。
やっぱり、親しい人にこういう場面を見られるのが恥ずかしくてたまらない。ちゃんと出来ない、受け入れてもらえない自分があまりにも……惨めだ。
エミさんの家の前にもあの赤い花――『カーマイン・ベール』がある。
苦々しい気持ちで、その花をなるべく見ないように家をノックした。
「エミさーーん!こんにちは!お薬を届けに来ました!」
少し耳が遠くなっているエミさんの為に大きな声を出してノックを繰り返す。
――とにかく少しでも早くルミアさんの家に帰りたかった。
これ以上、キアンに格好悪い所は見られたくない。
『お前も頑張ってる』
彼がそう言ってくれた私を、否定されたくなかった。
今日も、書き終えました。
また、明日も、少しずつ書いていきます。




