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魔女と呼ばれる私、癒しの花を咲かせます  作者: しぃ太郎
第一章 小さな種と冬の陽だまり

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第5話 手のひらの小さな命

エレナさんは、私の赤を、手のひらで包んでくれた。



「ルミア!こっちこっちー!ほら、早くおいで!」

 

 キアンの背中を見つめていた私に、後ろからエレナさんの大きな声が耳に届いた。結構な距離があるのに、豪快な人だ。

 大きな手ぶりで私を呼んでいる。

 薬草園の入り口に立っているエレナさんに向かって、私は駆け足で走り寄っていった。


 ――またお手伝いができるかも。

 先程のキアンの言葉が私に勇気をくれる。人の為に何かをするのはとても嬉しくて心を満たしてくれる。

 そしてそれが認められた嬉しさを既に知ってしまった。

 私は、息を切らせて、彼女の所まで走った。


「エレナさん!今日は何を手伝いますか!?」

 

 私のその勢いに驚いたのか、彼女は瞬きを数回してから笑った。その笑顔は本当に力強いエネルギーに溢れている。


「ようやくキアンと仲直り出来たのかい?ここ数日、辛気臭いったらなかったよ。あんた、自分の表情を見てみな。本物の笑顔じゃないか、良かったね」

「う……。それはごめんなさい」

 

 ――表情?

 気にしたこともなかった。鏡を覗くのがまだ苦手だったから。

 私は、無意識に自分の顔を触っていた。

 私の本当の笑顔?

 そうなんだ。自分では自分の笑顔なんてわからないけれど、目の前のエレナさんの満面の笑みが証拠のような気もする。


「はい!キアンと仲直りできて嬉しいです!それに、エレナさんが名前を呼んで手招きしてくれたお陰です。お手伝い、頑張りますよ!」

「ん。可愛いねぇ!」


 エレナさんは、いきなり私を抱きしめた。

 驚きすぎて言葉も出ない。

「……!ちょ……!エレナさん!」

 声を上げるが、彼女は私を全身で包み込んでいた。


 けれど、この、包みこまれる感覚が。

 ――私が言葉にしてもいいのだろうか……。こんな事を言っても罰が当たらないかな?

 これが。

 これが『本当のお母さん』という感じなのだろうか、と思ってしまった。

 戸惑いつつ、恐る恐る、エレナさんの背中に手を回してみる。

 怒られない?嫌われない?

 大丈夫かな。

 私が彼女の背中に手を回した時に、頭をグリグリと乱暴なくらいに撫でられた。

 その後、エレナさんは私の脇腹を擽りだした。

 思わず笑ってしまう。


「あはは!やめて!やめてよ、エレナさん……!」


 ようやく擽るのを止めてくれて、抱擁も止めたエレナさんの瞳には最早、無視できない程の温かさを感じた。


「あははは!びっくりした?ごめんねいきなりで!」

 彼女は本当に少しだけ申し訳なさそうに、それ以上に安堵しているように笑った。

 ――気のせいかな?エレナさんが私に緊張なんてする?


「ようやくキアンと仲直りして、更に可愛いこと言ってくれるんだもんね。こーんな可愛い顔で笑顔になられたらこっちだって溜まらないってもんなの!」

 

 そう言って私の両頬をムニムニと動かす。痛くないけれど、これはこれで何だかムズムズする。


「そういえば、キアンが私が毎日ここで水遣りをしているのを知っていました。エレナさんが教えたんですか?」

「うーーん。言って大丈夫かなぁ。――面白いからいいか!キアンはルミアを避けている振りしていたけど、ずっと目では追っていたし、何なら後だってつけていたよ」


 ――え!気づかなかった!

 馬鹿だよねぇ、と彼女は笑う。エレナさんには全部筒抜けみたいだ。


「それは――知りませんでした。なんか恥ずかしいですね、私たちって本当に馬鹿みたい……」


 それならもう少し早く仲直りできたかもしれないのに……。

 と一瞬だけ思ったが、きっと違う。あれはそういう物ではなかったのかもしれない。


「キアンはあれでも真っ直ぐに育ったからね。ルミアには、理解出来ないかもしれない。でも、だからこそ、逃げ回ってたのかな?」

「……私が間違ってたんです。望んでない事を押し付けたから……」

 

 彼の言葉を忘れないようにギュッと胸をおさえた。

 エレナさんは、ふうと息をついた。


「ルミアが悪いわけじゃないんだよ。生きてきた世界が違っただけ。そしてそれは、別に誰かのせいじゃない」

「私が悪いことを言ったんじゃないんですか……」

「でも、親しい人を傷つける常識はつらい。だから、ここでは自分を傷つける生き方は、一旦忘れようか」


 私がどうしょうもなく世間知らずだから起きた、すれ違いだったって事かな。


「何だか、育ちというか、生まれというか。キアンと話していて、何だか自分がズレているって思いました。初めてでした……」


 私は苦笑いで、エレナさんに原因を少しだけ話した。

 赤裸々に話すのは流石に恥ずかしいと分かったから、怒らせてしまった理由だけを。


 すると、エレナさんは私の両頬に手を当てて、私の瞳を覗き込んで言った。


「ルミア。大丈夫。もう大丈夫なんだよ。私は、あんたにここに根付いて欲しいと思っている」


 そう私に言って、彼女は薬草園から一つの鉢植えを持ってきた。

 まだ小さな芽が出ただけのものだった。

 もしかしたら、キアンが言っていた、私が毎日水やりして育ったという――!


「これは、カーマイン・ベール。あの赤い花の小さな芽だよ」

 

 赤い花。その単語に、私の心は急激に冷え込んでいった。

 さっきのキアンの手のひらの温度も、エレナさんに抱きしめられた温もりも消えていってしまう――。


「これを、ルミア。あんたに任せる。あんたが水をあげて種から育てたものだ。これは、ルミアの嫌いな色の花を咲かせる。でも、ただの花だよ。そこまで責任を感じなくてもいい」

「あ、あれがそうだったんですか……」


 毎日、水やりをしていたまだ芽吹いたばかりの小さな植物。

 でも、エレナさんが私に用意してくれた物だった。受け取らないなんて出来るはずもない。

 ――それでも。


 (受け取りたくない……)

 

 鉢植えに手を伸ばすが、その指は震えてしまう。それをごまかすように笑って答えた。


「ありがとうございます。――頑張って咲かせてみます」

 

 それでも声の震えは誤魔化せなかった。

 私が鉢植えを受け取ると、エレナさんは私の手の上に自分の手のひらをぐっと強く包み込んだ。

 そして、まっすぐに私の『赤』を見つめて言った。


「嫌なら、捨ててもいいんだよ。大丈夫、誰も責めない。私だってそんなことじゃ責めないよ。でもね、これも誰かが世話をしてあげなくちゃ、死んでしまう小さな命だ。でも、誰かが毎日水をやって世話をしたら立派に育っていく」

「――はい」

「枯らしても大丈夫。この花は強いからね。今度は私が立派に育ててあげるから、失敗しても平気だよ」


 そう言って、ずっと握り込んでいた私の手から自分のそれを離して、ポンポンと私の頭を撫でた。エレナさんの体温が消えると急激に心細くなる。


「いいんだよ。何度失敗したって。諦めて逃げたって、それもまたいいんだ。ただその花も生きてるって事だけは覚えておけばいい」


 そう言って、私を残して薬草園から出ていってしまった。


 私の手の中にある鉢植え。その中の赤い花。そしてそれも一つの命だと彼女は言った。――命?


 途方にくれて、座り込む。

 どうしたらいい?

 でも、エレナさんがくれた物だ。大切に育てないと。

 でも赤い花を愛情持って育てられる?

 ――無理だ。それだけは無理だ。

 でも、私が水をやらなければ枯れてしまう。

 愛情がなくても義務でも育てられる。

 それでいいじゃない。毎日、お水をあげて光に当ててあげるだけ。別にそれだけじゃないの。


「うん。大丈夫。お水をあげて咲かせるだけだもの、私にだって出来るわ」


 そう。簡単だ。花を咲かせて、エレナさんに喜んでもらおう。別にそれだけの話だ。

 ――でも手に持った鉢植えがやけに重く感じる。

「そうよ、簡単よ。私にだってちゃんと出来るわ……」

 

 私の手のひらの中の鉢植え、その中の更に小さな芽。さわさわと風に揺れている、それ。――その小さな命。





 

今日も、書き終えました。

また、明日も、少しずつ書いていきます。

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