第30話 薬屋
今日は朝から冷え込んでいた。
こういう日は、『エレナの薬屋』の扉を叩く人は多い。
私は、収穫した薬草に" 癒しの力 ”を込めていた。
エレナ母さんとセラが調べた結果、私の力は主に植物に強く作用して効果が跳ね上がるらしい。
キアンは、最近は薬屋ギルドにも顔を出しに行っている。
彼のお陰で販路も広がり、情報が集まる。
母さんは特に止めない。
セラも、その辺は任せているようだった。
私が作業を終えた後、薬屋の扉が叩かれた。
季節のかわり目だ。
また誰かが体調を崩したのかもしれない。
「おばあちゃん、凄い熱なの!助けて!」
私を見るなり抱きついて、必死に訴える。
幼い少女だ。
見知った子だった。そして数日前にも顔を合わせている『リナちゃん』。
彼女の祖母は、いつもお世話になっているエミさんの事だ。
詳しく容態を聞こうにも、要領を得ない。
「朝はちょっと元気で。でもちょっとつらそうだったの。お母さんもお父さんもお仕事に行っちゃった……。さっきから熱が上がって、凄くつらそうなの!」
「わかった。熱が高い……。解熱剤と、あと胃薬、下痢止めも持っていこうかな」
私が薬を鞄に詰め込んでいる間、リナちゃんは心配そうにこちらを見ていた。
「エレナおばさんは?セラお姉さんは?」
エレナ母さんは外出、セラは調合室にいる。
どうしようか。
重篤なら、セラのほうがいいかもしれない……。
「ちょっと待っててね。セラとお話してくる」
「……うん」
心細そうに、彼女は自分のスカートを握りしめる。
その指は小刻みに震えていた。
私は思わず、彼女の目の前に座り込みその指をそっと包んだ。
「大丈夫だから。ね?」
◇◇◇
「この時期に高熱か……」
調合室の椅子に座ったセラは腕を組んで考え始めた。
私は、チラリと彼女の作業を確認する。
――なるほど。
解熱剤、咳止め、冬に向けての準備だ。
「本当に深刻なら医者を呼ばないと……。でも、ただの風邪なら解熱剤で何とかなるかもしれない」
「そうだね。でも、私じゃ不安そうだから……」
言い訳がましく、さらに言葉を重ねようとした私をセラは容赦なく遮った。
「私たちは、医者じゃない。薬屋。今の症状を聞いて薬を持っていきなさい。それと医者を呼ぶ判断はご家族よ。あんたは様子を見てきて」
――もし、私が間違えたらエミさんが?
その重みを想像して、胸の動悸が激しくなった。指が震える。
駄目だ。
私が揺れていたら、リナちゃんはもっと不安になってしまう。
ぎゅっと拳を握る。
爪が食い込んだ。これは現実で、私は目を逸らしては駄目なんだ。
この痛みが、それを思い知らせる。
「わかった。私が行ってくる」
「ルミア。……わかってるわよね?」
私は、その言葉に一瞬だけ喉を詰まらせた。
それは、五年前に約束したこと――。
緊急時以外では、人前では " 癒しの力 ” を使わない。
私の身を心配してのことだ。
セラは、きっとその事を伝えているのだろう。
「大丈夫。わかってるよ」
「ん。応急処置はお母さんに叩き込まれてるでしょ。行ってきて。……ルミアなら出来るから」
◇◇◇
リナちゃんとエミさんの家に向かう。
何しろ高齢だ。
最悪の事態を想定しなければいけないだろう。
――エミさん。私に文字を教えてくれて、ずっと親切にしてくれた人。
薬を入れた籠を持つ指に力が入る。
「リナちゃん。大丈夫だからね」
「お姉ちゃん……」
ずっと涙を流して、目元が腫れている。
私よりもこの子のほうがずっと怖いはずだ。
それでも助けを求めに来てくれた。
大丈夫。
自分に言い聞かせながらリナちゃんの手を引いた。
◇◇◇
(熱が高いけど他に症状は無い。嘔吐も無し。痙攣も、黄疸もない)
「リナちゃん、おばあちゃんにお薬を飲ませたいからキッチンに案内を――」
私の言葉を遮るように、激しくドアが開いた。
思わず肩が跳ねる。
「すみません!母の容体は!?」
「あぁ……!朝はまだ平気そうだったから……!」
そこで、エミさんの息子夫婦が飛び込んできた。
きっとどこからか話を聞いてきたのだろう。
それなら、もう大丈夫だ。
「熱冷ましの薬と胃薬を持ってきています。今後お腹を下すようならこの薬を使ってください。飲みやすいようにぬるま湯か、蜂蜜で溶かしたものがいいですよ」
私はご夫婦に説明する。
「蜂蜜……!」
そこで、はっと顔を上げて奥さんがキッチンに向かって走り出した。
戻ってきた彼女が手に持っていたのは、懐かしい物だった。
12歳の私がお小遣いで買ったものと同じだ。
ラベルは少しだけ色褪せている。
「お義母さんが、ずっと大切に飾っていました。でも、今うちに蜂蜜はこれしかありません」
その言葉を聞いた瞬間に、胸の奥が締めつけられた。
大切にしてくれていた。
視界がわずかに滲む。
――でも、それは今じゃないでしょうルミア!
「それで大丈夫ですよ。温めのお湯に薬と一緒に溶かして、ゆっくり飲ませて上げましょう」
奥さんと一緒にはちみつ湯を作り、小さなスプーンで少しずつエミさんの口に含ませる。
しばらくすると、荒かった息が落ち着いてきた。
うん、大丈夫そうだ。
「ありがとうございます」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
私も、ほっとして彼らに手を振った。
念のために注意書きを渡して玄関をくぐると、既に日が傾いている。
それを見た瞬間に緊張が緩んだ。
ずっと気を張っていた。
体も心も限界で、とても疲れている。
でも悪くない気分だ。今日の私はちょっと頑張れたみたいだ。
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