第29話 隣を譲らない
朝までアルに付き合い、お互いに相当酔っ払った所で、新婦が迎えに来た。
アルは、フラフラとした足取りで部屋を出ていく。
「あはは。アルがこんなになるのは珍しいね。迷惑かけてごめんね、キアンくん?」
目の前に水が入ったコップを置いて、こちらに笑いかける女性。
それにお礼を言い、俺はよく回らない頭で彼女に聞いた。
昔、何度か言葉を交わしたはずなのに、名前が出てこない。
「君は……アルで良かったの?こいつ、適当だし意外と繊細だし……。アルは幸せにしてくれそう?」
一瞬だけ、きょとんと俺を見た後に、彼女は朗らかな声を出した。
「あはは。違うよ。二人で幸せになるんだよ。私もアルを幸せにしなきゃいけないの」
彼女は、アルに比べたら少し地味な印象で。平凡そうで。
でも、とても素敵な笑顔で言った。
――ああ、お似合いだ。
自然とそう思った。
◇◇◇
馬車に揺られて村に着く頃には、既に夕方だった。
もう日が落ちるのが早い。夕日に染まった広葉樹が美しかった。
何故か無性にルミアの顔が見たくて、辺りを探す。
すると、薬草園から声が聞こえてきた。
(ルミア……)
走りだしそうな足が、地面に縫い止められた。
少し先で座り込んで、何かをしているルミア。
それはよく見る光景だった。
一つだけ違うのは――。
(ベイル。あいつも一緒なのか)
二人で、座り何やら話し込んでいる。
ここ数年で、ベイルの俺に対する敵意は消えていた。
きっと大人になり、偏見も跳ねのけられるほど強くなったのだろう。
そして、ルミアに対しての態度はさらに気安くなった気がする。
俺はそっと二人に近づいていった。
「ここのグリップがね、もうちょっと細いと、女性も使いやすいかも。ほら、園芸好きな女性も多いでしょう?」
ルミアが鎌や手持ちのシャベルについて話し込んでいた。
それを、ベイルが真剣に聞いている。
「あとね、水やり用のジョウロ!あれ、もっと軽くて繊細にしたら奥さんに人気出るかもよ!結構人に見られながらお花に水をあげる人も多いから」
「……なるほど。参考になる」
会話に夢中なルミアは気づいていない。
後ろに回り込んだ俺に気づき、ベイルは軽く手を上げた。
俺もそれに答える。
――普通の会話だ。なのに、何故か胸が落ち着かない。
「ルミア、髪解けてる。……結び直すからじっとしてて」
「あれ、キアン?え、ちょっ……!」
慌てるルミアの、細い銀髪に、そっと指を通す。
リボンを解き、三つ編みを解していく。
「よう。……久しぶり」
ベイルが苦笑いで、立ち上がって俺に挨拶をした。
くそ。やっぱり体格いいな。
「ああ。久しぶり。それと、独り立ちおめでとう」
「……ありがとう。まだまだ駆け出しだけどな」
独立。駆け出し。
どちらも俺が言えない言葉ばかりだった。
「じゃあ、ルミア。お前の意見をもとに作ってみるよ。あと、お前のその鎌は売り物として初めて作ったものだから、修理やメンテンナンスは無料で請け負う。じゃあな」
「うん、ベイル!ありがとう!またね」
彼の遠ざかる背中に、ルミアが声をかける。
夕日に霞んでいくベイルは、少しだけ方手を上げただけだった。
「キアンおかえり。結婚式、どうだった?」
「……あぁ、うん、ただいま。羨ましいほどだった。あいつ、ずっと緩みきっててさ」
ルミアの髪を結び終え、リボンを付け直す。
「幸せそうだったよ。あいつも……奥さんも。六ヶ月後には、また違うお祝いをしなきゃいけないみたいだ」
「そっか、良かった。でも六ヶ月後……?何かあったっけ?」
ルミアが首を傾げて考えている。
やっぱりわからないよな。
俺すら、想像していなかった。アルは本当に規格外なことばかりだ。
「妊娠4か月らしい」
「うわぁ!じゃあ、妊婦さんにいい薬草でお茶をあげなきゃ!」
指折りで、何やら考えているらしいルミア。
――今、俺たちはどうする?って聞いたらどうなるんだろうか。
ルミアは断らない?
わからない。
けれど俺自身、まだ自信がない。
ベイルが本当に羨ましい。あいつはすでに、社会的な地位だって持っている。
俺はまだ、立ち位置すら決まっていない。
ルミアの恐怖も過去も、偏見もわかっているつもりだ。
だが自分のことさえ満足に何も解決出来てない俺が、今の彼女に将来の話をしてもいいのか?
アルみたいに、将来を誓う。それは自分が伝えていい言葉なのか……。
『恋には期限があるらしい』
アルの言葉が耳に残る。その声が心を騒がせる。
『二人で幸せになるんだよ』
アルの妻になった女性の言葉も頭に繰り返される。
――それは、今なのか。
まだ早いのか、その期限がギリギリなのか。俺には判断すらつかない。
思わず目の前の彼女に聞いてしまった。
ここ数年で女性らしく成長したルミア。
その仕草一つ一つに何故か色気を感じて、隠したくなる俺の気持ちに気づいてすらいない。
街の男がどんな目で自分を見ているか知っているのだろうか。
それほどまでに綺麗になった。
「ルミアは……誰かとの未来を考えたことある?」
「……え?なんで?」
一瞬、彼女は動きを止めて俺を見た。そして……諦めたように笑った。
「今でも幸せなのに。これ以上求めていいのかな……」
「何?贅沢だって?」
「ううん。私が、全部自分の手で壊しちゃう気がするの。……後悔して泣きたくない」
予想通りの言葉だった。
それは……。彼女に刻まれた恐怖そのものなんだろう。
俺にはどうしようもない。
――俺たち二人、一緒に進む未来は無いんだろうか。
いや。諦めるなよ、俺。
そんなに簡単な想いなら、もうとっくに忘れられてるはずだ。
「ルミアは、自分から壊したりしないよ。でも、そうだな……。まだ問題は多いよな」
何故か、村を出る時に祝福されたローレンス神父の灰色の瞳が頭を過ぎった。
彼の、ルミアを見る視線が気に食わない。
巧妙に隠した『何か』を感じる。
ルミアはもっと色々な視線や感情に晒されているんだろう。
自分を引け目に感じてしまうほどに。
それでもきっと、俺は諦められない。
だからルミアの側を離れないで――彼女の隣を独占してしまうんだ。
たまにどうしょうもなく、抱きしめたくなってしまう。
誰にも渡したくなくて、その唇を奪ってしまいたくなる。
――こんな感情、ルミアの前では見せられない。
だけど、いつまで俺は我慢できるだろうか。
「情けないな」
「キアンは素敵だよ」
わかって言っているのか、こいつは。
でも……これが今の俺たちの形なのかもしれない。
出来るなら、いつまでもこのままで――。
それが無理なことは、とっくに知っていたはずなのに、俺は無意識に願っていた。




