第27話 五年後の日常、灰色の視線
ここから、五年後になります。
キアン20歳になったばかり、セラとルミアは17歳です。
――五年後――
「セラ!はい、ミレシア草!これね〜、ほんと栽培が大変だったんだよ……。なにせ高地でしか育たない子を無理やり、ここに根付かせたからさ〜。暑さに弱くて……」
「はいはい、ルミアの薬草オタク。ちょっと今、手が離せないから、そこの机の上に置いておいて」
セラに、この薬草の育成の大変さを知ってもらおうとしても、彼女は軽くあしらって調合に集中してしまう。
でも、これがいつもの私たちだ。
この五年で、本当の姉妹のような関係になった。
そう。私が村に来て、早くも五年が経った。
セラはエレナ母さんから半分以上の仕事を任され、当の本人は外出することが多くなった。
ふらっと、珍しい薬草を買い付けてきては、怪しい薬を持ってくる。
その度に、セラの悲鳴があがる。
「お母さん!怪しい薬はもう見たくないんだよーー!この間なんて、ただの下剤だったじゃん。他にも催淫剤とかただの水とか諸々!」
「まぁまぁ。別の地方で、昔から使われてるって聞いちゃうとさ〜。やっぱり気になるじゃない?」
調合室からはいつもの悲鳴が聞こえる。
エレナ母さんは相変わらずだ。
セラに大まかな仕事を任せられるようになって、さらに自由になったかもしれない。
エレナ母さんは、まだまだ若々しく、さらに活動的になった。
セラは、エレナ母さんと同じ色合いなのに、その瞳はもっと色濃く、彼女の頑固さや芯の強さが感じられる。
お土産の、珍しい薬草の苗や種もある。
薬草が増えるのはちょっと嬉しい。
私は薬草園の新しい仲間になる苗を、大切に手の上に乗せた。
しかし、期待していても、これが効能の見つからない野草だったりするから……。
ちゃんと薬草ノートにスケッチするのだ。
これで三冊目になる。
「ルミア、今日の配達一緒に行くよ」
頭の上から、キアンの低い声が聞こえてくる。
「う、うん」
「帳簿、確認してもらうからさ。持ってくる」
この五年でキアンの身長は随分と伸びて、もう私が見上げないと目線が合わない。
中性的だった顔は、もうすっかり精悍になってしまった。
日に焼けた金褐色の髪は、前よりも落ち着いて見え、琥珀の瞳は、深みを帯びている。
それは、午後の日だまりのようだった。
最近はキアンの前で髪型やら服装を気にしてしまう。
今も無意識に、三つ編みを触ってしまっていた。
――何やってるのよ、私は。
私は、薬の配達に。
キアンは帳簿を確認してもらうために、一緒にトーマスさんの所へ行った。
トーマスさんはまだまだ闊達で、その迫力も衰えてない。
そして、私はトーマスさんから計算を教えてもらっていた過去がある。
『エレナの薬屋』の帳簿を管理してくれている。
「ああ。ちゃんとお前の言う『サービス』ってやつも帳簿に細かく載っている。よくやったなキアン」
「……!あ、ありがとうトーマスさん!」
キアンが後ろ手に組んだ腕に、一瞬力が入った。
――ほのかに首元も赤くなってるじゃない。
(ふふふ。もっと素直に喜べばいいのに)
「トーマスさん。今日のお昼ごはんは、鶏のハーブ煮込みにしますね!手間賃で銅貨1枚、でもそれじゃあ多いんで、お釣りブロッコリー山盛りです」
栄養豊富なブロッコリー。
今日は安かったのだ。しかし、トーマスさんはちょっと苦手みたいだ。煮込み料理にはよく合うのに。
「じゃあ、ブロッコリーは微塵切りにしてくれ。手間賃を取っているんだろう?」
「えぇーー!?お釣りで、さらに手間がかかるんですが!」
さらに難題を出すトーマスさんに、つい文句を言う。
「ははは。ルミアは不器用だしな」
「くっ!」
キアンの言葉に、トーマスさんが思わずと言ったように笑いを噛み殺した。
仕方がない。
こうなったら、緑の液体になるまで粉微塵にしてみせよう。
そっちのほうが地獄だとも知らないのね、二人とも――。
トーマスさんの家の外に出ると、キアンは膝に手をつき、思いっきり溜め息をついた。
「緊張した〜〜〜」
「そんな風には見えなかったけど?」
「ルミアの前じゃ、本気で怒らないのあの人……。でもこれでようやく……かな」
今まで、トーマスさんが代理で付けていてくれた薬屋の売上帳。今回はキアンが任されていたのだ。
――そして合格を貰えた。
トーマスさんは嘘はつかない。
きっと、キアンがちゃんと熟せたから評価されたんだろう。
「良かったね、キアン」
「うん。お前がいる所で叱られるのはもう勘弁だからなぁ」
上目遣いでこちらを見るキアンの表情は穏やかで――。
「キアン……あの……」
その時だった。
「おや、エレナさんの所のお二人。お久しぶりです」
私の言葉を遮るように、穏やかだけれど、どこか有無を言わさぬ強い声が聞こえてきた。
――私たちに話しかけてきたのは神父さまだった。
黒い神父服は相変わらず汚れ一つなく、きっちりとした印象だ。
裾が風に乗って揺らめいて、それを煩わしそうに直していた。
そして……彼の灰色の瞳が弧をかく。
それが笑顔に見えないのはなぜだろうか。
「ローレンス神父さま……」
わずかに語尾が震えてしまった。
それを感じ取ったのか、元から警戒していたのか、キアンが私の前に出た。
「お久しぶりですね。今日も村で聖書を?」
「ええ。人々には救いが必要ですから。……ルミアさんも、また是非聴きに来てください」
キアンの背中に隠されているはずなのに、彼の視線から逃れられない……そんな気がした。
「はい……。時間がありましたら」
かさり、と枯れ葉を踏んで遠ざかる足音。
それを聞いて、ようやく息をついた。
無意識に呼吸を止めていたらしい。
私はなぜか、この五年間、ずっと神父さまが苦手だった。
親切な人なのに、あの灰色の瞳が怖い――。
でも、誰にも言えなかった。
薄々とキアンだけは気づいている気がするけれど。
「ルミア、配達が終わりなら帰るか」
「うん」
そっとキアンの袖を掴む。
私が不安になった時の癖だった。
いつ頃からだろうか……。何かあると彼に触れる癖がついてしまったのは。
それに気づいた彼は、私の手を力強く握りしめた。
その大きくて包み込む温かさに、私の冷えた指先が熱を帯びていく。
結局、家に帰るまでずっと手を握ってくれた彼は、セラにからかわれて慌てて手を離した。
散々キアンを笑ったセラが私に笑顔を向けた。
「おかえり、二人とも。今日はお母さんが帰ってきてるから、久しぶりに、みんなで夜ご飯だよ」
私たちは彼女に促されて、二人で家の中に入った。
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