第26話 子ども時代の終わり
今日もカーマイン・ベールの鉢植えに話をしていた。
「エミさんに、聖書の言葉は難しすぎるから前みたいに、絵本からでいいって伝えたんだ」
水をやる。
だいぶ大きく育った。
もう少しで蕾ができそうだった。
――あれ?
よく見ると、下の方が茶色く変色していて……。茎や葉にまで、広がっている。
これって。薬草園でたまに見る――。
エレナさんに、鉢植えを持って相談しに行った。
薬を調合中だったらしい彼女は、一旦止めて私に教えてくれる。
「ルミア、この花はちょっと根腐れを起こしちゃったみたいだ」
「治りますか……?」
彼女は、顎を撫でながら言った。
とてもわかりやすく説明してくれる。
私の頭の中では、駄目になってしまった薬草を抜いて、始末したという事実が何度も蘇る。
一度病気になったら、難しいのかもしれない。
「治せるけど……大変だよ。時間もかかる。どっちにしても、今すぐにできることといったら、根を引き剥がして――。腐った部分を切り取る。暫く乾燥させて――。ここまでやっても、元気になるかは五分五分だね。どうする?」
私のせいだった。
きっとそうだ。前に、キアンも言っていたじゃないか。
この花に、そこまで水は要らないって。
忙しいエレナさんやセラちゃんに、私の不手際の後始末をさせたくなかった。
「根っこを抜いてまで、この花は生きたいでしょうか……。私なんかが世話してたから……」
「ルミアちゃん……」
私なら、どうだろうか――。
エレナさんと一緒に調合室にいた、セラちゃんも心配げに声をかけてくれるが……。
やはり、現在作業をしている二人の邪魔はできない。
「今は……何が悪かったか反省することにします。二人とも、邪魔してごめんなさい」
「うん。ルミアがちゃんと考えて、次に活かすならその花も無駄じゃないよ。おやすみ」
エレナさんは失敗しても優しい。
セラちゃんも、同じように接してくれる。
パタリと調合室の扉を閉めて、私は部屋に戻る。
やはりと言うべきか。
狭い家の中だ。
騒ぎを聞きつけたのだろう、キアンが部屋までついてきた。
「キアン。聞こえてた?」
「まぁ……。お前の鉢植えが駄目になったってのは聞こえた」
ふふふ。ほぼ全部だ。
「ねぇ。今から、私の秘密……教えてあげる。路地裏で『魔女』って言われてたでしょう?だから、この力が嫌いで、人に見せたくなかった」
「それ……俺に見せてもいいの?」
少し居心地が悪そうに、座り直す彼に、私はきっぱりと言った。
「うん。本当に大したことのない力だし。何故かキアンと相性がいいみたいだから……」
「俺と相性がいい……?」
鉢植えの葉にそっと触れて、力を流し込む。
――足りない。もっと力を。
「キアンの怪我……。本当は、もっと大怪我で。お医者さんも、もっと時間が掛かるって言っていたの」
キアンが立ち上がって、村に帰る日。
あの医者は本当に驚いていた。
自分では大したことのない力だと思っている。
聖女さまのように、すぐに傷を癒せない。
たまたまキアンによく効いただけだ。
いつもの私なら、切り傷一つ消すので精一杯。
だけど。
「今まで、この力、好きじゃなかったけど……今だけでも、お願い……」
震える指で鉢植えに触れ、祈るように力を注ぐ。
すると、ぼんやりと淡い光が、枯れた苗を包み込んだ。
「……!おい、見ろよ、ルミア……!お前……すごいよ!」
キアンの興奮した声が聞こえてくる。
淡い光が消えたあと、私はゆっくりと目を開けた。
鉢植えは、完全に元に戻ったわけじゃなかった。
けれど、茶色くなりかけていた茎の根元に、小さな緑が、確かに残っていた。
キアンが大騒ぎしたからか。
それとも、心配で顔を見に来てくれたのかもしれない。
ドアの所には、エレナさんとセラちゃんが立っていた。
「怪我のときに、確かに感じてた光。それに温かさ。やっぱり錯覚じゃなかった。ルミア、お前だったんだな」
キアンが私の指をとって、そっと、ゆっくりと形を確かめるように触っている。その手つきが、優しすぎてくすぐったい。
鉢植えをもう一度見る。
確かに、元気な姿に戻っていた。
(良かった……。少しは元気になったみたい)
「ルミア……。あんた」
エレナさんが、いきなりこちらに走ってきて、私の前で片膝をついた。
すぐ目の前に彼女の顔がある。真剣な表情だった。
今まで力を使っても、『詐欺』『子供騙し』としか言われなかった力だ。
だから、やはり使っては駄目だったのだろうか。
しばらく、鉢植えを見つめていたエレナさんが、ゆっくりと口を開いた。
「ルミア」
「……なに?どうしたの?エレナさん……」
「その力はね、人をちゃんと救えるよ。私の仮説通りならね。この鉢植え、少し預かって調べてもいいかい?」
「え……それは。エレナさんの役に立てれば嬉しいけど……」
エレナさんは入り口に居る、セラちゃんに声をかけた。
「セラ。鉢植えを調合室へ。……しばらく徹夜になるよ」
「……え。うん。わかった」
そして、一瞬私の頭を撫でた後に、穏やかな声で続ける。
「ルミア。薬草園、あんたに任せてもいいかい?」
その言葉を聞いて、胸の奥が、じんわりと熱くなった。
まだ、エレナさんの意図がわからなかった。
この力の意味もわからない。
ただ、初めてこの『異端の力』が認められた。
――その日。
私は初めて、「守られる側」から一歩だけ外に出た。
子ども時代は、静かに終わった。
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