第24話 祝福の白い花
――医者視点――
先日診た少年が、もうほぼ完治して村へ帰るという。
確か、全治一週間以上の怪我だったはずだ。
いくら若いと言っても――。
エレナの薬だろうか?
でも、疑問も残る。
確かによく効く薬だが……。
奇跡を起こすほどではないはずだ。
「というわけなんですよ。本当に不思議な話で……。神父さまにもご意見を承りたくて」
――街の教会。
そこに古くから居る神父に、医者は軽い世間話として彼に相談した。
特に、何かをしたいわけでもなく、ただ、自分の患者の見立てに自信を持っていたからだった。
「それは……不思議な話ですね。神は、思いもよらぬことで人を試します」
神父は目を瞑って、聖書を抱きしめた。その手は、関節が白く浮き出て――。
はっとして、顔を見るが、いつも通りの笑顔だった。
「そんなに大層なことなんでしょうか……?」
「……さあ。私からは何とも。ただ、奇跡はあるべき所にあるものです。その少年の名前は……?」
無意識に、左足が後退っていた。
自分は何かしてしまったのか……。本能的に、ここから逃げ出したがっている自分がいた。
「あの……。個人情報ですし。ただの子供たちです。――きっと、エレナの薬がとても効いたのでしょう」
「ああ、エレナさんの所の……。最近は、また新しい子供を引き取ったとか?」
「……ええ、はい。幼い少女です。今回の件は……とても可哀想なことになりました。この街で堂々と誘拐なんて……」
自分には、ルミアという少女が不憫でならなかった。
世間に翻弄される、ほんの幼いその少女。
ただ、見た目が違う――それだけで。
「赤い瞳だからと、簡単に人を虐げる奴らの気がしれません……」
医者が義憤を持って告げた言葉に、神父はゆっくりと頷いた。
「赤い瞳……ですか」
「え、ええ。ですが、おとなしくていい子ですよ」
言い訳がましく、神父に伝える。
なんだ?さっきから、空気が薄い……。
神父は安心させるように、医者の肩に手を置いた。
「もちろんそうでしょう。誰かがきちんと導けば――それは、正しくなります」
その笑顔に――、一瞬声を詰まらせてしまう自分。
彼はこの後、家に帰ってからも何度も考えてしまった。
自分は何かを間違えてしまったのではないか……。
そんな考えがずっと頭から離れなかった。
神父さまが言った、あの言葉……。
「赤い瞳……?それに何かあるのか?」
考えてもわからない。
ただ偶然にも、信じていたものの裏側を覗き込んでしまった……。そんな感覚が拭えなくて、酒を一気飲みしたのだった。
◇◇◇
キアンも無事に怪我が治り、私たちの生活は元通りになった。
「キアン、最近無茶しすぎじゃないの?」
「いや!筋トレは精神的にもいいんだ!体にも心にもいい。これ以上にいい事あるか?」
うーん。そう言われると反論できない。
ただ、傷口を心配した言葉だったけれど、何故か変な方向に話が向かっている。
男の子ってこんな感じなのかな?と首を傾げていると、
村の中央に、目がいった。小さな子どもやお年寄り、様々な人たちが集まって、人垣ができていた。
――中心に居るのは……神父さま?
「キアン……あの人って?」
「ああ、月に一回、聖書を読んでくれる神父さまだ。親切だって、みんなに大人気だな」
その神父さまが、一瞬、チラリとこちらに視線を向けた気がした。
その瞳の温度には覚えがある。
私は咄嗟にキアンの背中に隠れた。
何故か、心臓がバクバクと言うことを聞かない。
「ルミア?どうした」
「ううん。……なんでもない」
キアンが心配して、声をかけてくれるけれど、私の足は、体はここから逃げろ告げていた。
――なぜ?
見ると、神父さまが、近くの子どもの耳に何事かを囁いていた。そして、懐から取り出す何か。
その子どもが、まっすぐに私たちの元へ駆けつけてきた。
息を切らせて、純粋な笑顔で渡されたそれ。
「神父さまから。お姉ちゃんに祝福がありますようにって」
受け取った物を、そっと広げてみると、古い本の1頁に包まれた綺麗な押し花だった。
――白くて、純粋で。
とても美しい、白百合の花だった。
「うわ……。これ、聖書じゃん……。どういうことだ……?」
「……これが、聖書……?」
それを見たキアンが、包んであった紙に言及した。
初めて見た。
孤児時代に見る機会はなく、ここに来てからも、聖書は初めて触った。
そんな、大事なものをいいのだろうか?
ぱっと顔を上げると、神父さまと目が合った。
笑顔を私に向けてくれる。
違和感はないはずだった。
そのはずなのに――私は何故、こんなにも追い詰められた気がしているのだろうか。
「神父さまに、お礼を言ってくれる?」
「うん!あとね、えっと……伝言」
少年は、私の耳元で小さな声で伝えてくれた。
「お姉ちゃんには白が似合うって」
「……!」
「おい、今の言葉、本当だよな?……ルミアの銀髪の事か?」
キアンが少年に確認している。
その声がやけに遠く聞こえた。
――私には白が似合う?
この赤い瞳の私が……?どういう意味なんだろう。
この美しい白百合に似合うように生きればいいの?
私の存在は否定されている?
それとも、肯定されているのだろうか……。
色々と考えても答えはでない。でも、みんなに慕われている神父さまからのメッセージだ。
きっと深い意味がある。
それでも、やはり違和感は消えなくて……私は、その美しい花を直接見ることが出来なかった。
キアンが、様子がおかしくなった私を引っ張って家まで連れて帰ってくれた。
この強引さがありがたい。
私一人だと……いつまでもその場に立ち尽くしてしまったかもしれなかった。
手の中の白い花。
そして、神様の言葉――。それは、今の私にはとても重い。
そして――。まだ、背中に神父さまの視線を感じる、そんな錯覚に陥ってしまい、一度も振り返れなかった。
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