第20話 見限られたと思った夜
――キアン視点――
「……まだ……意識は……」
「……打撲だけ」
遠くから声が聞こえる。
数人の気配もする。慌ただしく動き回る音。
何も見えないが、光だけが薄っすらと感じられた。
鉄の匂いと鼻をつく消毒液の匂い。
身体が鉛のように重かった。
たまに、冷たいものを当てられる。
額だったり、脇腹だったり、場所は様々だがとても気持ちがいい。
「……気に……駄目だよ……これは、うちの責任……」
「……でも」
「………」
アル?
それにルミアもいるのか。
アルになら、任せられる。あいつは人を傷つける人間じゃない。
くそ。やっぱり声すら出せなかった。
抗いがたい睡魔が襲う。
アルとルミアの声、それを聞いたからだろうか。
俺はゆっくりとベッドに身を任せる事ができた。
そして、そのまま意識を沈みこませていった。
――喉が渇いた。
どれだけの時間が経ったのだろうか。
意識が朦朧として、全てが曖昧だった。
必死に上半身を持ち上げようとしても力が入らない。
腕が少し立ち上がったが、それだけだった。
その動きに気づいたのか、俺の背中を少し浮かせて、水を飲ませてくれる。
手が小さい。
慣れない手つきで、ゆっくりと水を含ませてくれる。
相手の息遣いから緊張が伝わり、不慣れな様子が読み取れた。
たまに、不思議な光が目を刺した。
それが当てられた場所がじんわりと温かみを帯びる。
光が消えると、なぜか痛みが引いている。
完全ではない。怪我の違和感も、わずかな痛みも残っている。
未だに身体は重すぎて動かないし、手足にも感覚がない。
しかし、これは――。
初めて会った路地裏で、ルミアは魔女だと。
詐欺師だと罵られていた。
これが原因か?
赤い瞳以外にも、ルミアには何かがあるのか?
王都には、傷を癒す聖女がいるという。
世の中にそんな力があるのは知っていた。
しかし、遠い世界の話だと思っていた。
……声。空気が漏れる。肺が灼けつくようだ。
しかし、ルミアには話したいことが沢山ある。
喉の奥から絞り出そうとするが、ざらついた音しか出なかった。
「……ル」
背中に当てられた手が、ビクリと揺れる。
水が身体に溢れたのか、濡れた感触を感じた。
カタン、と物を置く硬い音。
そのすぐ後に、遠ざかっていく気配。
――そして、扉が閉ざされる。
え?
頭の中に疑問が渦巻く。
今、逃げていったのか?
無意識に呼吸が浅くなっていた。
息苦しい。
一人残された、この静寂が……とても怖かった。
避けられた。
その事実が胸を締めつける。
『お前には無理だろ』
ベイルの言うとおりだった。
俺一人では、今頃は――。
だからか?
幻滅されたのだろうか。
頼りにならないやつだと、見限られたのか。
――違う。ルミアはそんな子じゃない。
それでも、恐怖はまだ残っているはずだ。
やはり、安心できる人の側に居たいのかもしれない……。
だから、俺のそばに居てくれないのか?
いや、さっきまで看病してくれていた。
泣かせたから?
そうかもしれない……。
女の子を、泣かせてしまった。
……最低だ。
一度考え始めると、止まらなくなった。
暗い部屋でただ一人、ベッドから動くこともできない。
そんな自分が情けなかった。
背中に感じるシーツと水で濡れた胸元が冷えて、静かに体温を奪っていった。
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