第18話 守ると言えなかった言葉
――キアン視点――
「おじさん!またよろしくな」
「おう。エレナさんにも伝えておいてくれな」
いつも通りに薬を卸し、重くなった巾着を懐にしまった。
ルミアを待たせている。
早く戻らなければ――。
そう思い、ドアを開けたらルミアが少しずつ後ずさっていた。
一体何が。
周囲を確認すると、この間の少年だった。
赤い瞳と目が合う。
こちらを射抜くような、強い感情をぶつけられている。
(俺は敵扱いってことか)
「ルミア、終わった。一度宿屋に戻ろう」
「キアン……」
肩に触れると僅かに震えていた。
これ以上、むやみに傷ついてほしくない。
俺は、すぐに立ち去る事に決めた。
少年に背を向けて、ルミアを連れて行く。
「お前、なに偽善者ぶってるんだよ。……何も知らない子どものくせに。その善意がコイツを傷つけるぞ」
振り向いて少年に合わせて、視線を上にやった。
俺より三歳以上は離れているように見える。
背が高い。
足の踵が浮き、ジャリっと音を立てた。
――駄目だ。逃げるな。
子ども?確かにそうだ。
でも。
拳を握り込み、静かに答える。
「ルミアの事は、俺のほうが知っている」
「へぇ。知ってるねぇ。……世の中、女の方が踏まれる回数が多い。俺よりも悲惨かもな」
隣で息を呑む気配がした。
聞かせたくない。
しかし、少年はルミアに話しかけていた。
「俺はベイル。この街で鍛冶師見習いをしてる」
「……私はルミア。あの、ベイル、どうしてそこまで……」
完全に俺を無視して続ける。
カッと口を出したくなるのを、唇を噛んで耐える。
「あまり心を許すなよ。……お前だってわかってるだろ。そいつが去った時に、まだ立っていられるのか?」
「……!」
「やめろよ。俺は……!」
反論しようと声をあげるが、ベイルは肩を竦めただけだった。
全てが癇に障る。
まるで相手にされていない。
自分の無力感が耐えられなかった。
「困ったら、俺に頼ってこい」
「え……でも」
ルミアが戸惑いの様子を見せた。
俺の服の裾を掴んでいる。
「……都合よく利用されて。そいつに捨てられた後でもいいから」
親指で俺を示す。
「俺は利用なんか……!」
「子どものくせに?お前じゃ無理だろ。ルミアだっけ?この女の末路なんて想像もつかないだろう」
そう言って、勝手に話をきり上げて遠ざかっていってしまった。
「キアン……」
隣を見るとルミアが青褪めていた。
指が震えている。
その指を、壊れないようにそっと包み込み――、
(俺が絶対に守るから)
その言葉を、彼女に伝えたかった。
でも、ベイルの言葉が頭をよぎる。
『何も知らない子どものくせに』
その通りで。
反論すら出来なかった。
『俺は、あいつより頼りない?』
そんな言葉が喉までせり上がって、息を止めた。
グッと歯を噛み締める。口からは妙な音しか漏れなかった。
「ルミア。宿屋に帰ろうか」
「うん」
彼女の冷えた指先を、必死に温めながら街を歩いた。
何を話したかも覚えていない。
それはルミアも同じようだった。
◇◇◇
いつも通り、宿屋に戻ると、アルが忙しそうに給仕をしていた。
そこで、カウンターに座り飲み物を注文する。
部屋の中にいる、ルミア用にも追加で頼んだ。
昼の忙しい時間帯を過ぎ、アルが俺の隣に腰をかける。
「なに?さっきの女の子のことで相談でもあるの?ずっと俺のこと目で追ってさ〜。構ってちゃんなの、お前」
「……クソ野郎。もう、本当お前、嫌だわ……」
両腕を上げて肩を竦められる。
「ナイーブな思春期少年は手に負えないな」
「……俺って世間知らずかな」
空いたカップに自然と追加の飲み物をついでくれる。
――こいつの方が大人だな……。
「そりゃそうだろ。大切に育てられてきた証拠だし、いいんじゃないの?」
アルが肩を叩いてくる。
振り払うのも面倒で、そのまま黙り込んだ。
「世の中の不幸を全部見なきゃ、女の子が悲惨な状況になるのを、ちゃんと全部知ってなきゃ駄目なのかな……」
「はぁ〜?やめとけよ。不幸比べでもしたいの?」
「違う!……でも、資格すらないのかと思って」
思わず視線が足元に向かう。
「不幸なんてその辺に転がってる。で、全てを知ってる人間なんているわけがない。お前の土台じゃないけどな」
「……。」
「何と戦ってるのか知らないけどさ〜。ま、頑張れ」
アルはそのままカウンターを離れ、布巾を持ってテーブルを拭いて回っていた。
静かになった。
部屋ではルミアが待っているだろう。
もしかしたら、傷ついているかもしれない。
その傷を、真正面から見ることが出来るのか――。
やる。
俺は、
俺だけは目を逸らしたくない。
「じゃあ、部屋に戻る」
ガタリと椅子から立ち上がり、簡単に手を振る。
「あ、ウチはそういう宿じゃないんでよろしくな〜」
「バカ野郎!そんな事は分かってるよ!」
いつも通りのアルの軽口に少しだけ胸が軽くなった。
階段を登って、部屋に戻る、その途中――。
背後で、カタン、とグラスが置かれた。
低い声で呟かれた言葉が耳に届く。
「赤い瞳……ね」
また『不吉』を連呼する人物だろう。
俺は、手に持ったルミア用のコップを零さないように気をつけるのに精一杯だった。




