第17話 偶然の再会
キアンの雰囲気が少し変わった。
前よりも穏やかに笑うようになった気がする。
私は、真っ直ぐに笑い返せなくなってしまった。
浮かれている自覚はある。
「ルミア」
呼びかけられて全身が跳ねる。手に持っていたじょうろから水が溢れた。キアンが慌ててそれを押さえる。
「あ、あのキアン。なに?」
「いや、それ。水をやり過ぎじゃないか?」
彼が指差した先には、小さな鉢植え。
あれから、順調に育っていた。
「あ、そうかな。つい、たくさん構いたくなっちゃって」
「その花は……そんなに水をやらなくて大丈夫だ」
「そっか。セラちゃんは、またエレナさんと薬作り中かな?」
セラちゃんに色々と相談したかった。
いつもからかって来るけれど、彼女はとても温かい。
「暇なら、隣街まで一緒に行く?これから、荷馬車で薬を届けに行くんだけど」
「え、いいの?」
正直に言うと行きたい。
普段のキアンの事がもっと知りたい。
「まぁ、書き置きしておけば大丈夫だろ。じゃ、すぐに支度な。荷物は最小限でいいよ。泊まりだから、着替えだけ。でも結構長い時間揺られるからな。酔い止めは持っておくこと」
「うん、すぐに準備する!」
バッグに着替えを詰める。
手紙は、キアンに任せよう。
まだ私には複雑な文章は書けない。
「じゃ、準備が出来たら声かけて。俺も薬の用意してくる」
キアンは手を上げて、階段を降りていった。
◇◇◇
「うわ!結構揺れるんだね」
「道が良くないからな。でも、ここだけの話……」
キアンが近づいて耳元で囁く。
「御者のおじさん、普段はもっと乱暴なんだせ。きっと女の子を乗せてるから気を使ってる」
「そうなんだ」
さっき挨拶した、中年男性を思い出す。
驚いて目を丸くしていたが、私に笑いかけてくれた。
その後に、キアンは散々と何かを言われていたけれど。
――世界は広いみたい。
私に優しい人も、いっぱい居ることを知った。
私は今まで冷たい一部しか見ていなかったみたいだ。
キアンとの会話が心地よかった。
荷馬車の揺れにも慣れてくると、彼は私の知らない歌を口ずさんでいた。
その全てが、私を包み込んでくれていた。
◇◇◇
隣街、それは私が育った街だった。
この路地裏を知っている。
そこで生活していた日々を覚えている。
私は、キアンの袖口をギュッと握り締めて離せなかった。
いつの間に、私はこんなに弱くなってしまったんだろう。
「ほら見ろよ、ルミア!あそこがいつも薬を卸している所だ」
大通りで、キアンが指を差した。
木漏れ日から差し込む光に、目を細めてその先を見る。
気がつくと、自然と手が繋がれていた。
さっきまで私は、彼の服を握っていたはずなのに。
「……あざとい」
「お前のこと?それなら納得出来る」
賑やかな人の往来、その中で、私たちは二人で黙り込んだ。
◇◇◇
キアンが店に入っていくのを外で見送る。
最後まで、私を一人にすることを気にかけていたが、これは仕事だ。キアンだってそれはわかっているはずだ。
――心配かけてるなぁ。
彼が気にしているのは、この間の出来事があったからだろう。あれから、きちんと話していなかった。
私は、彼を安心させてあげなければ……。
「……!」
ふと、強い視線を感じた。
慌てて周囲を見渡すと、赤い瞳と視線がぶつかった。
この間の少年だった。
(一度、ちゃんと話したいと思ってたんだよね)
相変わらず、力強い瞳だ。
彼の意志の強さを感じさせ、心のどこかで怯む自分がいる。
会話したい。
でも、その達観したような瞳からは逃げたい。
矛盾した気持ちが絡み合う。
だって、彼はまた怪我だらけだった。
理不尽に閉じ込められたような存在に見えた。
私が、触れたら。
それに耐えられるだろうか……。
ゆっくりと近づいてくる。
私の足は、地面に縫い付けられたように動けない。
そんな均衡を――、
ガチャリ。
扉を開いたキアンが崩してくれた。




